第二十一章 萌桜院伊織は信じない ~全身打撲重傷患者が中二病患者になってしまいました。~
奉行所前。
東覇は、英二とその父に深く頭を下げて弟子たちの非礼を詫びた。
「英二くん。そしてお父様。この度は我が不肖の弟子たちがそなたらに大変な非礼を働いてしまった。詫びて済む話ではないが、この度は誠に申し訳なかった。この通りである」
そんな英二は、全身傷だらけあざだらけ、右腕に至っては三角巾で釣られ、右手全体は包帯が巻かれて指の位置すら分からない。
英二は言った。
「二宮忠八先生の診断だと、全身打撲、右腕に関しては骨折がひどくて、もう一度剣道ができるかどうかは分からないみたい」
「そうか……。きみから剣の道を奪うことに……」
「さすがに恨むよ。けどさ、まだ左手が無事だ。右手もまだ二度と剣を握れなくなったと決まったわけじゃない。俺はどうしても強くなりたい。強くなったらあんたんところに仕返しに行く。それまで待ってろ」
「ああ。その時を待っている」
そして英二は、河原で手合わせを願い出てきた太極門の少年を見やった。彼の名を、『陳燕青』と言った。
「お前の兄貴分がこんだけのことをしたんだ。もう一回お前をぶっ倒してやるから、未来で覚悟してやがれ」
「……ああ。互いに強くなろうと言う意約束は生涯忘れない。僕にもきみと同じく、強くなければいけない理由がある。太極拳の誇りとか国のためとか、そんなんじゃない。家族を守るために」
「そりゃ俺もだ。俺ひとりに負けたら誰からも守れないぜ」
「心得ている」
「へっ! ……しばらく顔も見たくねえ。さっさと帰れよ」
英二は折られた竹刀の片方を燕青に叩きつけて去って行った。そんな彼に父親も続く。父は、熊にでも襲われたか顔面に深い傷を刻まれ左腕を失っていた。
そして空は、東覇と燕青に言った。
「経緯はどうあれ、英二くんにあれだけのことを言わせたのです。あとのことはご熟考ください。わたしがあなたの立場だったら、どう詫びればいいか見当もつきません」
「だよね、お姉さん。僕もせっかくヤマトにできた友達をこんな形でなくしたくないよ」
そんな燕青に、剣術道場の師範の楓雅が言う。
「大丈夫だ。きみがその素直さを見失わない限り、きみは立派な拳士として成長してくれるだろう。その時はまた、我が門下生と手合わせしてくれ」
「約束します、師範」
「うん。では今日は皆さんと帰りなさい」
太極門人が英二にしたことは許されない。燕青はそんな兄弟子たちの咎を背負って生きなければならない。それでも楓雅にかけてもらえた言葉に、燕青は熱い涙と誠実な拱手を以って答えた。
その後。
稲葉山城。
大広間にて信音は書類仕事をこなしながら、この場に招いた麦畑英二とその父『慎二』に尋ねた。
「なるほどの。御尊父は左腕を失い、御母堂は茶屋に働きに出て、英二も剣術道場の奉公をしながらそこで剣術を習い、将来は武士としてここで働こうと」
「はい、信音様。俺、将来はここで立派な武士として働いて、両親に楽させてやりたいんです。そうじゃなくても野盗とか獣とかあいつらみたいな暴力な奴らとかもいるし、そう言うのから両親を守れるようにならないと」
「そうか。その心意気は高値で買おう。そうじゃな……。まずはその右腕を治せ。そうすればまずは雑用から任せよう。武術の稽古もつけてやる。条件付きでな」
「じょっ、条件ですか!?」
「おお。武に生きる者、時としてつらい選択をせねばならない時も訪れよう。例えば、武田道場の剣術の兄弟子たちが別々の主を得た、あるいはただの賊に堕ちた時、立場によってはその者を手にかけねばならん。ゆえに今一度、『情け』と言う言葉を捨てるのじゃ。何もすべて捨て去らなくてよい。ただ、これまで世話になったと言う恩だけにとらわれることなく、幾度とない別れがあろうとも常に己が進む道のために縁を終わらせることも大切なことよ。それは誰のためか? 妾のために致せ。それ以上にお主の両親のために致せ。また誰より自分の幸せのために致せ。己の幸せのためであれば、いつか妾のもとを去っても構わぬ。仕えるべき君主は英二自身の意思で選べるが、両親は死んだら替えなどなく、ましてや英二、お主自身が死ねばお主の人生はそこで終わりじゃ。己の幸福を求め続けよ。それがお主のすべきことじゃ」
「分かりました、信音様。この不肖麦畑英二、誠心誠意信音様にお仕えいたします!」
「うむ。それでは城が抱える医師に診てもらうがよい。もう一度その右手で剣を握りたくば、わずかな望みでも逃すでない」
こうして、麦畑英二は城下町の長屋の一室、稲葉山城での雑用仕事、無償での右手の治療の機会を得て、両親も英二と同じ長屋に引っ越すこととなった。また「家名が麦畑では弱く感じる」と、家老の桑原より『現銀谷』の家名を与えられ、「公式の場では現銀谷英二と名乗るように」と言われた。家名の一部に『銀』とあるが、これは『失った片腕の代わりに鋼の腕を得た神王ヌアザのふたつ名・アガートラーム』に由来するとのことだ。
「へっへーん! 俺の名はアガートラーム・現銀谷英二だ! だーっはっはっは!」
「うむ。その調子で城での従事に励むがよいぞ」
「ちゅ、中二病……」
大広間。
英二の処遇が決まり、伊織もまた常盤国の神殿に帰らなければならないのだが。
「やだなー。川遊びも中途半端に終わったし、信音ちゃんや空ちゃんたちとまだ遊び足りないし、神殿に帰ったらまた引きこもんなきゃいけないし。引きこもりも大変なんだよー?」
「いや帰れ、帰るのじゃ。神殿で祈りを捧げ続けるのがお主の役目じゃろ」
「そうだけどさー。女皇なのに政治の場にあんまり参加させてもらえないし、数週間引きこもっただけでヤマトがいろんな感じに開拓されてるし、あたしひとりだけ時代に置いてけぼりにされてるし、外に出ていろんなもの見て回って遊びまくって楽しいことしたいんだよ~!」
「そのくせ各地の大名や家臣らの腹を探って自ら人間不信に陥って余計な極秘事項まで妾に告げ口してそやつらの悪口まで言って政を混乱させて方々から睨まれて神殿に逃げてゆくのがお決まりの型じゃろうが。いいから帰れ。伊織の召使いどもよ、こやつを大広間から引きずり出せ」
とは言え、伊織の衛兵は伊織の命令しか聞けない。伊織付きである以上、信音がヤマトの覇者だとしても彼女の要望は命令として無効なのである。
こんなグダグダな国の頂点を目の当たりにして、空たちは「本当にヤマトは大丈夫だろうか」と心底心配になってしまう。
すると、ヴィントが意見した。
「それならさ、王様。あんたの神殿があるって言う常盤国ってのを案内してくれよ。そうすれば少なくともこの城から出て行ってくれるんだろ?」
「お? 物言いは無礼だけどいいアイデアじゃなーい。それならさ、レアガルドの使者さんたち。これからちょっくら常盤国まで観光旅行とかどう?」
「おっ! 王様、話分かるぅ! 師匠、どうかな!?」
すると、空もひとつ頷いて答えた。
「そうですね。わたしはライノック陛下からの使者としてヤマトを視察すると言うのもいいかもしれません。信音公?」
「そうか。それもよいな。ちょうど、政の中心をこやつがおる常盤国に移そうと計画中なのじゃ。その新たなる議会の場をお主らにも見せてやろう。支度があるゆえ、明日の朝に出発すると致そう。伊織、帰るなら先に帰っても構わんぞ」
「信音ちゃんつめたーい! しかも本気でそう思ってる! このいけずー!」
また人の心を読んだな。誰もが伊織を本気で酷いと思った。
「それは興味があります。議会をこの稲葉山城から新たなる議会に移すことに、どのようなメリットがあるのでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれた! 当代の大倭皇国領土所有者すなわち女皇たる萌桜院伊織はこの通り面倒くさい女じゃが、とは言え国の君主が二名もおり、その距離が離れていたのでは何かと不便じゃ。それこそ伊織が『政に参加させてもらえない』最大の理由じゃ。それにここは内陸。今後はお主らのような外国人も多く集うことを考え、国の中心を常盤国と定め、同国、相模国、春日国の三律令国を今後大きく開拓していこうと思うておる。そして大陸側の玄関口を西土とし、東と南から来る者らを出迎える港を『常盤湾』に構えようとしておる。そして建造物の様式はアルビオン及びレアガルドの様式を多く取り入れ、『政の場・大倭皇国議会議事堂』もそれを踏襲しておる。まあ百聞は一見に如かずとも言う。説明するより見てゆくがよい。あのお人よし国王によい土産話ができるじゃろうよ」
「我々にそこまで……。ありがとうございます! ひまり、皆さん!」
ひまりも「是非もない!」と答え、リィンも忠八も力強くうなずいた。ヤマトの観光もしたいヴィントは、「やったあ!」ともろ手を上げて喜ぶ。
「よし、皆の者。明日の朝までに旅の支度を致せ。早くて半日、道に不備があれば一日はかかるからな」
一同は明日からの常盤国訪問が楽しみだと言いながら解散してゆくが、彼女らは気付くことはなかった。
伊織が陰で、悪意に満ちた笑みを浮かべていたことに……。
「きーっしっしっしっし。さーてどんな旅になるかなー……?」




