第二十一章 萌桜院伊織は信じない ~プライドの塊に何を言っても無駄よ!~
そして太極門と空たちの衝突が始まる。
「それがしらもお相手致す! 覚悟召されよ!」
「黙れ時代遅れのサムライが!」
大岑の男たちの動き、太極拳。それは、四肢や体全体で大小の螺旋を描き生まれるエネルギーを攻撃力とするもの。八極拳にも存在する『化勁(攻撃量の無力化)』や『纏絲勁(敵を巻き込む渦のエネルギー)』である。不思議な戦い方に苦戦するひまりたちだが、戦法に通じるものがあるらしい空は彼らの代表である瑞夷と互角の戦いを繰り広げる。
一方で剣道の門下生の中で最強を誇る短髪の青年『武田嵐駕』は、ひまりと同じく柔術で戦う。太極拳と柔術の激しい攻防が繰り広げられ、彼の周囲でも同様の戦いが巻き起こされる。太極拳と言う未知の武術に倒れる者もいるが、ヤマトの柔術も負けてばかりでもない。
「太極拳、『懶扎衣』!」
「だったら……! 相撲道、『突っ張り』!」
これまで柔の技ばかりが繰り広げられる中、空の八極拳以外で剛の技を嵐駕は繰り出した。八極拳のそれに非なる掌打は大岑の男を吹っ飛ばして川底に沈めるだけの威力を誇る。
「はっ! 『柔よく剛を制す』と言う一方で『剛よく柔を断つ』とも言う。柔術と剣術だけがヤマトの武術と思ってくれるな、バカめ!」
大岑の男たちも武術を心得ているだけあって盗賊のように簡単に沈まない。だがレアガルドやヤマトの武術も負けてはいない。そう思っていたところ。
「づぁら!」
大岑の男たちは河原の石を手にして振り回し、太極拳の動きで石による剛の拳を繰り出してきた。ひまりとリィンは受ける両手を負傷するが、剣道の門下生たちが体当たりでひまりたちをかばう。
「確かにこれは決闘ではござらぬが、勝つためなら手段を択ばぬ、これではまるで野盗と何ら変わりないではござらぬか!?」
「プライドの塊に何を言っても無駄よ、ひまり。追い払う程度なんて生ぬるい、二度と武術を使えなくしてしまうくらいがちょうどいいんじゃないかしら!?」
嵐駕もリィンの意見に同意し、拾った流木を刀の代わりに構えて振るう。
「然様! これはもはや試合でも決闘でもない。大岑の横暴を許すな!」
一方、信音は大型のリボルバーを構えており、オレンジ色の液体が込められた銃弾を敵に当ててゆく。殺傷力はないが、それが目や口に入れば悶絶では終わらない。
「姫様を守れ! 姫様、その武器は何でございましょうか!?」
「ふっ。『リボルバーショットガン』と『タバスコバレット』と言う。熊など刀や銃弾が通じぬ猛獣が出てきたら使ってやろうと思うたが、よもや人間に使うとは思わなかったわ」
ひまりとリィンと数名の衛兵は戦線離脱。剣道の門下生も何人か負傷している。だが大岑の太極門人は瑞夷を入れて三人。敵が卑怯な手段を使うならもう容赦はしないと、嵐駕はその達人級の剣術と流木で太極門人ふたりを叩き落とす。
残るは瑞夷のみ。
瑞夷は空の右手首を左手でつかむと、振り上げた右掌を彼女の顔面に振り下ろそうとする。よく練り上げられた力を頭に食らえば、クリス・アキモフのクリンチの二の舞だ。
「太極拳、『高探馬』!」
「ふっ」
空は右腕を引かれた状態で左に跳躍。瑞夷の掌打を回避しつつ彼の胴に右腕で抱き着く形となる。
「タックルのつもりか!? それがどうした! お前の軽さじゃ俺は倒れないぜ!」
「だからどうしたのですか。マーシャルアーツ、『ウィンドミル・ドライブシャフト』!」
今度は右腕に力を籠めることで右側に移動し、その勢いに『隠しカーボンメリケン』を握る左拳によるコークスクリュー横打を繰り出す。それは瑞夷の肋骨を折るには充分である。
「ぐおぉおあああ!?」
「ふっ。確かに技としては良く功夫を積んでいるようですが、武道の心得をおろそかにするからそうなるのです。呑氏太極拳のメンバーはこれで全員ですか? いるのならば、あなたたちの中で一番偉い人をここに呼んでください。いなければ大岑帝国に連絡してでも連れてきてください。とりあえず今は、全員そろって奉行所行きです。ですよね、信音公?」
空の言葉に、信音は愉快そうに「そうじゃな!」と返した。
飛び散ったタバスコ液を舐めてみたヴィントと伊織は、太極門人とともに悶絶していた。害獣相手を想定した攻撃手段は、興味本位で舐めていいものではない。
翌日。
城下町奉行所で話を聞けば、事の顛末は次の通りとなる。
まず、美濃川町にある小さな剣術道場『武田流剣術道場』に通う少年『麦畑英二』が河原で竹刀を振って自主稽古していると、旅行に来ていた呑氏太極拳門の少年が「それがこの国の剣術か。勝負しようぜ」と流木を拾ってヤマト流剣術と『太極剣』の試合をすることになった。だが太極門の少年は敗北し、「互いに強くなろうぜ」と握手して帰って行ったと言う。
だが後日、太極門の少年の敗北を知った同門のひとりが英二に何も言わずつかみかかって大けがを負わせ、竹刀もへし折って帰ろうとした。そこに偶然通りかかった剣道の門下生が割って入り太極門人を返り討ちにした。太極門人は「覚えてろ、明日仲間を引き連れてお前らをぶっ殺してやる!」と言って去っていた。そして昨日河原で武田流剣術と呑氏太極拳、両派の決闘(と言う名の呑氏側の逆襲)が勃発したのである。
そして呑氏側の言い分としては、呑氏太極拳が負けたまま終わるのは流派の恥であると言うもの。負けたまま国に帰れるかというプライドでしか、ついに物を語らなかった。
そして呑氏太極拳の長『呑東覇』を連れてきた。東覇は白髪をうなじで括った、いかにも武術の達人と言った風貌の背の低い老人であった。彼は一門との観光ついでにと、美濃国城下町の刀鍛冶にオーダーメイドで自分用の太極剣を注文していたのである。
そして奉行所『御白州(まさに裁判を開く場所)』の『砂利敷(原告と被告と証人が座る場所)』にて、東覇は門下生に怒鳴りつた。
「誇りある太極拳の門人が何をした! 貴様ら、自分たちが何をしたか分かっているのか!?」
「し、しかし老師。このまま小さな島国の少年に負けて帰ったのでは太極拳の、ひいては大岑帝国の沽券にかかわりましょう」
「バカ者! 子ども同士の交流試合だぞ。互いの流派の名をかけた決闘ではないのだ。そんなことのために拳を振るったと言うのか、呆れて言葉もない。貴様らにはあれほど『感謝・尊敬・謙虚』の教えを叩きこんだはずだが」
「心得てございます。老師への感謝の念を心に、我々は太極拳の」
「違う! すべての人にと言っておるのだ! 負けたことで悔しいなどと考えるな、おのれの未熟さを示してくれたと感謝せよ。そんなことも分からんのか? お前らは吾輩から何を学んだ!?」
呑氏太極拳一門のやり取りが続き、吟味(裁判)が進まないことに奉行(裁判長)の『遠山甚右衛門』は「そろそろ静かにしてくれないかなー?」と困惑気味。嵐駕の父で武田流剣術道場の師範『武田楓雅』及び当事者である道場の一同、証人として呼ばれた空たちも、「そう言うのは帰ってやってくれ」と毒づく。
「ラッ、老師……」
「はぁ。もうよい。吾輩から師として最後に命ずる。お前たちはここでの裁きを甘んじて受けよ。次に破門する。二度と呑氏太極拳門人を名乗ることも、太極拳を振るうことも許さん。以上である。……遠山様。我らを存分にお裁きくだされ」
そして下った裁きは、呑東覇及び最初の当事者である太極門の少年以上の二名を除く者たちの即時出国命令と麦畑英二への慰謝料支払い及び永久来倭禁止令であった。一門の指導者である東覇にも慰謝料支払いを命じられたが、「むしろその程度で済ませてくれた温情に感謝する」と彼は答えた。




