第二十一章 萌桜院伊織は信じない ~その決闘、わたしたちが高値で買いましょう!~
そして昼食時。
食堂『はら』。
先ほどの魚釣りの親子『原次郎丸』と『竹丸』、次郎丸の妻『まい』が営んでおり、白米を炊いたご飯に味噌汁に漬物、そして遠火でじっくり焼いた『鮎の塩焼き』が茶碗一杯のごはんよりも多く出てくると言うおもてなしすぎる食堂である。これには空も目を輝かせ、作法も何もなく魚にかじりつく。
「いい食べっぷりだねえ、お嬢ちゃん。姫様、こちらのお方とはどういうと関係で?」
「ああ。大陸西方にあるレアガルドという王国からの使者じゃよ。食事となるとこんな食欲魔人じゃが、仁義を重んじ礼儀正しく、戦えば強い拳士でもある」
「そうですかい。それじゃあもっと味わってもらわなきゃなあ。待ってな、使者さんたち」
店主の次郎丸は『鮎の醤油焼き』と『山菜の和え物』まで持ってきた。空は感謝の言葉を述べて、鮎の醤油焼きにかじりつくなり頭を抱えて悶絶して絶賛した。空のリアクションには、次郎丸と竹丸もとてもうれしそうに拳骨をぶつけ合う。店の奥では、まいも静かに微笑んでいた。
そんな次郎丸に、リィンが尋ねた。
「ねえ店主さん。このドレッシングは何かしら? とても味わい深いわ」
「これは酢とごま油とわずかな薬味を混ぜた調味料だ。昔は酢だけでも良かったんだが、外国のドレッシングってのに着想を得たものだな。レアガルド人にもお気に召したかい?」
「ええ、ヤマト式ドレッシング、ぜひとも持って帰りたいわ」
「欲しけりゃビンで売ってるから持っていきな。レアガルドにある材料で再現できるように材料と調合比を書いてやる。それでも再現が難しけりゃ手紙出しな。送ってやるぜ」
「ありがとう。さすがに今回はお金払わせてね」
「まいど。一本、二円と五十銭だ」
一方でひまりは鮎を所望。城に帰ったら味噌で焼くらしい。
その時、川辺で騒ぎが起こった。
川辺を見やれば、この町の剣術道場の門下生たちと数人の旅行者と思われる男たちがにらみ合っている。剣術道場の門下生たちは竹刀などの武器は持っておらず、互いに大声を飛ばしているが。
リィンが尋ねる。
「ねえひまりちゃん。彼らは何って言ってるの?」
「仕返しだの決闘だの、物騒なことを言っているようでござるな。彼らの使う言葉と話の流れから、旅行者の一団は大岑帝国の者で、我等の武術を侮辱されたと言っているようでござる。流派は……、『太極拳』? 空の八極拳に続いて知らない武術でござる」
その時、大岑の一団は剣道の一団を割って一番奥にいる少年をつかみ上げた。彼を守ろうと他の門下生が大岑の男を引きはがそうとするが、ほかの大岑の男がナイフを門下生に向けた。そして引きずり出された剣道の少年は三人の男たちに袋叩きにされてしまう。
「なっ! 卑怯な。助けねば!」
ひまりが少年を助けようと立ち上がるが、次郎丸は目を伏せて止めた。
「やめとけやめとけ。あいつらはなかなかしつけの悪い武術団でな。この町に居座ったと思ったら横暴の限りを働き、ゴミは散らかし、自治体が文句を言おうものならその太極拳とかって不思議な武術で返り討ちにしてくるんだ。しかも奉行所に届けよう物ならこの町を壊してから帰るとかいい出す。おかげであいつらが行く先ではみんな店を閉めるようになっちまった。この店も今日はここいらで店じまいだな」
「だが今は拙者らがいるでござる。ここは」
「そうとも! 偶然にも妾もおる! この織田信音の目に届いてしまったが最後、大岑帝国にはきつくお灸を」
その時、空が(鮎を口いっぱいに頬張りながら)席を立った。
「師匠?」
「そういう問題ではありません。助けます」
そして空は、強く地を蹴って一団に向かって走って行った。ああもう駄目だと頭を抱える次郎丸だが、「あ、もう解決した」とひまりたちはあっけらかんとしていた。
河原。
「へっ。一昨日はよくもうちの弟子を可愛がってくれたな。今日はたっぷりお礼してやるぜ!」
大岑語が分からない少年はただただ殴られ続けられているだけ。剣道の門下生も下手に助けられない。
「ふざけるな! 一昨日のは決闘だったんだろ? だったら勝っても負けても文句はなしのはずだろうが!」
「太極拳が負けるなんてあっちゃいけねえんだよ。うちの老師(師匠)に何て言い訳するんだ? え?」
その時、空が少年を袋叩きにする大岑の男の襟をつかみ、そして背後に放り投げた。
「ぐぁっ!?」
「そうですか。そのような理由でたったひとりを複数人で袋叩きですか。武術家の風上にも置けませんね」
剣道の一団と大岑の男たちが見やれば、レアガルドの軍服を纏った少女(=空)が今度は別の男に掌底を食らわせていた。やっと解放された少年は、空の腕に崩れ落ちてゆっくりと膝を地に着いた。
「雲禅! 雨慈! ……くっ。誰だてめえ!?」
「八極門、レアガルド王国陸軍中尉、Bランク冒険者、子爵、呉空と申します。と言いますか、人に名を尋ねる時は」
「るせえ! 太極拳、『単鞭』!」
太極拳の単鞭は、八極拳のそれとは勁路が異なる。だが技としては大きく腕を振り回すもので、攻撃の軌道を読めれば空にとってはかわすことなど容易。空は素早くかがむことでやり過ごしつつ下段の蹴りを繰り出し、ドミノ倒しの要領で一気に大岑の一団を沈めることができた。
「八極拳、『前掃腿』」
駆け付けたひまりとリィンによって少年は助け出され、忠八も薬箱を持ってきて少年を治療する。剣道の一団たちは空に口々にありがとうと礼を言うが、まだ決着はついていない。
「てめえ……!」
大岑の男たちの中で一番強そうな長身細身の男が、のろりと立ち上がった。河原の石に頭を打ったようで、額から血を流している。
「そうでした。あなたのお名前は?」
「俺か? 俺は『呑氏太極拳』門人、『田瑞夷』だ。てめえこそ八極門って何者だ! バカにしてやがるのか!?」
「人をバカにしているのはあなた方の方です。あなた方の後輩とあちらの彼が何かしらの理由で戦いとなり、それが正々堂々たる決闘ならば武人としてそれを認めるべし。様々なことが気に入らないことがあったとしても、大勢がひとりを袋叩きにするなど武人のしていいことではありません」
「ふざけるな! これは太極門として、男として受け入れられねえって言ってるんだよ!」
「そうですか。理由がどうあれ負けたままでは終われないと」
空の足をつかもうとした男を踏みつけながら、空は言った。
「であればその決闘、わたしが、わたしたちが高値で買いましょう」
そう言う空のそばに、ヴィント、ひまり、リィン、そして信音までもが並んだ。さすがに信音の護衛も駆けつけないわけにはいかなくなった。
「ケンカを? 買うってか? その弱そうな着物女もか?」
「妾のことか? この妾を誰と心得る。第二十七代織田家頭首、第十八代第六天魔王、織田信音じゃぞ。貴様らの悪行はこのヤマトの覇者が目に焼き付けた。ただで国に帰れると思うてくれるな!」
そして、空は拳を構えた。
「仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為に。武の道行く我、地鳴らす一歩は天の采配のもとにあり。据えるお灸は、熱いとお心得ください」




