第二十一章 萌桜院伊織は信じない ~うな丼! 感動の美味です!~
「それがね? あなたの過去が見えないの」
「えっ? それは、どういうことですか?」
「さあ? まるで火山活動によって発生した火砕流に飲み込まれて一度すべてが滅んだ大地のように、何も見えないの。不思議だよね。普通の人だったら赤ちゃんの頃までさかのぼって分かるのに」
「そんな……。今度こそわたしの過去が分かると思ったのに」
「家族の愛を知らないことが、そんなにつらいなこと?」
「うっ……」
「まあ、分からなくもないわ。あたしにも両親がいるけれど、父親からは化け物だと呼ばれて嫌われて、先代女皇の母親からもこんな子を本当に次代として任せていいものかって陰で悩んでたみたい。次元は違うけど、あたしも親の愛を知らずに育ったようなもんだよ。あたしを育てたのは、心を読む能力を嫌う女官たちだった。地方視察の折、能天気に話しかけてくる信音ちゃんには心から救われたよ」
その言葉を聞き、信音は頭を掻いてひどく照れる。
「ふふっ、ネネちゃんってば」
「信音公……」
「なんじゃい。その節は女皇と知らず無礼を働いて悪かったわい」
信音はつんつんとした態度でそっぽを向いた。
「さて、人の心を読む能力に関してはここまで。さーて今度はリィンちゃんの番よ。こっちおいで~」
やっと解放された空は、真っ先に露天風呂の縁に上半身を預けて伏した。伊織の次なる餌食となったリィンは真っ先に胸を揉まれて「よこせ」と言われた。
「それよりリィンちゃん、お兄さんの勇者卿はどうなのよ。相変わらずあの子のこと好きすぎて付け回してるの?」
「そっ、それこそアカシックレコードを見ればお分かりなのでは?」
「いわゆるガールズトークを楽しみたいのさ、能力を封じてね。ガールズトークと言えば恋バナでしょ? でもみんな色恋沙汰には疎いみたいだし、人の恋を応援しつつトークのお題にするってのもありなんじゃない?」
「なるほど、そう言うことであればお付き合いいたします。ええ、そりゃもう兄は気持ち悪いくらいに毎日空さんを想っていますよ。さっさと告ってしまえってパーティーメンバー全員思ってます。兄は戦いとなれば強いのに、好きな人の前ではそれはもうヘタレでヘタレで」
ヴィントも相槌を打つ。
「あー、あの勇者の兄ちゃんか。師匠のこと好きすぎオーラを必死で隠してるつもりで駄々洩れてやんの。でも師匠も師匠で鈍感だよ。本当に修行と旅と料理しか頭にないって言うか」
「でもそう言う恋こそ、いっそ早く実らせようとせずこのじれったさを楽しんでおきたくなぁい?」
「あ、王様、それは分かる気がする」
「でしょ~? あ、勇者パーティーにもうひとり恋してる人がいるんだ。誰だと思う? でもって相手は誰だと思う?」
「ぬっ。それは気になりますな。どなたにございましょうか」
「ふふふっ。実はねえ」
ここにいないレアガルド人の色恋沙汰についてなど、その人物も人となりも分からない信音もクマも置いてけぼり。「本当に女ってやつは脈絡のない会話が好きじゃの」と言う信音に、「私たちも女の子じゃない」と呆れて湯の中で両掌を合わせて『水鉄砲』で遊ぶ。
そして女子たちは城ではできないガールズトークを楽しみ、男性陣(忠八と衛兵たち)は早々に温泉を上がって酒と将棋を楽しんだ。
翌朝。
旅館内食事処。
「うおおおおおおおお……!
レアガルド出身者、特に空は、『うな丼』の見た目と香りに震え上がった。
「見ているばかりではダメじゃ。料理は出来立て熱々がうまいからの、さあ食すぞ。いただきます」
一同は手を合わせて「いただきます」と唱えて箸やフォークを手に取る。箸に使い慣れない外国人のために、観光地にある多くの旅館や懐石料理屋などは洋食器を用意している。
「はふっ、はふっ! 何ですか、この濃厚な味に爽やかな香りは!? こんなの、レアガルドでは絶対に食べられません!」
「これはうな丼と言い、うなぎと言う魚を捌いて炭火で焼いてたれで味をつけ、炊いた白米に乗せたものじゃ。薬味は山椒と言い、適度な量の山椒はうな丼は無論、多くの焼き魚や焼き肉にぴったりなのじゃ。うなぎの優れたる点は、栄養満点、滋養強壮、夏バテ防止、その他健康に良いとされる点でな。夏はこれが無くては始まらん」
「そうなのですね。レアガルドに是非とも輸入したいものです。何ならイハトヴの湖で養殖できないでしょうか」
「やめておけ、ブルーギルが琵琶湖の生態系を大破壊した二の舞をお主の国で起こさせたくない。ウツボは間違いなくそうするじゃろうし、うなぎがレアガルドの生態系を破壊せぬ保証もない。シメたうなぎを輸出するのもよいが、冷凍輸送する手間もかかる分、食卓に並ぶ頃には割高どころではすまんじゃろ。ヤマトと言う国を味わってもらうためにも、やはりヤマトに来て食してもらうのがよいじゃろうな」
「そうですか。残念ですが、その方がこの美味の特別感をも味わえると言うもの。レアガルドに帰ったら、絶対にヤマトのうな丼のすばらしさを語ってゆきましょう」
「頼んだぞ。お主らはどうじゃ?」
ヴィントもリィンもうな丼のあまりのおいしさに我を忘れて頬張っており、唇に頬にうな丼のたれがついて何とも情けないことになっていた。外交としてははしたないが、高評であることは一目瞭然だ。
食事が終われば、信音は旅館街の人々と会話を楽しみながら美濃川まで遊びに行く。美濃川でも川魚料理屋や渡し船屋などがあり、石を積んで作ったかまどで釣った川魚を竹串に刺して焼いて豪快に味わう地元民もいる。
信音は、川に仕掛けた竹編みの罠を引き揚げる男と幼子に声をかける。
「やあやあ次郎丸に竹丸。商売はどうじゃ?」
「これはこれは信音様。おかげさまで私どもの魚料理屋も隣の竹細工屋も繁盛しております。大陸から伝わりし鉄道がヤマト中に張り巡らされたおかげでしょうか、外国人の観光客もたま~に寄って、おいしいそうに食べてってくれるんですよ。まあ中には配慮のなってないやつもいますけど、レアガルドとアルビオンの出身者はヤマト人よりも礼儀正しいですねえ」
「そうか、それは何よりじゃ。だそうじゃ、空」
「光栄です。店主さん、お昼には伺いますね」
「そうかい。ご来店を楽しみに待ってるよ!」
そして川辺に到着するなり、女性陣は木陰で水着に着替えて(あるいは水着をあらかじめ着てきた者は上着だけ脱いで)川に飛び込んでゆく。他にも川遊びを楽しむ地元の少年少女もおり、彼らとも信音はすぐに仲良くなってしまう。ひまりは足だけつけて川の流れを楽しみ、ヴィントとリィンは信音と伊織と地元民たちと水を掛け合ったりしてはしゃぎ、空に至っては川魚のつかみ取りに挑んで「ひとりだけ違う遊びをしている」と言われた。
ちなみにそれぞれの水着だが、ひまりなどヤマトの人々は薄い着物や襦袢などの軽装、空は港町アンカーボルトで買った赤地に金縁のセパレート、ヴィントは女の子らしいフリルがあしらわれた緑色のワンピースタイプ、リィンは空と同じセパレートで色合いは純白。だがヤマト人であるはずの伊織の水着は、布面積が少なく肌に密着したワンピースでフリルなどもなく紺色で地味な色合い。これは。
「伊織、お主なぁ……」
「『寺子屋水着』、略して『てらみず』だよ!」
川や湖が近くにある寺子屋(レアガルドなど大陸西方で言うところの学校、学舎)では水泳を教えることもあり、その際に着用として推奨されるものこそ寺子屋水着である。女子用水着の胸部には横長の白い布『名札』に着用者の名前を記す場合が多い。
「だってあたしずっと神殿暮らし、あーじゃなくって箱入り娘だから、寺子屋での勉強って憧れなんだー!」
「……そうか。今日は存分に楽しめ」
同じく寺子屋水着着用の女児たちは伊織に「お姉ちゃん、武士かどこか偉い人の子なの?」と寄ってくる。伊織は「自分は常盤国にある由緒ある所の生まれで、今は専属の教師からそろばんによる算術を勉強している」と答えた。




