第二十章 織田信音の日常と言う名の野望 ~ヤマトの第二の姫を迎え、騒々しい日々はまだまだ続くようです……!~
その時、空がひとりの大臣に首根っこをつかまれ畳にたきつけられ上半身を押さえつけられた。
「ぎぁっ!?」
「貴様らのせいだ。貴様らが姫様を腑抜けにしたのだ。その罪、その咎、貴様の命を以って償え!」
「貴様、待たぬか!」
「待ちませぬ! お覚悟召されよ、この妖怪め!」
だがその家臣の首に、刃が向いた。
その刀を持つ者こそ、短気ドM家老桑原志和であった。
「ごっ、御家老さん!?」
「恩田上雲。貴様、分からんか? 貴様のしていることは、教育の名を借りた監禁であるぞ」
「なっ……。く、口が過ぎまするぞ、御家老。わしは姫様の御為を思い」
「自己満足、あるいは自分に酔っている、の間違いではないのか? 使者を放せ。使者に傷ひとつつけてみろ、貴様を処罰するのみならず貴様のお家を取り潰してやろう。国交問題に発展すれば、その程度の罰などぬるま湯にすぎぬと知れ」
そして信音も言い放った。
「桑原、ご苦労。奉行所を通さずここで妾が直々に裁きを下そう。恩田家より家名剥奪、財産接収、二親等先までの家族およびこやつの派閥の身柄拘束、恩田上雲は使者に対する侮辱罪と殺害未遂としてそれ相応の罰を後日に下す。……少なくとも貴様の命はここで尽きたと思え」
その昼、食事時。
大広間。
「今日は済まなかったな。せっかく川遊びの支度を整えてもらってこのざまじゃ」
「信音公が謝ることではないと思います。ただ、あの方、恩田と言う方は昔からああだったのでしょうか?」
「あー、そうじゃなあ」
それには家老の桑原が答えた。
「然様にございますな。吾輩には妻子がおりませんので、あの者の方針こそ年少者に対する教育として正しいものと思っておりました。それがよもや、魔王様が大広間に酒と布団を持ち込むほど調子がおかしくなるまで気付かなかった、これは吾輩の落ち度でもございます」
信音も言う。
「先程はああ申したが、無駄な勉強などないとは思っておる。ただな、苦痛でしかない勉強は勉強ではないとも思っておる。そして今後役に立たない勉強もまた無駄だと思っておる。例えば、そうじゃな。アークルが使えぬ妾がアークルの扱い方を学んで何になる? そんなものを学ぶくらいなら、『陰陽師』や錬金術師がより働きやすい環境を整えてやるのがよいだろう。その無駄に気付いた時、学ぶべきことと学ばなくてよいことを理解することができると言うことじゃ」
「なんだよ殿様。あんた今さっき自分で無駄な勉強なんてないって言ったばかりじゃんか。一瞬にして矛盾したぞ」
「そういうことではない、小娘。『無駄に気付くことで、無駄を無駄に終わらさぬ』ということじゃ。つまり『最初から無駄と切って捨てるのではなく、とりあえず体に通して合わなかったら、すなわち無意味と気付いて早々に切り捨てられる』と言うことじゃよ」
空も言う。
「それは『武術の修練』にも通じるところがありますね。修練とは『無駄を捨て去り絶対的なひとつの答え』を導き出すことにあると、わたしの胸の奥にある八極拳は言っています」
「そっか! 師匠が前に言っていた『千招(多くの技)を知る者を恐れず、一招(一撃必殺)を極める者を恐れよ』ってやつだな!」
「その通り、よく覚えていましたね。多くを学び、学んだものの中から自分に最適なるものを見出し、それを極める。おそらく信音公はわたしたちなどよりも多くの極めるべき一招を抱えていらっしゃるのかもしれませんが、考えとしてはそこまで遠くないでしょう」
ヴィントの言葉にうなずく空だが、信音は「あるいは」と言い添えた。
「すべてを体に通し、極め得ずともその神髄に触れ、民を導くための大名としてなすべきことに活かせ、と言うことかもしれぬ。妾もまだ先代より多くを学ばせてもらっている身、まだ多くのことを偉そうに語れぬ。ゆえに学ぶことはやめぬが、明らかに無駄と分かっている学びなど不要と言うことは分かっておる。『これからもそのような無駄に気付いてゆくじゃろう。それこそが、無駄を無駄で終わらせぬと言うこと』じゃ。無駄と分からず無駄なことを学び続けるなど、それこそ無駄以外の何物でもないからの」
そしてヴィントが見出した答えは、「人生って無駄の連続なんだなー、もっと効率的に生きたいなー」と言う物で、これには誰もが苦笑した。
ところで、この日の昼食の配膳は下町の市場で調達した具を用いたみそ汁に醤油で味付けしたサバの炊き込みごはん、根菜やタケノコやシイタケなどの野菜の煮物、キュウリやカブなどの漬物、『外来害魚ブルーギルの天ぷら』と言うもの。シイタケをつまみながら、信音は尋ねた。
「さてどうする? 今日は朝からみっともないところを見せてしまったが、川まで遊びに行く気がまだあるなら、今日は明日までの泊りとしたい。空への侘びも兼ねて、美濃川添いの旅館街に招待したく、そこでは城下町ではありつけぬ美味もあろう」
「美味ですか!? 行きます行きます! 行かない理由がありません!」
そこに美味があると聞けば、先ほどまで何があろうと知ったことではない空。やはりブレないなとひまりたちは呆れながらも、川沿いの旅館街や美味が気にならないわけもなく。
「決定じゃな。桑原、旅の支度を」
その時、腰元のクマが大広間に駆け込んできた。それもひどく血相を変えて。
「大変! 大変だよ、ネネちゃん!」
「食事中に何事じゃクマ、騒々しい」
「それが来たんです、来たんですよ!」
「お主が熊を連れてきたとでも?」
「熊より恐ろしい人が来たんですよ! 『萌桜院伊織』陛下がお見えになられたのですよ!」
その名を聞き、信音及び桑原以下家臣腰元一同は凍り付いた。
空気さえも凍ってしまった。
これは何事だろうといぶかしがる空だが、空たち外交人員の中で萌桜院伊織なる者を知っているひまりは酷く震え上がった。
「早すぎる」
「えっ? ひまり?」
「信音様のご厚意に甘えることで萌桜院陛下への謁見を先延ばしにできるかとも思ったが、よもやあちらからここへお越しになられるとは。まずいでござる、空、ヴィント、リィン殿。特にヴィントが危ない。今すぐヴィントを優先してどこかに避難」
それはできなかった。
「八極拳『鉄山靠』、再現!」
その途端、大広間上段側のふすまが吹っ飛んで障子を破いて空の彼方へと吹っ飛んでしまった。
一同は愕然となる。ひまりと信音たちは恐怖の対象がやってきたことに、空とヴィントは自分たち以外に八極拳を使える者がこのヤマトにいたことに。
そして吹っ飛んだふすまの向こう側から現れたのは、白と緋色の着物に身を包んだ黒髪の少女。足には足袋を履き、長い黒髪を『丈長(ヤマト紙の髪結い)』でうなじでまとめている。その服装は『巫女装束』であり、神事における正装である。
年齢は信音と同じほど、化粧っけはないが顔立ちは整っているかなりの美少女。巫女装束の上に首飾りを巻くが、その中央に飾られているものは水晶の『勾玉』である。
「ヤッホー! お久しぶりぃ、信音ちゃん。今日は『例の件』で来てあげたよー。お茶出してよ、お茶。そんなご立派な茶葉じゃなくていいからさ、長旅ねぎらってちょーだいな?」
「客人に、と言うより皇族に粗茶など出せるか! ええい、クマ。駿河のとっておきをご用意いたせ。皆よ、食事は中断じゃ。態度を改めよ。こちらにおわす方こそ」
その時、ヤマト陸軍の制服にも似た詰襟の男たちが駆け込んできた。手には漆黒に塗装され金色の装飾が施された立派な銃剣銃が握られている(バイアネットにはブレードガードが施されている)。
「陛下! 単独行動はなさいませんようにとあれほど申し上げたではありませぬか!」
「いいじゃない。親友に会いに来たんだから、ちょっとは破目外させてよ。そ・れ・よ・りぃ~」
城の従者たちが食膳を片付けようとしている中、その人物はヴィントの背後を取って彼女を抱きしめた。
「ひぉ!? なっ、何なんだよあんたは!?」
「口を慎め、ヴィント・フォン・リヒトホーフェン! そのお方こそヤマトの皇帝、萌桜院家の当代女皇、萌桜院伊織陛下にあらせられる! この方に対する一切の無礼は許されないと思え!」
「えー、マジで……?」
だがそんな上等な立場とは裏腹に、伊織には威厳も何もあったものではない。
「にゃーん……! ああもう、こんなかわいい子がいるなんて、信音ちゃんったらどうして教えてくれなかったのぉ? カリオストロ詐欺師集団の対策なんかより、よーっぽどよーっぽど重要じゃなーい!?」
「……そしてこの通り、大の可愛いもの好きでもある。妾もひまりも、何度髪がぐしゃぐしゃになるほど撫でられたことか……」
その酷さを知っているひまりは、自らの髪を両手で押さえて大広間の下段の隅に隠れた。
そして空とリィンは唖然となった。
「この大名にしてこの女皇あり、ですね」
「まったくだわ」
そして伊織はヴィントの髪を撫でるに飽き足らず、猫の肉球を味わうようにヴィントの頬をぷにぷにと押し続け、年端もいかぬ少女の肌に頬ずりし、その他、人の目があるにもかかわらずヴィントの体中を撫でまわし、彼女を『何とも言えない表情』にさせてしまった。
織田信音の日常と言う名の野望。
どこまで騒々しいのか。




