第二十章 織田信音の日常と言う名の野望 ~とんだブラック家臣ね!~
翌日。
「嫌じゃ嫌じゃ! 今日は何があろうと空たちと『美濃川』まで泳ぎに行くと決めたのじゃ! うまい川魚が食いたい! めったに聞けぬその土地の民の声が聞きたい! 何より、レアガルドの水着が見たい!」
「なりませぬぞ姫様! 今日も大事な公務が控えてございますぞ!」
そういう人物は、短気ドM家老の桑原ではなく。
「予定表にはなかったであろうが! 議題も人員もないのに何を話せと!?」
「会議だけが公務ではございませぬ! 書類が溜まってございます、お勉強だってあるのです。また優れた将軍になるためには優れた武芸も学ばねばならぬのですぞ!」
「毎日やっておろうが! 欠かさずこなしてきたであろうが!」
「近頃は姫様もやる気を取り戻してきたご様子ゆえ、この勢いで休日であろうと自らを鍛えるのに充てるべきでございましょう!」
「バカを申すな! 休日に休めんで何が休日じゃ!」
しっかり水着(『塩湯治』用の薄い着物とレアガルド由来のセパレートの二種類)を用意しておいたが、それを大臣に止められてしまっていた。空、ひまり、ヴィント、リィンもせっかく水着を着こんだと言うのに。
「姫様。姫様は民の模範たらねばなりませぬ。上がしっかりしてこそ下が付いてくるのです。強い武将の下に侍たちは付いてくるのですぞ。おなごの身とは言え織田家頭首たるからには、男児と同じ振る舞いのもとで自らを鍛えねば!」
「性別など関係あるか! 何度でも申す、休みの日ぐらい休ませろ! やる気も適度に休んで遊ぶから湧いてくるのじゃろうが!」
「近頃調子が良い姫様のその勢いを止めてはなりませぬ! その調子でなすべきことを!」
「なすべきは平日にこなしとろうが! ただ遊びに行くと思うな、これも外交であり民の声を聴く公務の一環じゃ! 休日返上するぐらいなら公私混同した方が効率的じゃろうが!」
大広間では信音と教育係の言い争いが終わらない。
どうしたものかとほかの城の従者たちや空たちも頭を抱える。
そこに、リィンが手を挙げた。
「リィン・ライトアームズ、意見具申」
「おう。申してみよ」
信音の許しを得て、リィンは言った。
「先に質問です。『曜日』って何のためにあるのですか? 誰か答えてください」
一同は、『アルビオン世界紀年基準』に準じた暦・年月日早見表『機械版画カレンダー』を見やる。
教育係は「何をそんな当たり前のことを」と答える。
「決まっておりましょう。年月日を正しく知るためです」
「そうですね。そして土曜日と日曜日は何の日ですか?」
「休日ですが?」
「今日は土曜日。接客業や一部公務員でない限り多くの事業が休みの日です。当然学生は休み。企業も休み。先の接客業等は、土日に働く分平日のどこかが休みであることが多い。一週間まるまる働きづめ、年がら年中勉強に仕事、そんなことをしていたら体が壊れます。信音様の場合、若さあって今まで何とかなってきた程度。現にもう限界を迎え、我々が来る前は音信不通の第六天として大広間に布団と酒と遊具を置いて引きこもりながらだらだらとした態度で公務をなさっていた有様であったではありませんか。もうその時点で信長様は、限界を通り越して『抑うつ状態』であったことにどうして気付かなかったのですか? なぜアルビオンの世界基準に準ぜずあなた方は働き、信音様にまでそれを強要するのですか?」
「質問ばかりですね無礼者が! それが我々の、我が国のやり方ですぞ! 他国民に口を挟まれるいわれは」
「ある国の勉強ばかりしていた天才児は、途中で自分の理解の及ばないことに苦しんで挫折して勉強嫌いになったのです。そして座学で得たことでしか物事を考えられなくなった子は、いまだ解明されないことについて既存の資料をあさって知ろうとし、自らの頭で未知の領域の先に踏み込み新分野の開拓をしようとする意欲がひどく欠如していたのです。それはレアガルド各国の『知力学力研究機関』が論文としてまとめていることです」
「それがどうしました!?」
「あなたのやり方は、自らの主をダメにしてしまってゆく、と言うことです!」
そしてリィンは、信音に向き直った。
「そしてこう続きます。勉強漬けの子に勉強をやめさせ、知育系のおもちゃを与え、人間関係の構築のため同年代の少年少女が集う環境に放り込んだことで、知識ではなく知恵を芽吹かせたと。つまり信音様。あなたは自らの意思で知識以外のことをどん欲に吸収しようとしておられ、あなたの家臣はそれを妨害しておられる。座学など何の役にも立たないと、あなたは空におっしゃった。あなたはあなたの未来を自ら良いものにしようとしており、そしてあなたのご家族はあなたの成長を阻んでおられる。これが、私の考えです」
その途端、一斉に刀が抜かれた。
家臣たちの刀の切っ先はリィンに向き、信音の脇差は教育係に向いた。
そして訪れる膠着状態。
空たちにはどうすることもできず、ヴィントはただおろおろするばかり。
「貴様ぁ! 我らを愚弄する気かぁ!?」
「やめえ! 貴様ら、その刀を納めよ。さもなくば貴様を斬る!」
「しかし姫さ」
「二度言わすな! この大広間を緋色で染めたいか!?」
その信音の目は、先ほどまでの我を通そうとする頑固さに由来するものではない。
斬ると言ったら斬る、修羅のごとき形相であった。
空は思った。
――信音公は、ヤマトとしても成人しているとは言え本当にわたしたちと同じ年代の女の子なのでしょうか。何でしょう。命に対する向き合い方が違います。根本的に違います。
――ああ、そうか。これがヤマトなりの命に対する向き合い方ですか。家族と呼ぶ者に対する愛は深くとも、家族と言えどそれを脅かす者はその限りにあらず。愛情深さと残虐性を天秤に乗せるかのごとく、愛する時は愛し、罰する時は罰する。善悪利害に明確な線引きをなす、それがヤマトの在り方で、あるは信音公の心得方、と言うことですか。
そして、リィンは膝をついて頭を下げた。
「出過ぎた真似を、申し訳」
「詫びるなバカめ」
誰より先に、信音が脇差を引いた。
「おそらく厠(トイレ)を求めて道に迷って立ち聞きしていたのじゃろうが、お主の言いたいことはよく分かった。そしてお主の知ることを対比として妾の言いたいことを代弁してくれたこと、誠に感謝いたす。
ああ、いい加減うんざりしておった。大名の子孫としてヤマトをまとめ上げる織田家当代頭首として学ぶべきを学び修むるべきを修めよと聞かぬ日はなかった。そしてその教えは先代の教えとは正反対じゃった。父はおっしゃった。真の学びは城の外にあり、民の声こそが父にとっての導きであると。
もううんざりじゃ。貴様らを納得させるためにやがて無駄だと思えるようになってきた書類仕事を片付け必要以上の学びに時間を費やし、城の外に出るのも奉行所や火盗への見回りと言う名目を立てねばられなくなった。妾は誰のためにある? ヤマトの民の幸せのために妾があると言うのなら、妾も幸せになってはならんのか? 妾もなりたいのじゃよ。お主らとともに、幸福の時を謳歌したいのじゃよ」
その時、空がひとりの大臣に首根っこをつかまれ畳にたきつけられ上半身を押さえつけられた。
「ぎぁっ!?」
「貴様らのせいだ。貴様らが姫様を腑抜けにしたのだ。その罪、その咎、貴様の命を以って償え!」




