第二十章 織田信音の日常と言う名の野望 ~ゴチになるわよ。~
場所を変え、下町の市場。
ここでは種なしの干し柿を人数分買って、信音は買ってすぐにかぶりついた。何と行儀の悪いことかとリィンは口をあんぐりと開けたが、市場の人たちは「信音様の豪快な食べっぷりにはいつも元気をもらうよ」と気にした風でもない。
「いつも楽しい賭場ばかりにいても、長くいれば息も詰まろう。こうして下町の者らと交流を持つことも国を知ると言うことよ。……どうじゃ、乾物屋の。最近景気は良いかの?」
「それがねえ、交易路に山賊が出たようでね、あたしんとこの店だけじゃなくて通り全体が困ってるのよ。商品が入ってきたり来なかったりで、売値の調整にも頭抱えるのよね」
「そうか。そうなると『火盗改』の出番じゃな。分かった、任せておけ。近日中にはその賊らも捕らえてみせよう」
「ホント!? 頼りにしてるわぁ~姫様! じゃ、頼んだわよ!」
すると、空が尋ねた。
「カトーなんとやらとは何ですか?」
「ああ。『火付盗賊改方』のことじゃ。放火、盗み、その他悪事を取り締まる組織で、レアガルドで言うところの王家直属戦力の騎士団、あるいは保安庁に近い。ああ、賭博を取り仕切ることもあるぞ。カネを賭けることはそれなりの罪じゃが、八田権兵衛の賭場は、何かしらの景品や権利を賭けたり、その日の食事代を誰が支払うかの『負け越し戦』を楽しんだりすると言うものじゃ。後者は権兵衛が名付けた『ご馳走戦』と呼んでおる」
「ゴチ戦……。それも立派なカネを掛けた賭博では?」
「確かにそうと言えなくもないが、もうあれはあれで成り立っておる。それに下手に欲望を規制しようものなら暴動も起ころう。じゃから、そのような欲望を小出しにするのがちょうどよいのじゃよ」
「分かる気がしますが、釈然としませんね」
「軍人らしく真面目なやつじゃなあ。ま、酒もタバコも賭博も女遊びもほどほどにと言うやつじゃ」
「信音公は女性ですよね?」
「ゲスな男は好かんが、可愛いおなごは好きじゃぞ? 今夜もクマを『閨』に呼んでおる」
「あー」
空とひまりは顔を赤くして明後日の方向を見た。
――確か、『百合』ってジャンルの本でしたでしょうか。
――アシュレイ殿、読んでおられたでござるな。
忠八とリィンは「ふっ」と『大人の笑い』を浮かべ、ヴィントにはまだ早かったようだ。
レアガルド王国。
フォーマメント州、大使館。
「ぶぇっくしょーい!」
アシュレイは百合小説を読みながらくしゃみをした。
「……ヤマト風に言うなら、これは誰かが噂してるってことでいいのかしら?」
「いーや風邪引いたことを疑えッス」
アレットが作り過ぎた料理を持ってきた。
下町食べ歩きの翌日。
大倭皇国、美濃国。
城下町、『美濃国城下町奉行所』。
「お主ら。ここが奉行所じゃ。レアガルド風に言うなら裁判所じゃな。奉行所は容疑を掛けられた者の白黒を問い、火盗(=火付盗賊改方)は奉行所の管理下にある。ヴィントはここでゆるりと過ごすがよかろう。空、ひまり、リィンは戦いの心があろう、火盗長官の指揮下に入り賊を捉えるのに協力してもらいたい。忠八はどうじゃ?」
「僕にも銃剣銃術の心得があります。『銃剣銃』はございますか?」
「ああ、あるぞ。おい武器庫番。この者を武器庫に案内せい」
そして忠八が持って帰って来たものは、ヤマト陸軍用銃剣銃であった。構造は『ボルトアクション式ライフル』のバレルの下に銃剣銃専用コンバットナイフを装備したものである。そのコンバットナイフのことを『バイオネット』と言う。
「へぇ。火盗も軍用装備を使うのですね」
「然様じゃ。あるいは、今のヤマトが大陸の文化を貪欲に吸収していっておる。お主も見たじゃろう、西土の大陸化を」
「はい。様々な文化がひしめき合って素敵な町だと思います」
「妾に言わせれば『倭陸折衷』、『国籍十把』、統一感が無く目が回るものじゃ。しかしあの文化のいずれかがヤマトに溶け込み、今の景色はやがてなくなってしまうじゃろう。『維新』はすでに静かに始まっておる。我ら織田家はその維新に追い付き、あるいは我ら自身の手で維新を正しく導かねばならんのじゃ。力による支配はとうに過ぎた。織田家は天下人として民の望みを受け入れ、官民歩みを同じくして維新を成し続けねばならん。三十年前はなかったとされる陸軍と海軍。これがヤマトに受け入れられたこと自体が、維新の象徴じゃよ」
「維新……。わたしたちも、維新が必要でしょうか」
「空。わたしたちとは、フォーマメント州とやらのことか? 焦るなたわけ者。お主らは開拓し始めたばかりじゃろう。まずは州の運営を軌道に乗せい。維新など当分先のことじゃ」
「そ、そうですね。ありがとうございます。フォーマメントに帰ったら、すべてに対して先入観無しで見渡し、開拓していきたいと思います」
「うむ。いつか妾がお主らの営む憩いの地に赴いた時、最上のもてなしをしてくれることを期待しておるぞ」
奉行所に火盗の職員たちがおのおのの武器を持って集まり、長官である長身の女性『長谷川璃桜』が現れるなり一同は整列した。璃桜は漆黒の兜をかぶっているが、彼女以外の者は着物に袴に『黒い外套』を纏い、左手には大楯、右手には槍や薙刀や『さすまた』などの長物を装備している。璃桜だけは右手の『十手』のみで、それもかつては武器として使っていたが今では指揮するための道具になっているようだ(また十手は、レアガルド王国で言うところの職業ライセンスのような身分証明でもあることから、盗難と悪用から守るべく、余程のことが無い限り人目にさらすことはない)。
「諸君! これより、城下町と相模国とをつなぐ交易路に出るとされる盗賊の征伐に向かう。また、本日はレアガルド王国からの使者としてお越しになった呉空殿とリィン・ライトアームズ殿、七橋国の武士であった河上ひまり殿、元軍医の二宮忠八殿もご協力くださる。だからと言って慢心せず油断せず、万事抜かりなく心してかかるように。以上である。火付盗賊改方、出動!」
その後の顛末は次の通り。
火盗の半数が行商人に化けて交易路を通り、そこに群がってきた盗賊団を迎え撃つ。馬車に隠れていた残る半数と空たちが飛び出し、盗賊団を容赦なく殲滅。盗賊団の頭と目される男たち数名は生かして残し、残党などがいないかを聞き出してから奉行所に連行。残党も残らず制圧し、後日罪を吟味(調査)されることだろう(これを執り行う者を『吟味方』と言う)。




