第二十章 織田信音の日常と言う名の野望 ~第六天の魔王、その称号の意味は拙者も気になってござる。~
そう。
これは織田信音の日常である。
日常を謳歌したいと言う、彼女の野望でもある。
かくして、カリオストロ抵抗臨時議会が求める織田信音及び先代(第二十六代)頭首『織田信頼』からの署名をも得、それらは陸路海路様々な方法そして複数の臨時議会拠点に郵送されることとなるのだが。
「『常盤国の巫女』、ですか?」
大広間にて、布団だけは片付けた信音は言った。
「然様。その者からも署名を得るとよかろう。そもそもこの国は、ふたりの覇者がおるのだ。いわばここはレアガルド王国。すなわち『立憲君主制国家』なのじゃ」
つまり、国王がすべての実権を支配するのではなく、国民から各分野の代表を集め、様々な角度から議論を重ね、国民による国民のための政治を執り行うのである。大倭の女皇は自国を我が領土として持ちながらも皇帝としての権限をある程度制約され、議会においては議員のひとりに過ぎない。そしてその議会は稲葉山城の大広間で執り行われる。
「妾のような大名は武力を以ってヤマトを支配し、支配した大名らを招集して議会を開きヤマトを治める。一方で女皇はどの律令国にも属さず、『巫女』として常盤国の『神殿』にて神に祈りを捧げることで国の安寧を担っておるのじゃ。レアガルド王国の議会に当てはめるのであれば、妾はサティルス議長、あやつこそがライノック国王となる。つまり妾は、あやつより、あるいはヤマトに座す八百万の神々より、ヤマトの大地を預かっているに過ぎぬのよ」
「そう言うことだったのですね。では早速、旅支度を」
「まあ待て! 急ぐな! せっかちじゃなあお主は!」
すぐに出立しようとする空を、信音は止めた。
「はぁ……」
「得るべき署名は得たじゃろう。それも想定外の先代からの署名まで。お主らの役目は、本来ならここでしまいじゃろ。であれば、もう少しこの美濃国を観光し、もう少し妾の遊びに付き合ってから赴くのもよかろう。これも外交じゃ」
すると、家老の桑原からも言われた。
「皆様方、もうしばらく魔王様にお付き合いくだされ。皆様方がいらっしゃりレアガルドのボードゲームやカードゲームで遊ぶようになってから、魔王様の公務に対する向き合い方が元に戻られ、いや以前よりも気合が入ってございます。このままあなた方に去られれば、また魔王様は『音信不通の第六天』になってしまわれます」
「それは困りますね。ではヤマトとの良好な関係のためにも、ここは信音公の御意に沿いましょう。ところでひとつ気になることが」
桑原は首をかしげた。
「その、『魔王様』、『第六天』とは何でしょうか?」
それには、ひまりもうなずいた。
「それは拙者も気になってございました。織田家は別にアークルを自在に操る能力を持っていらっしゃるわけでも、エルフやエヴィルのような亜人種でもございますまい」
「それは妾から話そう」
信音はそう言い、扇を開いてパタパタと仰ぎながら言った。
「天下を統べしご先祖織田信長様は、戦国時代に『天地を統べる恐るべし者』を意味する『天魔』と呼ばれ恐れられたそうじゃ。また『遮那教(毘盧遮那仏の説教に殉じる宗教)』に関する言葉、『五層に至る地上及び天界のさらに上である第六世界』という概念も取り入れられ、天下を統べた織田信長様は自ら名乗ったのではなく他者からの畏怖の意を込められ、ついに『第六天魔王』と呼ばれるようになったのじゃ。
それはいつしか称号となり、次代から先代に至るまでもその呼び名はついて回った。それと織田家は代々、少々頭のおかしいやつで構成されておる。信長様は蒸気機関車の高出力機関を搭載した馬車のように行動力が異常なお方で、そのぶっ飛び具合が時代や戦略や人脈などとうまくかみ合って天下人となられた。信長様より数えて四代の『信氏』様は別名『信受死』様と呼んで恐れられるほど恐怖政治でヤマトを支配しておった。とは言え人殺しが趣味なのではなく、『悪辣な手段の使い方がうまかった』と言い添えておこう。そして父たる先代は『こいつが頭首になれるのか?』と周囲の人々から見放されるほどの無口じゃった。だが二宮忠八と同じく機械技術に関する知識や発想に秀でておった先代は、恐ろしいことに海外の連中も青褪める兵器を次々に開発してしまった。そして東エイゼルの連中に恐れられたわ。『ヤマトにケンカを売ろうものなら、神の鉄槌が百倍になって帰ってくる』とな。
そして我ら五兄妹にもそういうところはある。次兄信家は残虐の使い方が下手な暴君、次姉メイは農業でその才をいかんなく発揮した。妾は政治とは無縁の才があることが分かった。こりゃもう妾の代は現状維持で、優れた次代を生むよりほかあるまい」
「信音公の才とは?」
「うむ。それは……」
「それは……!?」
「遊戯、すなわちゲームじゃ!」
信音は早速レアガルドのボードゲームであるドラゴン&ウォーリアーズのコマを敷居に叩きつけた。
家臣たちは「うんうん」とうなずくが、空たち五人は唖然となるばかりであった。その何が才なのかと。
「妾には遊びの才がある。囲碁や将棋や花札などヤマトに古くからある遊びから、チェスやリバーシなど大陸から伝わってきた遊びまで、だいたい妾はすぐに理解し、その手の手練れと互角の勝負を何度となく繰り広げ、回を重ねるうちに勝率も上がってきた。遊戯ごとで妾に勝てるものなど、もはやこのヤマトにはおるまいて。はーっはっはっはっは!」
「つまり、それは戦争となれば戦場を掌握すること間違いなし、と言うことですね」
「はーっはっは……、は?」
それまで『自慢半分自嘲半分』に高笑いしていた信音は、空の言葉に黙った。
「……貴様。今、何と申した?」
「戦争では戦場を掌握できる、と申し上げました」
「ゲームが? たかがゲームがか?」
「たかがゲームではありません。されどゲーム。すなわち判断や戦略がモノを言うゲームにおいて、大事なのは駆け引きや先見の明、すべてを見通し把握する能力。すなわちそれを戦争で応用すれば、敵の戦力や戦場の地形などを把握し、こちらの戦力をどのように運用すればいいかを理解でき、最小限で最大の成果を得られると言うことです」
信音は驚愕した。
まさか、自分の才にこれほどの可能性があったとはと。
そして、信音は空に尋ねた。
「では、戦争以外では?」
「国家間の戦争は、今の平和な世において必要ないものでしょう。しかし小さな小競り合いはどの地域でもあります。陸軍でも習いましたが、エイゼル大陸中部ではいまだに小規模な戦争が続いているようです。また、現にわたしたちは冒険者として旅をする中、多くの野党に襲われたり、旅先の町に巣食う悪意に命を狙われたりしてきました。大変な無礼を承知で申し上げますが、ヤマトにも盗賊による被害や民が起こす小競り合いがあるようであれば、あなたの才をそのような賊どもから罪なき民を守るための才として役立てることもできましょう。その時、どのような人員をどこに配備し、どのような日用品を武器に転用し、砦攻め系のボードゲームにおける防衛戦と同じ要領で戦略を組むことができます」
「ふん。だがゲームで人が死ぬことはない。賊に襲撃されたら、どちらかが必ず死ぬぞ」
「ゲームにおいて敵のコマを落とせば、戦場で賊を屠るも同義。わたしは陸軍で訓練の一環としてチェスを習った際にこう教わったのです。そもそも将棋やチェスのようなボードゲームは戦争のシミュレーションにして戦場の縮図。『戦を制する者ゲはームを制する。また、逆も然り』、と。あなたはすでに、戦場の覇者なのです」
「バカな……」
信音は、愕然となった。
まだ信じられなかった。
一度も戦争を起こしていないと言うのに、平和なこの世において、すでに戦場の覇者だと? バカな話があるか、と。
言葉を発しなくなった信音を見て、家臣が声を荒げて空に食って掛かった。
「貴様! 魔王様に対して何と無礼な物言いか! 首をはねるぞ!」
「大広間を血で汚すわけにはいきません。斬首であればこの国のしきたり通りに」
「よせ!」
桑原を止める信音。
刀から手を引く桑原。
空気が焼け焦げる大広間。
そんな今にも誰もが窒息してしまいそうな空間で、信音だけが自在に呼吸をする。
「こんな『バカ姫』にそのような高評、もったいなさすぎるわ」
「わたしは、わたしの思ったままを申し上げたまで。無礼であれば、お詫び申し上げます」
「詫びるなメンドい。しかし、そうか。妾は戦場の覇者か。信長様も極楽浄土で妾を褒めてくださることであろう。気分がよい。シュトラルラントのビールを持ってまいれ!」
アルコール度数が低ければ日中から飲んでも泥酔しないと踏んだのだろう。
だがビールを浴びるように飲む信音と、彼女に強引に飲まされた空は、それでも酔いつぶれてしまった。
「同席した拙者らはどうすればよいでござろうか」
「師匠とこの飲んだくれ魔王、いい飲み友達になるんじゃないかなあ」
ヴィントの思った通り、酔いから覚めてもその晩に城下町に繰り出して賭場の男どもと朝まで飲み明かした。空は(おそらく生まれて)初めて、酒に苦しんだ。




