第十九章 ヤマトの姫将軍・織田信音 ~お主は面白くないからの。~
「して、レアガルドの遊戯を紹介してくれると言うことじゃが、これがそうか?」
「はい。それではご説明いたします」
空が用意したのは、正方形状に四つ並べた囲碁のための碁盤。それだけのフィールドを用意しなければできない遊びとは?
「『ドラゴン&ウォーリアーズ』。プレイヤーは『将(指揮官)』として剣士、魔法使い、ドラゴン、雑多な魔物たちの『コマ』を戦士としてフィールドに立たせ、そのコマの陣形次第で攻撃と防御の役割を変え、罠や魔法やその他さまざまな要素で戦士を支援し、敵将を倒す、というゲームです。
要は、攻撃力の高い戦士を攻撃役に置いて弱い敵を倒し、自分より高い攻撃力にさらされればそのコマはフィールドから退場。そうしてコマを減らしてゆき、最後に敵将つまり敵プレイヤーを倒せば決着。しかしそれまでに砦を築いたり生贄つまり仲間のコマの攻撃力を捧げたり一定条件で攻撃力を無効化する魔法を行使したりして、攻撃力の不利を覆したり敵の攻撃を跳ね返したり、状況そのものを無効にしたりすることでゲームを進めてゆきます。
戦士のコマと補助効果の『アミュレット』は、三十個と百五十個。そのうちフィールドに出せるコマは戦士十二個と、使えるアミュレットは百五十のうち五十個のみ。すべてに個性や特性があるので、どのコマとアミュレットを使ってゲームするのか、それは自分にしか分かりません。また攻撃力と防御力のポイント配分と特殊能力に関するレギュレーションさえ守れば、自作のコマを投入することもできます」
「なるほどのう。すでに知り尽くされた互いの手ゴマで遊ぶより、より勝負の駆け引きができると言うわけか。将棋や囲碁もよいが、これも面白そうじゃ。お主、空とやら。妾の相手をせい」
「御意」
ルールやレギュレーションの説明をして遊んでいる間、ひまりはもう何組か用意していたものを開封して賭場の男たちにも配る。
「レアガルド王国からのささやかな手土産にござる。どうか収められたく」
「いいねぇ、姉ちゃん。おいお前ら、新しいコマ遊びで賭けだ賭け!」
ちなみにヴィントはどの国においても未成年であるため、賭け事なしのゲームとなる。酒と賭博におぼれた男たちだが、一国の覇者の前ではわきまえるものはわきまえるようだ。
そして空たち一行は信音と彼女の衛兵と共に賭場で一晩明かし、信音は「まだまだ勝負じゃ!」と息巻いて空たちがレアガルドから持ってきたゲームのすべてを体験した。さすがに寝食を忘れてゲームばかり楽しんでは健康を害する。二日目の夜には空腹と脱水症状のせいでドラゴン&ウォーリアーズの試合中に気絶した。
さらに翌日。
稲葉山城、大広間。
通常、大広間は上段・中段・下段と立場の高い者の順に並び、上段には大名が座し、各種公的行事などが執り行われる。内装は豪華絢爛で、壁には『レアガルド伝記』の一幕を描いたとされる絵画が描かれている。わざわざレアガルドから画家を呼んだのであろう。織田家はこれだけのことを成せると、方々の大名らに示したいに違いない。
……のだが。
「いやあ! お主ら、一昨日と昨日は楽しかったぞ! レアガルドにあれほど楽しい遊戯があるとはな、さっさと世継ぎを生んで大名の座を譲ってレアガルドに遊びに行きたいものじゃ! はっはっは!」
信音は上座に布団を敷き、国内外の酒と魚の干物などを持ち込み、将棋、囲碁、メンコ、ベーゴマ、チェス、リバーシ、トランプ、その他各種遊具を持ち込んでいた。
「……学生男児の趣味部屋にござるな」
「そうですね」
「あー、弟のブリッツの部屋そっくりだ。酒と内装以外は」
「どこからどう突っ込んでいいのか分からないわ」
「僕も、同じくです……」
しかも家臣も何人かいるのだが、男性家臣は誰もが裃なのだが(大陸との交流が進み髪型の自由がヤマト中に浸透してきたため、髷を結わない者もいる)、女性従者(家臣ではなく『腰元』と言う)は若いと言うよりひまりや空たちのような年齢の少女たちを集めてメイド服を着せている。政治関連は家臣に任せ、身の回りの世話については『メイド腰元』に任せている。
「ネネちゃん、ちょっと酒臭い……」
「うるさいな。おいクマ、公の場では信音様と呼べと申しておろうが」
「だったら布団と遊具と酒を大広間に持ち込むこともやめたらどうなのよ。海外のお客さんとお友達の前でしょ?」
「わーっとらぁ! あーもう仕方ない。ワインをボトル一本、これは譲れん」
「高いのに……」
「ポリフェノール!」
「美肌には効果あるかもだけど、そんなのに頼るほどの年齢じゃないってばぁ」
すると、空が意見した。
「織田信音公。ワインは一日にグラスせいぜい二杯、女性なら一杯が適切の飲酒量とレアガルドでは言われております。それだけ口にすればポリフェノールの美肌やその他健康効果は得られるとされ、むしろ過ぎれば体に障ります。『薬も過ぎれば毒となる』、『過ぎたればなお及ばざるがごとし』とも申しましょう。わたしも酒をたしなむので貴公がお酒好きなのも分かりますが、今日は、せめて午前中はそのボトル一本でその手を止め、我々の話をお聞きいただきたく存じます」
「そうかそうか。お主がそこまで言うのであれば致し方あるまい。では酒とつまみに代わる楽しいものを持ってまいれ」
「そうおっしゃると思いまして、用意しておきました。ひまり、例のものを」
「うむ。姫様、これをお納めください」
空とひまりが信音の前に差し出したのは、忠八の『タマムシ型飛行器の模型』。それも、ゴム動力式と炭酸ジェットエンジン式の二機を用意していた
「これを? そなたが? 作ったのか?」
「はい。僕……、あ、私は大倭皇国陸軍亀ヶ池分隊で軍医をしておりました、二宮忠八と申します。私はアルビオン諸島連合王国に渡って最新式のアルケミックエンジンをその模型を大きくした機体に搭載し、アルビオンからこちらの呉卿と河上卿が治めるフォーマメント州まで空を飛んで旅してきたのでございます。今その機体はここにはございませんが、断言いたします。人は、空を飛ぶことができます」
その言葉に、家臣たちはざわめいた。まさか人が機械の翼を得たとしても空を飛べるなど、聞いたことも見たこともないのだから。
「おっ、おのれ! 魔王様に虚言を吹き込むか!?」
「待てそこの。えーと、名は何じゃった? とにかく刀にかけたその手をどけろ」
家臣の名を覚えていないとは、この大名、ひどい。
「桑原志和にございますよ! いい加減覚えてくだされ!」
「お主は面白くないからの」
「おもっ……!?」
やはりひどい。
この空気をどうにかするためにも、忠八は飛行器の説明を続ける。
「ではまず、こちらのゴム動力式の飛行器をお楽しみください。エンジン式をこの広間で飛ばせば、内装が台無しになりましょう」
「よかろう。二宮チューバとやら、ここに持て」
「僕、楽器じゃないんですけど……」
忠八が飛行器の原理と飛ばし方を軽く説明すると、信音は「風車みたいじゃな」と言ったプロペラを回して機体から手を離した。タマムシ型飛行器は風を巻き起こしながら見事に舞い上がり、ゴムが回りきってもプロペラだけは回り続け、三輪の車輪できれいに着地して下段にいる家臣の膝に激突して止まった。
「おお! これは見事じゃ! 確かに人が空を飛ぶと言うのも決してこの者の虚言ではないようじゃな。おい、そこの短気。謝罪せい」
「はっ、魔王様。二宮殿、失言を撤回しお詫び申し上げる……」
「いえいえなんの」
すると、空が忠八に尋ねた。
「最後のプロペラの動きは何ですか? レアガルドで販売していた模型だと、ゴムが回りきるとプロペラも一緒に止まるじゃないですか。それが、ゴムが止まってもプロペラが回るなんて」
「それかい。それは、ゴム動力とプロペラの間に『ワンウェイギアボックス』を仕込んでいるからなんだ。ゴムの動力が働いている時は内部のギアが噛み合ってプロペラにつながるシャフトが動力を得て回り、ゴムが回りきって止まった瞬間にギアの噛み合いが外れてプロペラは『慣性』だけで回るんだ。これを商品として売ろうとするともう少し高くなるけど、このギアを仕込むことでプロペラが停止して生まれる空気抵抗をほぼゼロにすることができるんだ。結果、抵抗を受け流すことができるようになった飛行器はあそこまで飛ぶことができたと言うことさ」
「すごい……。そこまでできるなんて……!」
家臣が信音のそばまで飛行器の模型を持ってゆく。信音が何度かプロペラを回しては手を離すという動作を繰り返し、忠八の言うワンウェイギアの仕組みを理解した。
「面白い。実に面白いぞ! 貴様、二宮チューバ!」
「忠八です」
「そう忠犬ハチ!」
「違う……。姫様、人の名前覚えるの苦手?」
「はっはっは! よい合いの手じゃ! 二宮、えーっと忠八。お主がアルビオンで社長などやっておらねば、我が国の機械技師として徴用しておったわ。かーっ! なんと惜しい人材を海外に持っていかれてしまったんじゃろうな。悔しくて仕方ないが、致し方あるまい。どうじゃ二宮。我が大倭皇国でも、飛行器とやらを売り出してみないか? 妾が出資者となろう。二宮航空力学研究所ヤマト支社を開業するがよい!」
「本当ですか!? それはありがたい申し出です! 是非ともよろしくお願いいたします! ……と、自分ひとりでここに来ていたらそうお答えしていたでしょう」
「ん? 不服か?」
「すっかり忘れていましたが、我々はヤマトに飛行器を売り込みに来たのではありません。実は、アルビオンとレアガルド、そしてレアガルドと親しき国々が……」
「ああ、あの『お人よし国王』から親書が届いておる。妾もすっかり忘れておった。おいクマ、エスプレッソを持ってまいれ。話はそれからじゃ」
クマとは、信音とやけに親しげに話していた腰元のひとりであった。
「ふっ。酒の酔いを醒ますには夜風と遊戯、そして濃い目の緑茶かエスプレッソと決まっておる」




