第十八章 八極拳VS獣王拳 ~もう逃げません。正々堂々、戦いましょう!~
アッシュランド州北方の町『ナイレス』北門詰め所にて、空は緊急ラインをつなげて王国議会に状況報告の信号を送信。リゾート・イハトヴに戻るためにも、タクシーにはそのまましばらく付き合ってもらうことにした。
町中のメインストリートをひた走る中、一同は思案する。
「ここまでくれば一安心、と言ったところでしょうか」
「そうでござるな。しかしこの先どうするでござる?」
「相手は海軍。おそらく軍事車両や高出力蒸気駆動車などを持っているでしょう。街中ならまだしも、平地に出たらこちらが不利です。今すぐに追いつかれてもあらがうすべは拳ひとつ。ナイレスの町南門を出る前に、ここにとどまり我々にとっての援軍を待つかリスクを冒してでもイハトヴに戻るかを判断しなければなりません」
有事の際、アルケモートの陸軍分隊には応援を呼ぶことになっている。
「であれば……、そうでござるな。ピエリーナとアレット、そしてソメイヨシノがどれだけ立ち回れるか。そして我々とイハトヴに対してマトロ長官がどれだけの戦力を差し向けたかが気になるところ。アルケモートの陸軍分隊にはすでにピエリーナたちが応援を要請してくれているとして、空の権限で陸軍のナイレス分隊に協力を仰ぐことはできぬでござろうか?」
「ここの分隊とは交流がありませんが、試しに頼んでみましょう。……って」
その時、タクシーの前に横一文字の赤い光を掲げた何者かが立っていた。停車を促している。
「敵ですか!?」
「御者殿。いつでも発信できる用意を整えて停車していただきとうござる。ヴィント、忠八殿、身構えていただきとうござる」
かくして、タクシーは止まった。
空とひまりが周囲を警戒している間、ドライバーが黒衣の何物かに尋ねた。
「どうしたんだね。こっちは急いでるんだ!」
「貴様に要はない。呉空陸軍中尉、貴殿に伝言だ。マトロ長官、こちらへ向かう。リゾート・イハトヴ、敵勢力制圧と冒険者らの買収を遂行。アレット探偵より、ここは自分らにまかせてそちらの身の安全を最優先にされたいッス、とのこと」
「ありがとうございます。あなたはハングさん、あるいはハングさんのお仲間ですか?」
「知らん名だな。用は済んだ。無事の帰還を祈る」
黒衣の何物かはそれだけ言い放つと夜の街に消える。
何なんだあいつはと首をかしげるドライバーに、警戒を続けながら空が言う。
「走らせてください。目的地、陸軍ナイレス分隊。南門にたどり着けば庁舎もあるでしょう」
「あんたらも大変だねえ」
その後、タクシーを降りた空は陸軍南門庁舎で門番に事情を話し、タクシーを帰らせて乗り慣れた軍事バギーと武器を借り受けることができ、そのままイハトヴを目指してひた走る。
「イハトヴの無事を知れた今、まず案じるは拙者らの身の振る舞いでござるな。マトロ長官は間違いなく我々の口を封じに来るでござろう。一体どれだけの戦力を集めてくることやら」
「少数精鋭と言うことも考えられます。あまり多くの兵力を動かすと始末書問題になりますからね。しかしいつまでも逃げ回れるものではありません」
「であれば猶更、ソメイヨシノを主戦力とするためにもまずはイハトヴに帰還するでござる。……ああ、旅館に武器を置いてこざるを得なかったのが痛うござるな」
「仕方ありません。持てる手段で戦うのみです。幸いこれは軍事バギー。使い慣れないとしても、この車に装備された武器で戦いましょう」
「そうでござるな」
すると、忠八が言った。
「ちょっといいかい? ナイレス南門からく艶やかな高級車が出てきたんだが」
「ええ、マトロ長官でしょうね」
忠八が開発した飛行器にも採用されたアルケミック・ブーストエンジンの最大出力は、蒸気駆動エンジンの比ではない。間違いなく追いつかれる。
「師匠! このままだと私たち殺されちゃうよ!」
「大丈夫です。あの丘を越えたら勝機はあります」
「どういうこと!?」
「今一度、多少のけがをする覚悟をしておいてください」
小さな丘を超え、空たちとマトロの間の視界をその丘が遮る。
マトロが再び軍事バギーを捉えた。バギーは相変わらず次の町に向かってひた走る。その先はキャベツ畑。車で農道を突っ切れば逃げ道はなく、麦畑に突っ込めば麦の穂が邪魔をしてまともに走ることはできない。
「取ったぞ!」
マトロは強気な笑みを浮かべるが、その前に空たちの乗る蒸気駆動車が異変を起こした。
「ん? 減速していくだと?」
そしてついに、バギーは畑の手前で停車してしまった。
「ついにあきらめたと言うことか、あるいはこの私に直接対決を挑もうと言うわけか?」
マトロは部下たちを連れて車から降りる。そしてその手には拳銃を持っており、腰に巻いたベルトにもまだ拳銃やナイフなどを装備している。
マトロは部下のスーツの男に車の様子を見てこいと命じる。三人の男たちが拳銃を手に空の蒸気駆動車の様子を見に行くのだが。
「長官! やつらいません!」
「バカな、車がここまで自走するわけがないだろう!」
「それが、アクセルペダルにライフルが押し付けられています。停車したのは、これが緩んだためと思われます!」
「……やつらめ。報告ご苦労、警戒態勢!」
すると、マトロの車の後方から足音が響いた。
「探さなくていいですよ」
マトロたちが振り向けば、空、ひまり、忠八、ヴィントがずらりと並んでいた。空とひまりは共に軍用ロングソードを構えているが、忠八は軍用ライフル、ヴィントは両手に『軍用コンバットナイフ』を握っていた。
「どういうつもりだ。この暗闇の中逃げておけばいいものを」
「逃げたところであなたたちはどこまでも我々をつけ狙うことでしょう。であればここであなたたちを叩き、余罪があれば調べるだけです」
来た道のはるか後方。
実はマトロは三台の車で空たちを追いかけてきたのだが、そのうちの二台がシャフトに鎖を巻き付けられて走行不能に陥っていた。
制御不能になった車内で体中をぶつけたか、マトロの部下たちが無様に這い出してきたところを黒衣の一団が取り囲んだ。
「貴様らか、我々の車をこんな目に合わせたのは!?」
だが、黒衣の者たちは答えない。
「『サン』。他に追っ手はないか?」
「そう聞いてるわ。『ハーミット』はみんなと一緒にこいつら縛って色々調べといてちょうだい。あたしは『望遠信号機』で状況報告するから」
「『フール』、俺が護衛しよう。安心して送信に集中してくれ」
「あんたはいつもクールね、ハング」
彼らこそ、王府斥候部隊の一員である。
「しかし、一台逃したのは痛いわ。それこそがマトロの車だってのに。お嬢ちゃんたち、マトロの始末は頼んだわよ!」




