第十八章 八極拳VS獣王拳 ~まさかの人物が敵でした!~
大岑帝国式レストラン付きホテル『金龍紅華』。
食事は大人数で円卓を囲い取り皿から好きなだけ取って食べると言うスタイルで、ビーフンやギョーザなど様々な大岑料理を空たちは味わってゆく。
「どれもおいしいですね。王族の方々や高位の貴族の方々がイハトヴでパーティーを開くなどのことがあれば、大岑出身の料理人をお招きすると言うのもありかも知れません」
「然様でござるな。拙者は大岑式の料理はどうも肌に合わず避けてきたござるが、これほど美味な料理であるならば毎週でも頂きとうござる」
「まあ、多くの国では『岑風料理』、つまりその国々でアレンジされた大岑料理しか食べられないからねえ。僕もアルビオンに渡って『なんちゃってヤマト料理』にはちょっとうんざりしたものだ」
「そんなもんか。でも確かにこの料理はおいしい。大岑帝国か。ちょっと行ってみたい気もするな」
そう言うヴィントに空は答えた。
「はい、わたしもです。機会があれば一緒に行きませんか?」
「いいの、師匠!?」
「はい。実はわたしの八極拳も、ひょっとしたら大岑帝国生まれなのかもしれないと最近思ったのです。と言うのも、聞けば大岑帝国の武術と太陽国の手は『型のある武術』に数えられ、八極拳もそのあたりにルーツがあるのではないかと思っているのです。今は領主としてフォーマメント州の開拓、社長としてリゾート・イハトヴの経営で休む暇もありませんが、まとまった休みができたらぜひ赴きたいと思うのです」
「そっか。忘れてたけど、師匠って記憶喪失なんだっけ。早く師匠の過去が見つかるといいね」
「ありがとうございます、ヴィント」
そこに、金龍紅華の女性スタッフがある男を連れてやってきた。
「お食事中に失礼いたします。呉空様でいらっしゃいますか?」
「はい。呉空です」
「呉様にお客様がお見えです。レアガルド王国議会『海軍庁長官アルベール・マトロ』様をお連れ致しました」
アルベール・マトロ。
海軍庁長官と言うだけあり、立派な黒いスーツに錨をモチーフとしたバッジを飾っている。背は高く体格もしっかりしており、白髪交じりの髪をオールバックに決め、緑がかった青目を持つ。
空は食器を置いて椅子を立った。
「ごきげんよう、マトロ長官」
「こんばんは、呉卿」
「初めてお会いしたのは国王陛下の誕生祝でしたね。その節はろくにご挨拶のための時間も取れず申し訳ございませんでした。よろしければ今からでも懇談会の席を設けたく思いますが」
「それには及ばない。実は貴卿の今後の軍人としての待遇について重要な話があるのだ。軍事機密ゆえ、貴卿おひとりでお越しいただきたい。食事が終わるまで外で待たせてもらう」
「お心遣いありがとうございます。しかし長官というお立場にあらせられるあなたをお待たせするわけにもいきません。……ひまり、会計をお願いします。それと寝る前に、忠八さんとヴィントと一緒に『パラベラムシステムの用意』をお願いします」
空の言葉に、ひまりは「かしこまった」と答えて湯(大岑帝国のスープ)をひと口すすった。
紙ナプキンで唇を拭い店を出た空を、マトロは先導する。店の前には彼の部下もいたようで、空は三人の男に囲まれる形で道を歩くのだが、次第に立ち飲み居酒屋や煙臭い焼き肉屋やいかがわしい店などが並ぶ裏通りまでやってきた。
「へぇ~……。軍人も意外とこういう通りを使うのですね」
「まあ、その方が貴君も肩肘張らずに話ができるだろう。この先には私の古い友人が経営しているスナックがあるんだ。親しい者と話す時、大事な話をする時は、だいたいそこを使っている」
「なるほど。つまりその方も元海軍の関係者ということですね。そうです、海軍と言えば、アンカーボルト分隊の隊長さんには大変お世話になりました。我々が討伐したアーダルベルト海賊団の海賊船を、廃船になるところを無料で譲っていただいたことを深く感謝します」
「ああ、クリス・アキモフ少尉が貴卿に大変な無礼を働いたようだからね、そのお詫びなのだろう」
「あの時の決闘が巡り巡ってこのような形になるとは、当時はみじんも思いませんでした。それはさておき」
その時、空の背後、道のど真ん中で煙が立ち上った。
火元は不明。ただただ路地のど真ん中に煙が充満し、道行く人々は事故か火事かと慌てふためき逃げまどいパニックを起こす。
「何だ!?」
「あなたたちにはご退席いただきましょう」
空に見えないところで拳銃を構えていた男ふたりに蹴り技と『タクティカルペン』を見舞って脇腹を砕き、空自身は煙の中に飛び込んでアルベールから逃げ出した。
「なっ! しまった。追え! やつを追え!」
アルベールは通行人に扮した仲間たちを差し向けたが、空は煙に飛び込んだ瞬間に姿をくらました。それこそ、煙となって空中に消えたかのように。
「長官! やつを見失いました!」
「お前あきらめるのが早いな!? 女の足だ、そう遠くに入っていないはずだ、探せ!」
だが空は消えたわけではない。
ジャケットを脱ぎ捨ててセーラー服姿となり、更に髪を隠すためにセーラーキャップをかぶって変装し、お気に入りの服装で堂々とアルベールの目をかいくぐっていたのである。
アルベールの仲間のひとりが脱ぎ捨てられた空のジャケットを道端で発見。空の逃走経路を突き止めた頃には、すでに空はひまりが手配した蒸気駆動タクシーに飛び乗っていたのであった。
タクシー後部座席。
「ありがとうございます、ひまり」
「なんの。さて、これからどこへ向かうでござる?」
「イハトヴへ帰ります。途中、アッシュランド州北門の詰め所で魔導通信の緊急ラインを王国議会につなぎ、マトロ長官がわたしの命を狙ったことを報告しなければいけません」
「承知。しかしまさか、王国議会に我々を狙う者がいるとは」
何が起こったのか全く分からないヴィントは、どういうことなのか空に説明を求めた。
「ってことは、あのスーツの偉い人が、そのカリ何とかって悪いやつなの?」
「断定はできません。しかし部下がわたしに銃を向けた時点でその可能性は高いでしょう」
「いやもうそれ黒じゃん!」
そんな空に、忠八は尋ねた。
「でもよくそれがあの食事の席で分かったね。それにひまりくんがタクシーを手配した時点で何かおかしいと思ったけど、あの男から逃げるためだったのか。でもそんな示し合わせ、いつしていたんだい?」
「はい、『パラベラムシステムの用意』とは、すなわち『非常事態発生につき戦闘準備を整えておけ』という我々の間の合言葉なんです。そして、海軍の偉い人が陸軍の非常駐兵に対して重要な話があると居酒屋に誘うと言うこと自体が二重三重にありえないことです。そしてそれを人の多い飲食店で持ち掛け、それなりに人通りがある飲み屋街に連れ込み、わたしに反撃できなくさせると言う用意周到さ。わたしを人目に付かないところで暗殺しようとする意図は見えていると言うことですよ」
「だがどうしてそんなことを。きみの会社を乗っ取ろうとでもしているのかい?」
「いいえ。我々四人は今の地位を頂いていることと引き換えに、引き続きカリオストロ協会の脅威からレアガルドの国民を守ることを、努力義務にとどまりますが課せられているからです。つまり我々はカリオストロにとって排除しなければならない存在であると言うこと。ライノック陛下の守護をいくつも受けている我々を害することのリスクが分かっていない『オロカ者』でなければ、こんなバカげた行動は起こさないでしょう」
「そう言うことか。では今!」
「はい。わたしたちは言うまでもなく、イハトヴが、アレットたちが危険です!」




