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第十七章 タマムシの翼、空へ! ~ま、あんなんでも自分の兄貴ッスからね。~

 キングスレイはビールのグラスを見つめながらつぶやいた。

「例の件。カリオストロ協会のことですね。私も知力ひとつでカリオストロの一団を壊滅させましたが、まさかあれだけで終わっていなかったとはとカリオストロ協会の規模に戦慄を覚えたものです。そしてこれまで我が妹アレットがカリオストロ協会の支部を壊滅する一助となっていたこと、その武功が認められ貴族にまでなっていたことも知りました。カリオストロに対しては恐ろしく、妹に対しては兄として誇らしく思っております」

「そうだな。ドイ……、アレットと呉卿らには感謝してもし尽くせん。現体制の王国議会ではその抵抗もままならず、アレットらの尽力あって今があると思っておる。この場を借りて、貴卿らには改めて礼を申し上げる」

 国王が滅多に頭を下げるものではない。頭を下げるのはここが公式の場ではないからであろう。

 そこに、空が意見する。

「陛下。もし陛下さえよろしければ、我々も名前で呼んではくださいませんか? わたしは呉卿、アレットはアレットでは、何だかこう、変な感じがして」

「それもそうだな。ではそうしよう、空。ひまりもピエリーナも、それでよかろうか」

 ライノックの尋ねに、ふたりも構わないと返す。

 そこに、アレットが尋ねる。

「そうだ、兄貴。陛下から聞いたんだけど、カリオストロが船乗りってのはマジなの?」

「マジだと私は考えてるよ。徹底秘密主義者たるカリオストロ協会が、こうも分かりやすく手がかりを残している。それに、これまで拘束された幹部のコードネーム、順にヴォーバン、

バヤール、ラ・ガリソニエール、アルマ、そして私がとらえたベルキューズ。これらは皆、とある国の『二等装甲艦』のネームシップ。つまり一等装甲艦レベルの幹部がいること、またカリオストロ協会のあるパダーノ共和国所属の艦艇じゃないことから、次のようなことが考えられる。カリオストロ二世の現在の活動拠点が『その国』か、あとはアルマなる者が口にした『副協会長』と言う存在の拠点なのか。これは新しい推理なんだけど、コードネームの名付け親はその副協会長で、フランソワ・バルサモは装甲艦シリーズが致命的な『ヘマ』をすれば副協会長ごと切り捨てる気なんじゃないかな。つまり……」

「そうか。つまり、『フランソワ・バルサモは誰も信じない。副協会長すら捨て駒である』。そして『副協会長の出身地ないし活動拠点は、幹部のコードネームの由来となった艦艇の所属国』ってことだね」

「そ。それが現在最も有力な可能性だね。悪の親玉こそ、余程人を信じる『情に厚いヤマトヤクザの親分』か、誰も信じず力で支配する『冷血極まりなきマフィアのボス』かに分かれる。そしてフランソワは後者。でも問題は、副協会長が本当にかの国の民であるかどうかまでが分からないこと。ただの軍艦好き、ミリタリーオタクってことも考えられるからねえ。とは言え、海と言う環境に近い者だということは分かるかな」

 だがそこに、ライノックが口をはさんだ。

「その副協会長なる人物と吾輩がにらんでいるカリオストロ内通者の間につながりがあるかもしれん。あるいは、同一人物かも知れんな」

「誰ですか?」

「済まないが、その名を口にすることはできない。だがそこまでたどり着いたドイル兄妹だ。ある程度は答えにたどり着いているのではないだろうか。その疑わしき者の名を答えねばならなくなった時点で、我が汚点を露呈してしまうことにもなるしな」

 そんな今にも頭を抱えそうなライノックに、キングスレイとアレットは答えた。

「そんなことはないでしょう、陛下。それだけ敵は狡猾であるということです。それに」

「んッス。国王に代わって国を守るために、自分らはいるんッス」

「感謝する。引き続き、我が国を守ってもらいたい。……まあ重い話はこれでひと区切りつけて、今宵は美酒を楽しもうではないか」

 ライノックは、王城ではまず聞けない夜の歌謡曲に聞き入る。週に一度、このクラヴィアで歌っている旧サンティーエ帝国出身の歌謡歌手『マダム・マリアンヌ』の歌は、仕事に疲れた大人たちの心を酒とともに癒しをもたらす。ライノックも「いい歌だ」と称え、衛兵を遣いに出してマリアンヌにワインと投げ銭でねぎらった。


 同時刻。

 レアガルド王国王城、王国議会議事堂・資料室。

 ランタンの光を頼りに自分宛ての親書を読み終えた保安庁長官レリックは、深くため息をついていた。

「そう、あんたが裏切り者なんだ。……この売国奴(ばいこくど)め」


 数日後。

 リゾート・イハトヴ周囲の森の木々も木材調達のために間伐し、木材の中から飛行器の骨格の材料になるものを忠八が買い取り、アルケモートの大工の協力もあってタマムシ型飛行器の修理は完了。エンジンをかけてリゾートの周囲を一周し、機体が完全に修復されたことが確認され、飛行器の復活を楽しみにしていたイハトヴ利用客や新聞記者たちを驚かせた。更にそのままアルケモートまで飛び、『信号ラッパ』で感謝の意を伝えて回った。

 着地も完璧。飛行器を降りた忠八は、キングスレイに言った。

「僕はここで飛行器の模型に関する契約を済ませなければいけない。きみはこれに乗って先に帰ってくれないか? アルビオンでは我が社の功績を世に発表して飛行器を売り出し、更なる飛行器の発展を目指さなければならないからな」

「任されたよ。でも忠八は社長なのだから、できるだけ早く帰って来てくれ。……皆さんにもお世話になりました。ピエリーナさんには商売の幅を広げていただき、呉空社長にもご迷惑をおかけしたというのにあたたかく我々を迎え入れてくださいました。アレット。きみはこの地で、私はアルビオンで、共にカリオストロ協会の壊滅に尽力しよう」

「ん。兄貴も達者で」

 空たちリゾート・イハトヴの従業員一同、胸に手を当てて一礼する。

 そしてキングスレイは飛行器に乗り込む。

 ヘッドドレスをカバンにしまって、ヘルメットとゴーグルとマフラーを装備。いよいよ出発。ブレーキレバーに手をかけようとした時、アレットは叫んだ。

「……あっ、兄貴!」

「ん? アリー、何か忘れものでも?」

「いや、その、そうじゃないんだ。ただ……、女装と過保護は最悪ッスけど、久しぶりに兄貴の顔が見られてホッとしたよ。アルビオンでも元気で」

「……それは私も。アリーはたったひとりの妹なんだから」

「ん。そんじゃあ行けやい」

「うん。別れに涙なんて要らないからね」

 キングスレイは今度こそブレーキレバーを倒す。

「周囲よし、進路よし! タマムシ型飛行器、テイクオフ!」

 そしてエンジンレバーをゆっくり倒してゆき、プロペラの回転は加速する。三輪の車輪が回り始め、速度がついたところで地面から離れた。

 離陸、そして旋回。飛行器は湖の周囲をぐるりと回り、リゾート・イハトヴ利用客に挨拶するかのようにラッパの音を適当に鳴らし、レアガルド王国の北方、その果てにあるアルビオン諸島連合王国への舵を取る。

 素晴らしいものを見せてもらったと、多くの人々は拍手喝采で飛行器を見送る。空やピエリーナたちもまた、別れを惜しみつつ新たなる取引相手の無事の帰還を祈らずにはいられない。だがそれでもアレットだけは、呆然とした表情で小さくなってゆく飛行器の影を見つめ続けていた。

「アレット?」

 空の問いかけに、アレットはふっと失いかけていた我を取り戻した。

「……いえ。あんな兄でも、やっぱり声を聞けるのはうれしいものだと思っていただけッス」

「そうですか。しかしアレットにとって『あんな兄』だとしても、わたしたちにとってキングスレイ卿は尊敬すべきお方だということは覆しようもない率直な思いです」

「はぇ?」

「前置きしておきますが、記憶喪失に由来する家族の情念に対する無知が故のうらやましさとか、そう言うことではありません。ただキングスレイ卿は、妹であるアレットや会社の仲間である二宮さんなど大切に思う人のこととなると我を忘れるほど心配になり、自らが抱えるコンプレックスに対しても視点や価値観すら変えて克服してあのお姿に至るわけです。その行動力に関しては脱帽どころではありませんが、他者のために身を粉にできる、それだけ情にお厚いお方なのだということは分かります」

「まあ、兄貴はそんな奴ッスっからね」

「ふふっ。……まあ確かにあれだけ過保護で行動力溢れる方が身内であれば、少し『ありがた迷惑』に感じるのも分かる気がします」

「でしょ~?」

「ええ。ですが愛してもらえないよりはずっといいじゃないですか。我々としては、せっかくできたこのご縁を大切にしていかなければ」

「そッスね。あんな兄貴でよければ、いくらでも使ってやってほしいッス」

「それと、女装くらい認めて差し上げたらどうですか? キングスレイ卿にとっては過去のコンプレックスを乗り越える手段でもおありのようですし、わたしからすると悔しさを覚えるほどお美しかったもので」

「……後者は(そりゃー)分からあ」

 そして空たちは、見えなくなるまで飛行器を見送り続けた。


「しっかし、食欲の権化たる空にまで嫉妬されるたぁな~……」


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