第十七章 タマムシの翼、空へ! ~兄貴マジで来るな!~
「機体があれでは帰るに帰れません。機体は解体してアルビオンに送り、私も列車と船で帰る予定です。とは言えご迷惑をおかけしましたし、何かお詫びのひとつでもできればよいのですが」
「と申しておるが、領主陣はどうお考えだ?」
空たち四人はうなるが、しばし考えてピエリーナが意見した。
「それなら、お願いがあるのです。飛行器の模型を、このレアガルド王国でも販売する許可を頂きたいのです。まずは小規模なところで、私の出身地であるアルケモートと、このリゾート・イハトヴの物販コーナーで販売して、利益の何割かは二宮航空力学研究所さんに還元するのです。ご了承いただけるなら、割合の交渉はのちほどなのです」
「なるほど、それは面白い。よければ弊社の社名もパッケージあるいは機体に記してもらえないだろうか。弊社の宣伝にもなる」
「かしこまったのです!」
「あぁ、あとそれと、飛行機械技術はアルビオンで特許を取得している。この国でも特許を取得し、飛行技術開発は模型であっても弊社の許可を得てからとし、戦争利用は絶対にしないという約束を取り次いでから各製造事業者には約束させてほしい」
「それはもちろんなのです!」
こうして、忠八のしばらくの滞在が決まった。
次に忠八は、アレットに「会社に現況を報告したい」と信書の封筒と便箋をねだった。
「いいッスよ。そりゃこんなことになれば社員さんも奥さんも心配するッス。いくらでも書くといいッスよ」
「感謝する。いやあ、苦労して作り上げた機体を壊してしまったんだ。キングスレイもカンカンに怒るだろうなぁ」
その最後のフレーズを聞き、アレットは「ん!?」とうなった。
「……社長さん。今、キングスレイって言ったッスか?」
「ん、ああ、言ったな」
その途端、アレットは酷く青ざめた。
「まさかとは思うッスが、社長さんの会社設立に協力してくれた『好青年?』って、キングスレイ・ドイルって言う人物ッスか?」
「そうだが、彼を知っているのか? ……いや、きみ、どことなくあいつに」
「今すぐ帰れ!」
途端に声を張り上げたアレット。一体どうしたというのか。
誰もがぎょっとする中、アレットは更に叫ぶ。
「兄貴には無駄に行動力があるッス! 社長さんの身に何かあったと知れば、チーター顔負けの速度で絶対に社長さんの無事を確かめに来るッス! 機体の分解と輸送は自分らに任せて、社長さんはさっさと会社に!」
「きみはキングスレイの妹さんだね!? いったい彼がきみに何をしたって言うんだ?」
「もし兄貴がここに来たら、それだけでもう大事件ッス! ドイル家の唯一にして最強最悪の『汚点』を仲間たちに見られないうちに、早く帰れッス!」
そんなアレットの首筋に、ひまりは手刀を叩きつけて気絶させて黙らせた。
「……と、アレットは申してござるが、ドイル家の汚点と言わしめるほどキングスレイ殿は面倒な御仁なのでござろうか?」
「いや、人当たりもいいし曲がったことは嫌うし新技術の探求のためならとことん行動するし、何ならうまい投資話を持ち掛けられても詐欺と見抜いて、そこから芋づる式に『ベルキューズ』と名乗る男率いるカリオストロ協会とかいう詐欺集団を壊滅させたりしていたな」
最後の部分に、ライノックは反応した。
――よもや、ここで『あちらのドイル卿』とカリオストロの名を聞くとは思わなかった。二宮卿の書く手紙に、吾輩からの感謝状も同封すべきところかな。
「なかなかの人格者のようでござるが、そのどこがドイル家の汚点なのでござる?」
「あー……、『男の娘』って言ったら、分かるかな?」
翌週。
ヴィントは領主邸のドアを開けるなり、仕事中の空に報告した。
「師匠。例の人が来たよ。確かにすっごい美人のお姉さん」
「ありがとうございます。ひまり、ピエリーナ、それから引きこもっているアレットも呼んできてください。……いらっしゃいませ、ようこそ拙邸へ。あなたが『騎士キングスレイ・ドイル』でいらっしゃいますね?」
ヴィントに案内されてやってきたのは、赤いドレスに赤いエナメルハイヒールに赤いヘッドドレスと言う姿に、やはり赤い日傘をさす、顔立ちの整った美しい女性。……に見える、男性らしいのだが。
「ええ。初めまして、フォーマメント州領主がお一方、呉空男爵」
声も女性らしく、高く澄んでいる。とても男性とは思えない。
「どうぞ、こちらにおかけください。二宮忠八さんと妹のアレットから話は聞いていますが、それにしてもお美しいですね。そしてお召し物もよくお似合いでいらっしゃいます。……胸も」
「フフッ。ドレスの形状を保つための、ただの詰め物ですけど」
ひまりとピエリーナもやってきて挨拶をかわし、ヴィントは紅茶を差し出す。アレットは相変わらず引きこもっているようだが。
「ホント美人さんなのです。それは外行き用のドレスなのです? 普段着なのです?」
「社交場に出ることが多いので、もはやドレスが正装であり普段着ですね。あ、ちなみに恋愛対象は女性で、自分の性自認も男という認識はあります。ただ、昔から『ひ弱』で細くて同級生にからかわれてばかりで男らしくないのを父にもうるさく言われていて自分が心底嫌いだったんですけど、いつも悪ふざけで盛り上がっていた悪友に試しに女装してみろよと言われてから目覚めて、それ以降は『自分に似合う格好をすればいいじゃないか』と思うようになったんです。社交場では男物を着ることがありますけど、どうもどう見ても男装した女性にしか見えないんですよね。あははは」
「はぁ……。つまり、ド天然男の娘なのです」
すると、アレットは自室のドアを乱暴に蹴り開けて叫んだ。
「それだけじゃねーだろクソ兄貴! 『あたし』のことが心配で心配でいつも過保護で、友達付き合いも管理しようとしたり、ママの手伝いをしようとしたら料理は切り傷や火傷するから危ないって包丁もフライパンも持たせてくれなかったり、転んで膝をすりむいてケガをしたら土木工事の資格取って将来建築業に就いて安全な道路を造るんだって張り切って、あたしが学校の男子とケンカしようものなら率先して殴りにいってそのくせ反撃食らって泣いて帰ってきて! あたしが探偵を志すって言った時も殺人事件だって普通にあるんだからって大反対して、レアガルドに渡るって言った時もそりゃあそりゃあ泣いてわめいて大反対して! こっちはいい迷惑なんだよ! 兄として責任感抱いてしっかりしようとする気持ちは分からんでもねーが、ちったぁ妹の自主性や自立心も尊重しやがれ!」
アレットは、家族の前では「あたし」になるようだ。また「~ッス」と言う語尾もなくなるようだ。
「まあ、それは私も自覚してるよ。でも心配なものは心配だし今でも『アリー』が心配だし、しかもアリーってばいつの間にか貴族になってしまったじゃないか。変な人に騙されないか命を狙われてないかやっぱり心配で、夜になるとついつい深酒になって翌朝頭痛にさいなまれて忠八にしっかりしろって言われたりして、気苦労が絶えないんだ。もはや病気レベルだよ、あはは~!」
アレットの呼び名は「アリー」のようだ。
「ああ、『病気レベル』じゃなくて『立派な病気』だなぁ! だから会わせたくなかったんだよ、空たちには!」
そしてまた引きこもってしまった。
そこに、ノックののちに領主邸のドアを開いて忠八が帰ってきた。
「空くん、ただいま帰ったよ。おぉ、やっぱり来てくれたか、キングスレイ」
「やっぱり来てくれたか、じゃないさ、忠八。本当にどれだけ心配したか。いてもたってもいられず気が付けばイハトヴに到着していたことに気付いたレベルだよ。ケガはしてないかい? 頭は打っていないかい? これからも飛行器開発できそうかい?」
……過保護だ。
「お前は本当にそればかりだなあ。僕なら大丈夫だ」
だが忠八の言葉だけでは安心できないのか、キングスレイは忠八の足の先から頭のてっぺんまでをまじまじと見て、ひとつ頷いてやっと無事を確認した。
「うん、確かに大丈夫みたいだね。でもズボンがほつれてる。帰ったら新しいものを調達しようか」
「そんなものどうでもいいだろ。僕が助かったことの礼を言ったのか?」
「そうだった。いやいや、親友を助けてくださった礼も言わずに大変失礼を。この度はうちの社長、二宮忠八をお助けいただきまして、誠にありがとうございました。感激のあまり、まさに感謝の言葉もございません」
うんうんと空たちはうなずいた。




