第十七章 タマムシの翼、空へ! ~見事に無様に墜落したッスが。~
時さかのぼり、五日前。
『株式会社リゾート・イハトヴ』。
空は社長業をこなしながらも可能な限りイハトヴの利用客を自らもてなし、まとまった時間でヴィントとフォレストに八極拳を教える。もともと壁を殴ってまで自分を鍛えようとしていたフォレストの拳以外の筋肉は鍛えられており、拳打以外の技はヴィントと同じように修行を受けた(拳に関しては、まず治療より始めよ、と言うことになった)。
修行初日は、フォレストの父でもある国王ライノックが日程を調整してイハトヴまで憩いに来てり、息子の修業の様子を見守る。当然護衛も多い。
「『八極小架』、開始!」
空の指示の下、ヴィントとフォレストは套路をこなす。その際、それぞれの技がどのような場面でどのように対応するための技なのかをしっかりとレクチャーすれば、フォレストが城に帰ってひとりで套路をこなすにも身が入るというものだ。
「次、自分から技の伝授ッス! バーティツから『目くらまし』!」
紳士淑女の武術バーティツには、ハンカチや帽子などの服飾品を目くらましや牽制などに使い、相手がひるんだところで拳打や蹴りなどの徒手空拳、ステッキや傘などの道具を用いた兵器術などを繰り出す。一撃が軽い場合は、完膚なきまでに滅多打ちするものだ。
「拙者からは『合気柔術』から『小手』を伝授いたそう。なに、覚えずとも体に通すだけで今後の武術の体得の仕方も違うでござろう」
八極拳は力いっぱい(とは言え筋力任せというわけではない)一撃を与えるため、柔の力よりも剛の力の運用の方に注意が行きやすい。ひまりは合気柔術の『透明な力』を伝授することで、決して剛の力に頼らずとも敵を崩すことができるということ教えたいようだ。
「私からは『ガン=カタ』のフットワークなのです! それは立ち位置によって敵と自分との攻撃ラインの距離感を支配することにあり、『敵からは遠く自分からは近く』のポジションを得ることによって戦闘を有利に運ぶことができるのです!」
ピエリーナが主に教えたのはフットワーク。確かに八極拳においてもフットワークは重要であり、『外門頂肘(相手の側面に出て脇腹にエルボーを叩きこむ技)』は特にフットワークが肝心な技に数えられるだろう。空もこれには驚き、バレエとガン=カタのフットワークを織り交ぜることで外門頂肘の発動からの命中までの速度が加速したことに驚きを禁じ得なかった。
空、アレット、ひまり、ピエリーナからの武術の伝授は、ヴィントとフォレストにとって『ごちそう攻め』であった。ふたりは貪欲に強さを求め、八極拳を主に戦術のエッセンスを吸収し続けた。
だがその日、事件は起こった。
「おい、何だあれ!?」とリゾート利用客のひとりが空を見上げて指をさし、かと思ったらこのリゾートの象徴である湖に木製の骨組みの何かが墜落してしまった。これには、リゾート利用客はもちろん、従業員、空たち経営陣/領主陣、大使であるアシュレイ、誰もが口をあんぐりと開けて固まった。
「……敵襲、では、なさそうですね」
誰もが唖然となる中、アレットは冷静に指示を飛ばした。
「イハトヴ全従業員集合! 戦闘要員は警戒態勢、非戦闘員はけが人の有無の確認と未確認物体搭乗者の救助準備! かかるッス!」
ライノックも指示を飛ばす。
「近衛兵は周辺警戒! 陣を組め!」
その後の動きで、イハトヴ利用客にけが人の無き事、未確認物体からはひとりの男が発見・救助され、命に別条なきことが確認された。
領主邸。
多少の打撲で済んだその男は、ホールでピエリーナの治療を受けたのち自己紹介した。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。僕は大倭皇国出身、元・『陸軍亀ヶ池分隊軍医』、アルビオン諸島連合王国セイントクリフ所在の株式会社二宮航空力学研究所の社長、『二宮忠八』と申します。よろしくお願い申し上げます」
二宮忠八。
顔立ちなどの大まかな特徴は確かにヤマト出身のひまりに似ている。現在は来客用のバスローブに身を包んでいるが、本来ならば現在クリーニングに出している立派なスーツに身を包んでいる紳士であった。
そんな彼に、アレットは尋ねる。
「ところで、二宮氏が乗っていたあの木の骨組みと翼の塊は何なんッスか? もしかして空飛ぶ鳥の模型だったりするッスか?」
その途端、それまで紳士らしく振舞っていた忠八は途端に声を張り上げて身を乗り出してアレットに言った。
「そうなんだよ! これは僕の子供のころからの夢でね、あれはタマムシ型飛行器と言うんだ! 理論はこう。船で言うスクリューで空気を後方に掻き出す反動で前進し、翼が風をつかむことで上昇気し、上下左右に舵を切ることで方向転換と上昇下降と安全な離着陸を可能とするんだ。一度は思い描いたことがあるだろう、自由な鳥のように空を飛んでみたいと! それを実現するための機械こそが、あれなんだ!」
「おっ、おぅ……。それはすごいッスね。でも見事に無様に墜落したッスが」
「ああ、それについては反省している。何せ鳥との正面衝突なんて予想していなかった。だがそれも想定するべきだった。地上でも普通に交通事故なんて起こるわけだしね。はっはっは!」
現在、ライノックの近衛兵たちが飛行器なるものをロープで引き揚げている。木製の骨格は着水時の衝撃で多少損傷しており、翼は野鳥と衝突したことを示す傷が刻まれていた。翼の材質も紙のようなものだ。
ライノックは忠八に尋ねた。
「ところで今しがた、アルビオン王国で会社を経営していると申したな。よもや、飛行器なる物を製造販売している会社なのか?」
「それは今後展開する予定です。現在、弊社は子ども向けの工作から大人向けの緻密な模型を販売しておりまして、そのどれもがヤマトカイト(凧)や飛行器など空を飛ぶ模型なのです。また人が乗れるほどの飛行器が完成したら、今私がそうしているように旅をすることができたり、物資の運搬や輸送に大きな革新を起こすことができたり、あとはあまり言いたくはないのですが、軍事利用することで制空権を掌握することができます」
「それはまたすごい!」
「もちろん、サンティーエのゴーレム暴走事故のことも鑑み、弊社は飛行理論を軍事利用しようとは考えていません。しかし、以前の私ならしていました。陸軍の軍医であったこともあり、兵士をすぐに治療しに行くことも、負傷した兵士を連れ帰ることもできる、画期的な『空飛ぶ船』を開発するために、陸軍よ、何卒協力していただきたいと。しかし陸軍は横に首を振るばかり。そこで私は新しい医学を学びに行くという名目で『アルケミックエンジン』を求めてアルビオンまで赴き、新技術を研究しているという好青年……、と言っていいのでしょうか。その人の協力を得て二宮航空力学研究所を起業したのです。今はもう軍を退役し、会社の稼ぎを妻に送っております」
「そのような経緯が。しかしよくもまあ、あのような機械が空を飛ぶものだ。御社の飛行器開発がうまくいけば、我が国も導入したい。これからも研究開発に尽力したまえ」
「一国の主にお認め頂けたこと、生涯の誇りといたします」
「うむ。あ、今はひとり旅の途中だったな?」
「そうでしたが、機体があれでは帰るに帰れません。機体は解体してアルビオンに送り、私も列車と船で帰る予定です。とは言えご迷惑をおかけしましたし、何かお詫びのひとつでもできればよいのですが」
「と申しておるが、領主陣はどうお考えだ?」




