第十七章 タマムシの翼、空へ! ~そんな、あんなに大きな機械が空を飛ぶなんて信じられません!~
レアガルド王国王城、領主執務室。
ライノックは、王国議会での議事録を読み返していた。
「カリオストロ対策が進まん」
メイドのリューンが淹れた紅茶を飲みながら深くため息をつく。
「陛下。それほどまでにパダーノ共和国の悪徳商の壊滅は急がなければならないのですか?」
「ああ、国家の命題と言っても過言ではない。パダーノの内情は知らんが、我が国、サンティーエ共和国、シュトラルラント王国にはすでに奴らの手が伸びており、各国で対応を急いでいる。まあ借金で首が回らんサンティーエを相手にしたところでどこまで金をむしり取れるかなど分からんが、シュトラルラント王国の議会まで、我が国の諮問探偵アレット・ドイルや、アルビオンにいる彼女の家族、果ては『大泥棒エミール・ルピナス』や『義賊弓構前五右衛門』にまで知恵を借りようとしている。あとの二名に対しては、それぞれの国でお尋ね者とされて逃げ回るよりは、シュトラルラントのために尽くせとな」
「『司法取引』ですか。それも悪くない手かと。しかしカリオストロ協会が害悪だと分かっていながら壊滅できないのは、何か理由があるのでしょうか?」
「ああ。ひとつ:国境が邪魔をしてパダーノ共和国に居を置く組織の『行政強制』が不可能であること。ふたつ:悪事はその事業者が知らぬ存ぜぬを通し悪事の証拠を押収できなければ罪として立証できないこと。しかも、我々『カリオストロ抵抗臨時議会』の文面を何度送ろうと、パダーノ共和国議会からの返事は『我々はカリオストロ協会など知らぬ』の一点張り。王国議会はすでにカリオストロ協会に侵食されていると見て、まず間違いなかろう」
「であれば、壊滅させる手段は戦争ですか?」
「急くな。『戦争とは、国民を巻き込んだ国同士の大喧嘩』だ。そう簡単に起こせるものではない。現時点で確かな悪事の証拠が出ないカリオストロをかくまうパダーノ共和国にケンカを売って、逆にこちらが賠償請求させられることは目に見えている。ゆえに戦争を起こそうと意を決するならば、王国議会そのものを一度に壊滅できる『神の一撃』を欲するところだな」
「……私が愚かでした。申し訳ございません」
「貴殿の家は武功で爵位を得た。武を以って世を糺そうとする考えは間違いではない。だが、力を振るうからにはこちらもそれ相応の痛みを負う覚悟が必要だ。ましてや戦争ともなれば、国民にも我々の咎を背負ってもらう覚悟がな」
そしてライノックは次の一枚をめくる。
「だが手をこまねいてばかりではないぞ。斥候部隊がひとついい情報をつかんできた。アレット・ドイルの兄にして『株式会社二宮航空力学研究所』代表取締役副社長『キングスレイ・ドイル卿』の協力を得て、『カリオストロ協会は船乗りではないか』と申しておるのだ。と言うのも、これまで拘束したカリオストロの幹部たちは皆、ある国の海軍の艦艇の名を冠していることに注目したのだ」
「艦艇の名、ですか?」
「そうだ。フランソワ・バルサモことカリオストロ二世、もしくは幹部のコードネームの名付け親は、間違いなく船乗り、あるいは余程の『海軍オタク』である可能性が高い。犯罪の証拠を一切残さない、関与が露見すれば容赦なく切り捨てる、そんな組織が名付けに凝っているということは、そこに余程のこだわりがあるに違いないのだ。あるいは我々にそこに気付かせ、捕まえられるものなら捕まえてみろというメッセージとも取れる。……と言うのが、キングスレイ・ドイル卿の推理だ」
「ちょーい! 陛下、せっかくカッコよく決めたのですから最後の最後くらい陛下の推理としてまとめてくださいよ!」
「吾輩のすることは推理ではないのでな。謎解きはその分野のプロフェッショナルに任せるもの。それが国王としての資質だ」
「そうかもですが~」
「ああそれと」
ライノックは新たに議事録をめくった。
「悲しいことだ。我が王国議会にひとり、貴族に三家、カリオストロとつながっている者がいる。リストを作る。これをすぐに保安庁長官シヴァ・レリックに届けよ」
「かしこまりました。って、わたしメイドなんですけど!?」
「この後、ヒマだろ?」
「確かに陛下にお茶をお出しして今日は上がりですけど! ですけどぉ!」
……城は、広いのだ。
「手当は出す。そうだな。五千ガルでどうだ?」
「それだけ示されれば動きますよ! お使いには過ぎた額です! 城下町で美味しいスイーツ食べよーっと!」
エイゼル大陸西方。
レアガルド王国領より北東。
『アルビオン島』及び周辺諸島からなる島国、『アルビオン諸島連合王国』。
同・港町『セイントクリフ町』、『セイントクリフ港・ハーモニカ倉庫22番地』。
まさにシュトラルラント王国発祥の楽器ハーモニカのように、細長い空間を持つ倉庫が連続している。もっとも一棟一棟が独立しており、メンテナンス性も高い。
その『1B 株式会社二宮航空力学研究所』工場兼倉庫兼社屋の前には、大きな人だかりができていた。
それもそのはず、この日はおそらく『人類初の偉業が達成されるかもしれない』のだから。
倉庫の奥からとてつもないエンジン音が響いてくる。どうやらこれは蒸気駆動エンジンではない。そしてそのエンジンを搭載した乗り物が、三輪のタイヤに支えられてゆっくりと姿を現した。
「おおっ! あれが噂の!」
「これが空を飛べば、人間だって空を飛ぶことができるって証明できるんだな!」
それは、『翼を持つ自動三輪車』。
骨組みだけの台座『操縦席』に『上部主翼』と『下部副翼(昇降舵)』を、前方に突き出した骨組み(船舶で言う『バウスプリット』)から操縦席の足元にかけてのワイヤーに『垂直翼(方向舵)』が設けられ、操縦席後部には『バイオ・アークルコンバーター』及び『アルケミック・ブーストエンジン』、主翼から後方に延びるトラス骨格の先(機体後部)にある巨大なプロペラが搭載されている。なお、プロペラを動かすためのシャフトは、それとアークルブーストエンジンのモーター軸とをつなぐチェーンを介して動く仕組みである。
名付けて。
「それでは諸君! 『タマムシ型飛行器』が空を飛ぶ瞬間を得と目に焼き付けてくれ! それとプロペラに巻き込まれたり、この機体を浮かすだけの風に吹っ飛ばされたりしないように、距離を開けてくれ!」
飛行器のパイロットの言葉に従い、人々はスケッチブックを手に道を開けた。スケッチは許されても、この場にカメラを持ち込み撮影することは会社が禁じている。
そしてパイロットは、操縦席右脇にあるレバーを大きく前に倒す。エンジン内で起こる特殊燃料による燃焼反応は大きくなり、プロペラを一層強く回す。プロペラは後方に強い風を巻き起こし、人々はもはや立っていられない。
「後輪ブレーキ解除! タマムシ型飛行器、テイクオフ!」
後方車輪のブレーキパットがブレーキディスクから外れ、プロペラが生み出す風は一気に機体を前に押し出した。パイロットがペダルで副翼を操作すると瞬く間にタマムシ型飛行器は空に向かって上昇し、ついに空気より遥かに重い機械が、やはり自力で飛べるはずもない人間に空を飛ばせたのである。
この瞬間、人々は大いに沸いた。
湧いたなどと言うものではない、大声を上げて狂喜した。
そんな様子をできるだけ平静を装い見守る、深紅のドレスの人物がいた。
「……素晴らしいよ、二宮くん。やはりきみのパトロンとなり、きみの名で起業して正解だった。ヤマトのカイトに飛行器の模型などのおもちゃから始まり、複雑な形状で重量のある『炭酸エンジン』式の模型まで飛ばし、国から研究資金を得、ついにここまで来た。きみの夢が現実になる。きみは空を飛んで世界を旅するという夢を叶えることができ、私はこれを船旅や物流などの新技術として売り込むことができる。安心してくれ。『サンティーエの二の轍は踏まない』と約束するから」
だが、一週間後。
セイントクリフ・ハーモニカ倉庫22-1B、株式会社二宮航空力学研究所。
「はあああああああああ!?」
ドレスの人物は、素っ頓狂な声を上げて叫んだ。
「あの冒険バカ、どこまで行ってしまったって言うのさぁ……!?」
二宮航空力学研究所に届いた手紙には、こう書かれていた。
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親愛なるキングスレイ・ドイル卿
やっ、僕だ!
僕は今、海の向こうにあるレアガルド王国、リゾート・イハトヴと言うところにいる。機体の翼を損傷し、墜落してしまって旅が頓挫してしまったよ。
とは言え僕は無事だし、飛行器はひどく損壊してしまったが解体・輸送すれば帰って帰れないこともない。
翼が損傷しても無事に着陸(?)できた証拠の写真を同封するので、とりあえず僕たちの研究開発の成果は間違いなく人類を空にいざなう手段として確立したと発表してくれ。それでは、そのうち帰る。風邪だけは引くなよ!
Chuhachi Ninomiya
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そしてキングスレイは叫んだ。
「バカなのかい!? きみがいないとこの会社は成り立たないことくらい知っているだろう!? ヤマトに残してきた妻のことも考えたまえ! メイドちゃん、私の旅支度、それから修理用の工具と最低限の材料を整えてくれ! 今すぐ彼を連れ戻しに行く!」




