第十六章 波乱(?)の誕生会 ~王子にデカいツラできるってことじゃないッスか。~
「呉空男爵、折り入ってお願いがあります。僕にも、どうか八極拳なる武術をご教授くださいませんか?」
「それはまた、どうしてですか?」
「僕も強くなりたいのです。将来は父を継いで国王となるべく、そして……、お恥ずかしい話を同時に暴露するのですが、学校でのいじめにも屈さぬために!」
学校、という言葉を聞き、ヴィントは一瞬息を乱した。
空はそれに気付くも、構わずフォレストの話の続きを聞く。
「王族も一応、学を修めるべく学校に通ってはいるのです。ですが同級生から『モヤシ王子』『本の虫』『戦えない次期国王』と揶揄される日々。だから強くなろうと思ったのですが、騎士団の方々に弟子入りしようにも『殿下は我々がお守りいたします、あなたは智と戦略を身につければよいでしょう』と取り合ってくれず。いたずらに壁を殴れば壁が傷んで僕の手の骨が折れるだけ。このままでは強くなどなれません。同級生から揶揄されたまま父の跡を継いだところで、付いてくる者はいないでしょう」
その言葉の端々に、フォレストの悔しさがにじんでいる。父ライノックもまた「何とかしてやりたいのだが」とため息をつくばかり。
事情を知った空は、しばしうつむいて思案し、そして答えた。
「条件付きで、了承します」
「あ……! ありがとうございます、呉卿!」
フォレストは感激のあまり舞い上がって喜ぶが、ライノックは息子のように喜べない。
「条件とは?」
「前もって言っておきますが、わたしは八極拳をわたしとその近親者のみが知る秘伝中の秘伝の武術にしたいわけではありません。しかし八極拳に限らず戦う力と言うものは、運用次第で守るべきものを守るための防衛手段にも、罪なき者を容赦なく傷つける蹂躙手段にもなりえます。だからこそ、武術を学ぶ者には守ってもらいたい制約があります。恐れながら、陛下も何卒ご遵守を」
「よかろう、申せ」
「はい。八極拳に限らずこれから殿下が学ぶ武術を、『みだりに人に教えず、みだりに力を振るわず』、このふたつです。それはわたし自身にも言え、教えるからには殿下がもし愚王になることがあれば、わたしは殿下を殺してその亡骸の前でわたしも自らの心臓を撃ちます」
「そ……!」
フォレストの漏らした息に続くのは、「そんなことにはならない!」だったのか「そこまでするのか?」だったのか。いずれにしろ、八極拳を王族に教えるからには空もまた命を懸けているということ。フォレストは、それに応じねばならない。
「約束します、呉卿!」
「ありがとうございます。そしてここからが一番大事なのですが、あなたの心に『五つの柱』を立てていただきます。それは『五常の徳』という人間としての気品を現し、それは『仁義礼智信』の五文字で表すことができます。
仁:人を思いやり慈しむこと。義:己の心に正しくあること。礼:他者への礼儀を忘れないこと。智:物事を正しく判断すること。信:人を信じ、人から信じられる人間になること。この柱を、あなたの信念として心に深く強く刻んでください」
「分かりました」
すると、ヴィントが横から口をはさんだ。
「え~? 師匠、私には今までそんなこと教えてくれなかっただろ! どうしてモヤシ王子にはそう言うの先に教えるんだよ!」
「まず口を慎んでください、ヴィント。そして考えてください。ヴィントはわたし付きのメイドであり、いつでもあなたを指導することができます。しかし八極拳を教えるにしても毎日フォレスト殿下のところまで足を運ぶことは不可能です。そして殿下はやがて国を率いてゆかねばならないお立場。そのような方を教え導くからには、こちらもそれ相応の覚悟を決めねばならないのです」
「そ、そりゃー……」
そして空は、フォレストに向き直った。
「殿下は学生でいらっしゃいますね。それでは、毎週あるいは隔週の日曜日にリゾート・イハトヴにお越しいただきたく思いますが」
「はい、それでお願いします。ご指導のほどよろしくお願いします、呉卿……、いえ、師匠!」
フォレストは、右手を胸に当てる形で敬礼とした。
そしてライノックも言う。
「我が息子を頼んだぞ、呉卿」
「はい。この呉空、身命を賭して八極拳伝授に務めてまいります」
その後は王族近親者及び王国議会各庁長官らや貴族の中でも親しい者(その中にはアルスパーティーもいた)を集めての小規模の晩餐会を開き、その中で空たち四人は得意とする武術を披露した。
特に『ユリウス・クラウス侯爵』が雇う元Sランク冒険者であった護衛の『バーボン』との『推手(互いの右手の甲を合わせた状態からの試合)』で互いが膠着状態になるという、空の実力の高さを改めて知らしめることもできたのは空たち四人にとって利益であった。ピエリーナがバレエの経験があることとカポエラとガン=カタを習得していたことでミニショーを開くことができ、これもまた貴族たちに高評された。
空たちはアルスたちと同じヤマト風旅館『せんだい』の大きな部屋『松の間・1-1&1-2』を取り、温泉で汗を流して王宮料理にも負けないご馳走に舌鼓を打つ。アルスは空のミニジョッキからエールがなくなるたびにお酌しようとし、仲間から生暖かい目で見られる。
すると、空はヴィントがずっと黙っていることに気付いた。
「どうしましたか、ヴィント? 食事が口に合わないんですか?」
「そうじゃない。気に入らないだけ。師匠が私以外のやつに八極拳を教えるのが」
「あぁ、そう言うことでしたか」
空はどこまで察しているのかは分からないが、アレットたちには分かった。
つまり、嫉妬だ。
親愛なる師匠が自分だけのものになってくれることはもうない。親と同じだけ、あるいは親以上に自分も見てほしいのにもう甘えられない。空からの愛をひとり占めできない。それが悔しいのだろう。
どう返せばいいのか分からない空。ならばとアレットが提案する。
「こう思えばいいんっスよ。自分が先に空に師事していた、つまり先輩に当るんッス。そこに一国の王子が後輩になるってことは、その王子にデカい面できるってことじゃないッスか」
「そっか……。私、あのモヤシ王子の先輩なんだ……。じゃあどうしようかな、コキ使ってやろうかな」
一瞬悪い顔をするヴィントだが、空は「ほどほどに」と返すのが精いっぱいだった。
「でも……」
「師匠?」
「こうしてわたしを慕ってもらえるのも、こうして輪が広がっていくのも嬉しいことです。わたしは大切に思ってもらえている、そう実感できるのです。だからわたしにできることは、その思いに報いること、ご恩返しと考えます。だからヴィント。あなたはこれからも、わたしにとって大切な人のひとりです。それだけは見失わないでくださいね。かつてわたしがそうしてしまったように」
空は家族の愛を知らない。それゆえ、家族の愛を他人から見せつけられた時に酷い孤独を感じてしまったことがある。そこから救い出してくれたのがピエリーナであり、旅の仲間であった。
今度は、自分がそうする番。孤独を感じ始めた子に自分たちの存在を思い出させてもらうことで、空はピエリーナたちへの恩を返した。そして。
「今度はあなたが人を愛する番です、ヴィント」
「……うん。ごめん、師匠」
うつむいて謝るヴィントを、空は抱き寄せて頭を撫でた。
「今日はゆっくり休みましょう。明日帰ったらまた、リゾート経営をがんばってゆきましょう。そのためには、ヴィントの力添えが必要ですからね」
「うん。ありがとう、師匠」
そして九人は食事と晩酌を楽しみ、酒の酔いが回ったところで仲居が敷いた布団にくるまる。もう仲間たちは寝ただろうか。空は自分の布団に潜り込んできたヴィントを優しく抱きしめながら、小さく「おやすみなさい」と言って眠りについた。




