第十五章 再び旅へ ~てめーなんぞ頼まれても殴ってなんてやるかよ。バーカ!~
翌朝。
旅支度を整えた空たち四人とヴィントが、陸軍の小型護送車を出迎えた。朝っぱらから何事だと、ほかのリゾート利用客は見に来るのだが。
護送車の後部ドアが開き、冒険者らしき革の鎧の男に手を添えられて女性と少年が下りてきた。母アオローラと弟ブリッツである。どちらも顔や腕に酷いあざを負っているようだが、手足や五感に不自由はなさそうだ。
「ママ! ブリッツ! 久しぶり!」
「姉ちゃん!」
「ヴィント! ああ、無事だったのね……!」
互いに駆け寄り、そして強く抱き合って涙を流す。再会を喜び合う親子の様子に、空たちやリゾート利用客はうんうんとうなずいて静かに見守る。
「姉ちゃん! オレ信じてたよ! またいつか絶対に姉ちゃんに会えるって!」
「私もだよ、ブリッツ。よく頑張ったね。よく耐えたね」
「ヴィント。よく元気そうで。こちらの領主様たちのお世話になっていたの?」
「うん。仕事もお給料もくれるし、強くなるために鍛えてもらったんだ。もう家族に手を上げるようなやつは、私が許さないから!」
そしてその最たる者。
最後に護送車から降りてきたのは、後ろ手に縄で縛られた小太りの男ツェーザル。彼はどこまでも不愉快そうな顔で、ヴィントや空たちをにらみつける。
「何だよ何だよ揃いも揃って。俺が何したってんだ。少なくともその女にゃ迷惑のひとつもかけてねえだろうが!」
「わたしのことですか? ええ、あなたとは初対面ですね。しかしあなたは愛すべき家族に手を上げた挙句、酒と賭博にかける金を家族からむしり取ったのみならず強奪までして工面した。これは明確な犯罪であり、あなたは罰せられなければなりません。わたしにとり、それだけが事実です」
「けっ! 何をしようが俺の勝手だろうが、俺の人生なんだからよ!」
そう言い放つツェーザルに空は返すのだが、その表情その口調は、隠す気もない軽蔑の念を放っていた。
「ええ、あなたの好きに生きたらいい。しかしそれはあなた個人の枠で収まればの話。家族や他人を害してまで働いて構わない勝手は存在しません。それさえしなければ、それこそどうぞご勝手に。わたしから言いたいことは以上です。ヴィント。何かないですか?」
するとヴィントは、袖で涙を拭ってツェーザルに言い放った。
「叔父さんのおかげで私たち家族は痛くて苦しい思いをしたんだ。ママだってそう、私だって出稼ぎに行って騙されて人買いに売られかけて師匠に助けてもらうまでは惨めな思いばかりしてきた。でもこうして文句言ってやる。お前なんて、ブタにも劣るド畜生だ! 一生牢屋から出て来るな、社会のゴミが!」
「んだと、てめえ。それが家族に、実の叔父に言っていい言葉か、反省しろ!」
「……反省? 私が? なんで?」
すると、ヴィントはわずかに両足を折って左脇で両腕をろくろ回しした。
「ヴィント、それは!」
空が止めに入ろうとするが、もう遅い。
「師匠。約束を破ってごめん」
ヴィントは強く地を蹴り、ツェーザルに向かって突進し右拳を繰り出した。
「ひっ!」
その拳は自分に向かう。両手を縄で縛られ跪いた状態ではよけることもできない。
だが。
「師匠直伝、『箭疾歩』からの『冲捶』。てめーなんぞ頼まれても殴ってなんてやるかよ。バーカ」
その拳は、ツェーザルの鼻っ柱の前でピタリと止まっていた。
「今の私だったら、この拳を届かせることもそのクソ気に入らない顔を腫れあがるまで殴り続けることも骨の十本二十本くらい折ることもお前が命乞いするまで痛めつけてやることだってできるんだ。前の私だったらマジでそうしてた。お前の苦しむ顔が見たい。お前が泣き叫んで謝るところが見たい。そうじゃないと私の気が晴れやしない。今もそう思う。でも殴ってやるかよ。師匠の前でこの拳を汚してまでお前と同列のクソ野郎になんてなってやるか。この手は大事な人を守るための拳だ。お前なんて死ぬまでブタ箱で暮らしてろ!」
「て……、てめ……」
そしてヴィントは拳を引き、冷たい口調で言い放つ。
「あばよ、一生な」
こうしてヴィントは別れを告げた。だがブリッツは恨みをぶつけずにはいられないらしく、母、姉、自分、そして遺産を使い潰された亡き父の分の怒りと恨みを込めてタコ殴りにして護送車に蹴り入れた。
去り行く護送車に目をくれることもなく帰ってきたヴィントに、空は言った。
「よく我慢しました。あなたは偉いです」
「……偉くなんて、なかったよ」
それでも、空はこれ以上何も言わずにヴィントを抱きしめた。
そして、再び旅に出る時がやってきた。
「えっ!? うちの子が社長付きのメイドに!? しかもこれから王都に!? 何かの冗談ではなくて、ですか!?」
空はしっかりとうなずいて、アオローラに答えた。
「確かにメイドとしても拳士としてもまだまだこれからです。先程の寸止めの一撃もきちんと見ていましたが、ヴィントは筋もよく、ツェーザル氏に対する復讐心と家族を守る力を得たいという目標がヴィントを強くしているのだと思います。どうか、わたしのメイドとしてとどめおくことをお許しください」
「滅相もない! 領主様がそうおっしゃるなら、我が子などいくらでもお使いください!」
「ありがとうございます。では我々はこのまま王都に向かいますが、まずはピエリーナ製と『ローリエの工房』製のポーションで傷を癒してください。あまりに負傷がひどいようであればアルケモートの医者にかかることをお勧めします。申し訳ありません、できることならわたしとピエリーナで手当てしなければいけないところなのですが」
「いえそんな、滅相もございません、領主様。私たちのことはお気になさらず」
「そう言うわけにはいきませんが、分かりました。何かあればご遠慮なさらず大使のアシュレイさんや取締役会のジャコモさんたちを頼ってください」
空が一瞥すると、領主邸前にはアシュレイとジャコモが見送りに来ていた。
「それではアシュレイさん、ジャコモさん。リゾート・イハトヴをよろしくお願いいたします」
「任せといて! って言いたいところだけど、あたし大使なんだけど? 一応社員でも取締役員でもないからね?」
「僕は代表取締役としてしっかりここを経営してゆきましょう。空さんたちも、道中御無事で」
「ありがとうございます。アオローラさんとブリッツくん、そしてリゾート・イハトヴをよろしくお願いします」
五人は車に乗り込む。エンジンが温まってきたところでアレットはアクセルを踏み、車は白い煙を上げて走り出す。
車を見送るアシュレイ。ふっとため息をつく彼女に、ジャコモが「どうかしましたか?」
と尋ねるのだが。
「なんだかねー。『遠くに行っちゃいそう』で、少しずつ寂しくなってくなーって」
それは言葉通りの意味ではない。
「それは僕も同じですよ。ついこの前までバレリーナを目指していた娘が、今や武術で世を糺す銃士、そして貴族で、ここの領主にまでなってしまったんですから。とは言え、『可愛い子には旅をさせよ』という諺があります。本当に旅するようになるとは思いませんでしたが、たくさんの物を見て感じて成長していってもらいたい。親としては娘の成長こそが喜びですから」
「……親は強いですね。あ~あ、あたしも誰かいい人と出会えないかなー」
アシュレイはそうおどけて大使館に戻ってゆく。ジャコモもふっと笑って、小さくなってゆく車を見つめる。
「では、我が娘はどんな人を婿と見初めて連れ帰ってきてくれるのかな? そう簡単には、認めんがね」




