第十五章 再び旅へ ~……まあ、こういうこともあるでしょう。~
さらに翌日、朝食後。
「では修行を日常に取り入れてみましょう」
「どゆこと?」
「ヴィントは朝食後、皿洗いをしてくれています。もうすでにそれが修行であり、『聴勁』、つまり感覚で物事を捉えるという修業になっているのです。今度は歩くことを『敵の懐に瞬時に入り一撃を与えるイメージ』、ドアノブを回して開け閉めすることを『相手の腕をひねって引いたり叩き伏せたりするイメージ』、遠くにあるモノを取る時は『大きく踏み込んで敵を叩くように』、振り向く時は『背後の敵と対峙するように』、と心がけるのです。こんな風に」
空は離れたところにあるテーブルの上の食器を、箭疾歩と同じフットワークで接近して思い切り伸ばした手で取った。
「動きはオーバーだけど、普通に歩いて取りに行くより確かに早いな」
「そうです」
空は踵を軸にして爪先と共に自身も反対側を向き、体重(重心)移動だけで元の位置に帰ってきた。
「ヴィントが今言ったとおり、動きはオーバーで、技を自分のものにするには普通に皿を取りに行くよりも効率が悪くなるでしょう。最初はそれで構いません。コツさえつかめればオーバーモーションにならずとも今と全く同じ動きができます」
「わかった!」
「では午前中はそれらを意識して仕事に取り組んでください」
だが意識しだした途端、ヴィントはただ歩くだけでドアに正面衝突してしまった。歩くことに集中して前が見ていない、まるで歩きがおぼつかない赤子のようだ。
「……まあ、こういうこともあるでしょう」
空は午前中は社長としてリゾート・イハトヴの見回りや従業員へのねぎらい、書類仕事、ヴィントと一緒にスケジュールの確認などを済ませ、午後から残りの仕事を片付けつつヴィントの修業に付き合う。八極拳の修業をつける以上はそれを中途半端にすることはできないが、領主として、イハトヴの社長としてしなければいけないことも多々ある。一番気をつけなければいけないことは、ライノックの誕生会に向けたスケジュール調整である。
ある夜の夕食。
領主邸ホール。
「国王陛下の誕生会? 明日から行くの? マジで?」
その日の夕食である野菜と肉たっぷりのポトフを食べながら、ヴィントはオウム返しした。
「はい。実はヴィントやほかの皆さんを悪徳ギルドから助けられたのも、あの日アルミスセントラルまで陛下への誕生祝いを調達しに行っていたからなんです。だから陛下とのご縁は、今まで以上に大切にしなければいけません」
「そっか。じゃあ、私は留守番の間ずっと基礎を続けないといけないんだな。師匠たちが帰ってくるまで、毎日味のないバゲットかぁ」
それは、前に空が言った例え話である。本当に無味のパンばかり食べ続けるわけではない。
「その真面目さは素晴らしいと言いたいところですが、今回はヴィントも一緒に行きましょう。たまには休んで羽を伸ばし、王都でおいしいものを食べて英気を養うのも大事ですから。それに今やヴィントは社長付きのメイド。付き人がいるという事実は『貴族の拍』になる……らしいので、あなたは自分の立場を誇ってください」
「そこは言い切れよ」
「すみません。わたしは自分が貴族であるという実感が薄く」
そう言うと、アレットが「まぁこん中で一番上流階級らしく振舞えるのは自分ッスからね」と自分をフォークで指すが、その行儀の悪さと探偵装備では説得力に欠ける。
「拙者も主君に仕える侍でござった故な」
「私も、接客業をしていたものでお客様をおもてなしする立場だったのです」
「わたしも軍人としては上官に従うのが常でしたし、下級の男性兵士の皆さんとも性別に由来する隔たりを感じていたので、指揮していたというよりもお願いばかりしていましたね。であればやはりこの中では、名探偵として王国議会を相手にしてきたアレットの方が貴族らしいのは確かでしょう」
「ほーらねー?」
「……こういうところが信じられないんだけど」
ヴィントの容赦ない言葉に「なにをぉ!?」とアレットはケンカ腰になる。
そして空は続ける。
「では今日までの修業の集大成として、明日は修行の成果を見ます。もちろん今の実力では野党ひとり倒せないと思うので、わたしが教えたことをきちんとものにできているかをテストしましょう。その出来栄え次第では、王都で何をご馳走するか決めますので」
「うおおおおお! やる気出てきたー!」
「ふふっ。それはよいことです」
すると、アシュレイがやってきて「クーちゃん宛てだって」と一通の封筒を差し出した。
差出人は、なんと。
「……『冒険者ギルド・ジャガートンカウンター』です」
「それって!」
ヴィントが身を乗り出して叫んだ。
それでも空は努めて冷静に、封筒の封を切って中の信書を読む。
「現地の冒険者からの報告です。ヴィントのご家族、『アオローラ』さんと『ブリッツ』くんはご存命。ヴィントの叔父さんの暴力に耐えながら生きているそうで、しかしその有様がひどいために保安庁に連絡して緊急保護という措置を取ったとのこと。叔父さんこと『ツェーザル』氏は知り合いとともに酒と賭博を楽しむことを趣味とし、時に道行く人を襲い強奪までしていた模様。あまり言いたくはありませんが、なかなかのダメ人間のようですね」
「そうだよ! あいつは本当にダメ人間なんて言葉じゃ生ぬるい下種野郎だ!」
「続きです。わたしの依頼内容にあるアオローラさんとブリッツくんの招待とツェーザル氏の連行は了承されました。よって明日の午前、ここリゾート・イハトヴにお連れするとのこと。最後に、ヴィントの今を、ご家族と冒険者たちは気遣っているそうです。よかったですね。わたしも心から嬉しく思います」
その言葉に、ヴィントは「うん!」と力強くうなずいた。かと思えば、一気に気が抜けた様子でテーブルに頭を打ち付けて涙を流し始めた。
「よかった……! ママとブリッツ、生きてた……!」
そしてそこから先はもはや夕食どころではなくなり、アシュレイと空たちは何も言わずヴィントを抱きしめたり頭を撫でたりして彼女を慰めた。
しかし問題がある。
「出発の日にお三方の到着でござるか……」




