第十五章 再び旅へ ~よーく分かったよ、師匠。~
空の元に戻ってきたヴィントが次に教わったのは、中腰の姿勢であった。
「弟とやった、『空中椅子ガマン大会』……」
「やったことがあるのなら話は早いですね。それでは姿勢から矯正してゆきましょう。先ほど馬に乗った時のように、両足は肩幅に開き背筋はまっすぐに、手綱を握るように手は前へ。これを『馬歩站樁功』と言い、強靭な脚力を得るために必要な訓練です。これをヴィントの脚力が続くまで続けてください」
「弟を相手にしたんだ、自信あるよー!」
と言いつつ、五分も持たなかった。
「足をマッサージしてもう一度、脚力が続くまでです」
「うぅ……、思ったよりきついよぉ……!」
そしてヴィントは、馬歩とマッサージを繰り返して夕方まで立たされ続けた。そしてとうとう自力で歩けないまでになってしまった。
「上出来です」
「どこが、だよぉ……」
さらに翌日、筋肉痛軽減と疲労回復のポーションを飲まされたヴィントはメイドとしての仕事(主に領主邸の掃除や食事の準備など)と昼食を終えると再び八極拳の修業。空中椅子こと馬歩を一時間こなし、その後は馬歩の姿勢から左右ストレートパンチを訓練し、続いて敵の足を蹴るインサイドキック『斧刃脚』を習う。
「ダサい動作」
「八極拳に華美な動作など必要ありません。確実に相手の動きを封じ、可能なら爆発的な一撃のもとに相手を叩き伏せることを目的としていますので。ヴィントにはしばらく、そうですね。一年から二年はこれから教える技とともにこの基礎訓練をしていただきます」
「二年!? 長くない!?」
「大の大人すら一撃で倒せるほどの威力に、まずは自分が耐えられなければなりません。そのためには鍛えるのみです。大丈夫、鍛錬は必ずあなたに応えるでしょう。基礎技を教えるのは、例えるなら『毎日バゲットばかり食べ続けるのはしんどいので、たまにはホットドッグや揚げパンや黒糖パンやマーガリン練り込みパンやパニーニ(サンドイッチ)などで味変しながら味わおう』という考えです」
「確かに、毎日同じパンばっかりにされたらさすがに飽きるよ。ママが風邪ひいた時なんかそうだった」
これには空もドン引きする。『シュトラルブロート(シュトラルラント王国の普遍的なパン)』と言ったら、それはもうパサパサで唾液が根こそぎ持っていかれてプレーンでなど食べられたものではない。だが病床にあっても我が子のためにパンを焼く、そんな母親に空は尊敬の念を禁じえなかった。
「では、ここは苦しいところですが飽きても飽きても同じパンを食べ続ける覚悟で八極拳を習得してください。たまにはその技がどのように活きてくるのかも教えますので、ご褒美も楽しみに待つように」
「うん、師匠!」
そして斧刃脚に続く第二のご褒美を、ヴィントはその日のうちにもらうことになるのだが。
仕事を終えて領主邸に帰ってきたアレットは、空とヴィントのありさまに「何やってるんッスか?」と尋ねずにはいられなかった。
「これですか?」
ヴィントは、左右の握り拳だけで空に寄りかかっていた。
「師匠……! もう、肩が壊れそうなんだけど……!?」
「おーい師匠。弟子がこう言ってるんッスが?」
「『地球の重力を感じてもらう』ためです。つべこべ言わず、自分の攻撃が間違いなくわたしにダメージを与えていると思ってその姿勢を続けてください」
「地球の重力が、本当に、私を通じて師匠にダメージを与え続けてるって、マジなの……!?」
「マジだからやらせているのです。あとは自分で考えてください」
アレットは思った。「空のやつ、教え方が上手か下手かはさておき独特過ぎるのではないか」と。
さらに翌日。
「ヴィント。八極拳を教えるにあたり、さらにふたつの重要な要素を教えておきます」
「ん? 要素って何だよ」
「それは、『八極拳とは地球の力を借りる武術である』と言うことです」
「……は?」
これにはヴィントはもちろん、アレットもひまりもピエリーナもそれを立ち聞きしていた誰もが首をかしげた。
「では手っ取り早くその理屈を説明します。地球には目に見える力として『重力』があり、モノを地面に吸着しようとする力が常に働いています。つまり、脳天にチョップをかまそうと思えばわたしの勁力に地球の重力が上乗せされて、最悪この場でヴィントの頭を真っ二つに割ることだって」
「ひっ!?」
「しませんけど、できます」
「師匠、しでえよ!」
ヴィントは訴え、さすがにアレットたちも「うん、酷い」と呆れる。
「そしてもうひとつの目に見える力、それは『嵐』と言う自然現象で説明できます。嵐は暴風雨をもたらす天空が地上にもたらす自然災害。人を不幸に至らしめるその力を、我が物にしようとは思いませんか?」
「そりゃ……、地域の家を丸ごとぶっ飛ばせれば、あんなクソみたいな叔父だって簡単に雲の向こうまでぶっ飛ばせるだろうなあ」
「そうです。人間の持てる力には限界がある。しかし自然の力を借りれば、自身の力を何倍に、いえ何十何百倍にまで高めることが可能なのです。要は、それらの力を少し借りるだけです。自然現象も何かしらの理屈で成り立っており、その理屈を理解し武術に組み込むことができれば、ヴィントは一瞬にして莫大な力を手に入れることができるのです」
「うおおおお! 一気にやる気出てきたよ!」
「よいでしょう。では……、マーシャルアーツ、『ウィンドミル・遊星歯車』!」
空は槍をモルタルの材料となる砂が詰められた麻袋に槍『穿雲』を突き刺し、麻袋を槍で背負い投げしたかと思いきや大地が鳴るほど強烈に叩きつけた。
問題はその後だった。
空の勁力に耐え切れなかった麻袋は破裂し、建材として使うはずだった灰色の砂は領主邸の前に舞って周囲を灰色に染め上げてしまった。これには、リゾート利用客も「何か面白いアトラクションでも始まるのか?」と笑い飛ばす。
「……まあこんな失態を犯すこともありますが、人生は失敗の連続です。そこから何を学ぶかが重要であると、わたしを反面教師にするといいでしょう」
「うん。よーく分かったよ、師匠」
気を取り直して。
「まずはイメージしてください。あなたは大地に根を張った巨木であり、台風でもあります。自分は絶対に動かず、すべてを薙ぎ払うのです」
「は? 動かずに敵を薙ぎ払うって、どうすりゃいいんだよ」
「できます。ではヴィント。わたしの右腕をあなたの右手で取って、思い切り引いてください」
「おっ、おぉ……」
差し出された空の右手首を、ヴィントは掴んで引っ張った。当然、ただ引いただけでは空の体は全く動かない。
「腕の力だけで引こうとするから、わたしは動かないんです」
「腕の力だけ……。そうか、だから地球の力が必要なんだな!?」
「今のだけでそれに気付くとは、さすがです。では次。半歩後退しつつ引こうとする方向にあなたの体重を乗せてください。さらにわたしの腕に左半身を乗せ、全身の力を抜いて自分の体重だけでわたしの腕を引きずり降ろそうと考えてください」
「いくら何でも女の子に体重体重って……。いいけどさ」
ヴィントは再び空の右腕を引く。左半身を当て、全身の力を抜き、空の右腕に寄りかかるようにして。すると今度は、空がよろめいて一歩動いてしまった」
「え? 師匠、今のって?」
「はい。わたしがあなたの勁力に負けた、と言うことです。相手に攻撃を許さず、自分が生み出す力の流れに相手を巻き込んで薙ぎ払うのです。そこで左足に体重をかけつつ、左肘をわたしの右脇腹に当ててください」
「こう?」
ヴィントの左肘が、よろめいた空の右脇腹に当たる。
「今、わたしは自分の右腕が邪魔でヴィントに左拳を当てるなどの攻撃が難しい状況にあります。一方でヴィントからはわたしのがら空きになった右半身のどこでも攻撃が可能。そして鍛えずとも最初から頑丈にできている肘を当てれば、わたしなど一撃でノックアウトできるでしょう。この技を『外門頂肘』と言います。各種エルボーアタックは代表的な技です、覚えておいてください」
「ん、わかった!」
「では、わたしから反撃です」
すると、今度は空が自分の右腕を肩甲骨から大きくねじってヴィントを弾き飛ばし、ヴィントがバランスを崩したところで右肩甲骨から体当たりしてゆく。
「どぁっとっとっとっとぉ!?」
「八極拳、『後靠』。このようにパンチとキックのみならず全身を当てて攻撃・反撃していくんです。右背の代わりに腰を当てることもできました。今はまあ『面白いな』と思っていただければ結構。まず多くの技を覚えるより基礎を養成します。はじめに多くの技を知るのではなく、それよりも先にひとつの基礎を固める、そして固め続けることは重要であり、『千招(多くの技)を知る者を恐れず、一招(一撃必殺)を極める者を恐れよ』と言う言葉にもまたつながります」
「え? たくさん技を知っておいた方がいろんな状況に対応できるんじゃないの?」
「確かにその通りでもありますが、前にも言った通り八極拳の勁力にヴィント自身が耐えられなければいけません。それに八極拳にあるあまたの技の中からヴィントが得意とする技を極め、それを自分だけの一撃必殺の技となるまで磨き上げるのもよいでしょう。すべての大技は基礎ありき。強くなりたければ愚直に基礎をこなし続けてください。一生」
「一生!?」
「それはわたし自身も同様です。さあ、今日も立ち続けましょうか、馬歩で」
「つらい……」
何だかんだ言いながら、それでもヴィントは空の教え通り地味でつらい修業をこなす。
「そうだよ。これは復讐のためなんだから。もう二度とあんな奴に屈しないための、そのための力をつけて悪いやつは根こそぎ薙ぎ払ってやるんだ! そのためだったら!」
「その意気です。さてわたしは社長としてしなければならないことがあるのでこの辺で。つらくなったら休んでください。修行も体を壊しては意味がありませんからね」
そして、馬歩で足が痛くなったらマッサージしてまた立つ、と言う修業は続く。
立てなくなるまで。




