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色難の夏休み その七

「それなら本気を出してもいいんだな?」


 瑠衣先輩の体が右手を起点に燃えていく。


「【イフリート】私の本気だ」


 離れても感じる熱気、近くに生える木が触れずに燃える。

 その太陽の様に燃え盛る瑠衣先輩は、右手を振るう。

 地面が燃える。

 溶けるのではなく燃え続ける。


「勝てるのか?」


「勝たないと千歳を守れないですから」


 体中が痛いのに不思議を頭はクリアだ。

 たぶん、気がついたから。

 瑠衣先輩の思惑に気がついたから真直ぐに先輩の元に近づいていく。

 燃える炎も、肺を焼きそうな熱気も気にならない。


「行きます」


 身体能力の書換、体の構造の書換、そして空間の書換。

 公園は海になる。

 穏やかな波が立つ海のど真ん中。

 瑠衣先輩がどれほど大きな炎を出そうとも、太陽になろうとも蒸発しきれないほどの水が辺りを埋めつくす。

 熱された炎は海水に掻き消える。

 エラ呼吸に切り替えた俺は溺れる先輩を余所に海中を自由に泳ぐ。


 そして瑠衣先輩の腹部に目がけて渾身の一撃を放つ。

 わずかに残る空気は気泡になり先輩の体内から排出され、先輩の体は海底に落ちていく。


 そして決着がつき、空間を元に戻すと海は公園に戻る。


「今のって空間の書換だよね? いつの間にできるようになったの?」


「えっ、ああ、そう言えばなんでできたんだろう」


 自分がやったことなのに、何をどうしたのかはっきりと覚えていない。

 俺の体を水に書き換えるとか、その程度じゃダメだってのはわかってた。

 そこで思い出したのはみんなで行った海だった。


「絶対に勝たなきゃって思ったらできたのかな?」


「そんな簡単に言われてもなぁ」


「たまたまだよ、たまたま」


 そうたまたまだ。

 瑠衣先輩の炎は太陽を囲んでいたあの施設と似ていた。

 あれを消すには海しかないと思ってそれを思い出しただけだ。

 楽しかった海の記憶は想像よりも鮮明に思い描けた。

 夏休みの思い出が、あの海を作らせてくれた。

 だからたまたまなんだ。


「っていうか、体がめっちゃ痛い」


「だろうね。鏡見たらビックリすると思う」


 千歳の苦笑いにどれだけ酷いことになっているか想像できる。


「少し休んだら?」


「そうする」


 そのまま後ろに倒れ込むと、千歳が俺の頭を持ち上げ自分の膝の上に置く。


「汚れるぞ」


「今更だよ。海に落ちてるしね」


「それもそうだな」


 しっとりと濡れている千歳の浴衣は火照った体に心地いい。


「冷たい?」


「ちょうどいい」


 目に映るのは満点の星空と、海水に濡れた千歳の顔。

 長い黒髪が千歳の肌に張り付いていて、俺はそこに手を伸ばす。

 海水で体温が下がっているのに、触れた頬は温かい。


「どうかしたの?」


「キスしたい」


 そんなことを言うつもりは毛頭なかった。

 顔に張り付く髪をはがそうとしただけだったのに、俺の口からそんな言葉が零れる。

 薄く紅を引いたような色の濃い桜色の口元が目に入る。


「今したら血の味がしそうだから嫌かな」


「それもそうだよな」


 引かれなかっただけマシだなと諦めた時、口元に柔らかい感触が触れる。

 冷たいのに温かく、少しだけしょっぱい。


「嘘。私もしたかった」


 頬を薄っすらと赤らめた千歳に視線が釘付けになる。


「やっぱり血の味がした、それにしょっぱいね。大人の味だ」


 おどけたフリをする千歳に笑いがこみあげてくる。

 そしてそんな俺達を祝福するように、遠くで花火の音がした。


「始まっちゃったね」


「来年もあるさ」


「うん。来年も再来年もその先もあるよね」


 俺達はまた口を重ねる。


†


 それから少しして先輩は目を覚ました。

 俺達は急いで距離を取り、先輩に声をかける。

 すると瑠衣先輩は虚ろな目で、周囲を見渡し「ああ」と声を出した。


「私は負けたんだな」


「はい。俺が勝ちました」


「完敗だ。空間の書換を使われるとは思ってなかった」


 起き上がれないらしく、大の字に倒れたまま気だるそうにしている。


「そうか、失恋ってこんな気持ちなんだな。苦しくて痛い。体の傷よりもずっとずっと辛いな」


「でも私は譲りませんから」


「知ってるよ。もう行っていいぞ、私なら大丈夫だから」


 せめて起き上がれるまでは居ようと思っていたが、千歳に腕を引かれる。


「そっとしておいてあげよう」


 わずかに嗚咽が聞こえてきた。

 強いと思っていた瑠衣先輩の弱さを感じ、ここに居たらダメだとようやく気がついた。


 当然祭りの会場に着いた時には花火は終わっていた。

 宮内先輩に連絡し、瑠衣先輩が公園に居ることを伝えた。

 俺達はそのままコンビニ向かい、小さな花火セットを買い学園に向かう。


「花火もの凄く余ってたね」


「花火大会にこんな花火買う奴がいないって」


 これからまだお囃子があるらしく、学園側に人は少ない。

 締まっている校門を乗り越え、A棟に侵入する。

 周囲にバレないように鏡の世界に入る。


 紫色の空の下、俺達は花火を始める。

 段々に色が変わる花火ではしゃぎ、色鮮やかに噴出花火に盛り上がり、打ち上げ花火の小ささに笑う。

 千歳と二人で小さな花火大会をして大いに遊んだ。

 最後は小さくか細い線香花火に火を着ける。

 ぱちぱちと弾けながら弱い光を放つ線香花火は、短い時間で終わりを迎えた。


「終わっちゃったね」


「来年は本物の花火を打ち上げよう。本当の花火に負けないくらいの奴」


「できるの?」


「魔法使いだからな。なんでもできるだろ」


 こうして俺達の一年目の夏が過ぎた。

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