色難の夏休み その五
祭りの当日、夕方になってから浴衣姿の千歳と連れ立って祭りの会場に向かう。
この辺では大きく、商店街から神社までを会場にしていて、子供から大人まで参加しているが、何のための祭りなのかを俺は知らない。
「本当に大きい祭りだね」
「年に一度だし、田舎には娯楽って少ないから」
去年まではムカついていたカップルも、今年は逆にムカつかれる側だ。
「何か買って食う? 昨日の一万もあるし食べ放題だぜ」
「じゃあ、たこ焼き」
「わかった」
一人で行こうとすると、シャツの裾を掴まれた。
どうしたのか聞く前に、千歳は俺の手を握り歩き出す。
「今日は一緒に居るの。いい?」
「了解」
屋台の明かりで赤くなった千歳と手を繋ぎ、たこ焼きを一つ買い屋台の裏手に周る。
屋台の並ぶ明るい場所とは違い、表の道から差す光だけが裏手を照らす。
屋台に使うガスや食材の段ボールは、華やかな表の道の影みたいで少し楽しい。
「唯久くん、口開けて」
「あーんして。の方がぽいぞ」
「いいの、恥ずかしいから」
そんなに照れるならやらなきゃいいのに。
そうは思ってもされる側も結構楽しい。
「熱っ!」
「わわわ、ごめん!」
慣れないことはするもんじゃないな。
辛うじて火傷にはなっていないと思うけど、口の中にまだ熱は残っている。
「唯久も来てたんだな」
「そっちも相変わらず仲いいな」
二人でたこ焼きを食べていると六輔が声をかけてきた。
兄妹仲も相変わらずらしく、この年にも関わらず兄妹二人だけだ。
祭りのテンションで六輔とウェーイとハイタッチしている横で女子二人が向かい合っていた。
「紹介しないとわかんないよな。この子が前に話した六輔の妹の小紅ちゃん。それでこっちが俺の彼女で千歳だ」
二人ともよろしくとも言わずにお互い見つめ合っている。
まさか二人とも反りが合わないとか?
「宮内小紅です。ひさ兄を少しお借りしますね」
何があったのかわからず、俺は小紅ちゃんに手を引かれる。
「何? 千歳?」
「ここで、待ってるから」
さっきまで一緒にいるって言ってたのに、なんでか俺が攫われるのを黙ってみてるの?
突然の出来事にされるがまま路地裏に連れていかれる。
もしかしてカツアゲってやつ?
流石にそれは無いだろ、小紅ちゃんだし。
「ひさ兄。少し話があるの」
そう言って小紅ちゃんは俺に近づく。
人気の無い暗い路地裏、空に浮かぶ月明りだけが小紅ちゃんの表情を照らす。
真剣過ぎるその顔から眼が離せなくなる。
「私、ずっとひさ兄を追いかけてきた。学校でも商店街でもずっと前からひさ兄を探してた」
これは告白だとわかった。
なかったことにするために、話を遮るのは簡単だ。
でも、それじゃいけないのはわかっている。
妹と思って接してきたけど、しっかりと聞いてちゃんと答えよう。
「どんな時でもひさ兄の事考えてた。彼女がいるって知って眠れなくなるくらい私は夜市唯久が好きです。私と付き合ってください」
「そんな風に思ってくれてたのは本当に嬉しい。だけど、今好きな人がいる。一緒に居たいって思っている人がいるんだ。だからごめん。小紅ちゃんとは付き合えない」
「うん、知ってた」
震える声で小紅ちゃんにはそう言った。
「知ってたけど、やっぱり辛いな……」
俺に縋りつくように泣く小紅ちゃんに、俺は慰めることもできず、泣いている小紅ちゃんに胸を貸すことしかできない。
それから数分、目を赤く腫らした小紅ちゃんが顔を上げた。
「ごめん、抱き付いちゃって。でもおかげですっきりしたよ」
「それならよかった」
どこがだよ。
小紅ちゃんの顔は言葉とは裏腹に沈んでいる。
泣き腫れた瞼に痛々しく残る涙の痕。
こんなに辛そうなのに、何が良かっただ。
「六輔呼んでくるからちょっと待ってて」
「うん、ありがとう」
そのために六輔は呼ばれたのか。
いや、あいつの事だから無理矢理についてきたんだろう。
さっきの場所に向かうと、六輔が寄ってきた。
「悪かった。こうでもしないと小紅はお前を追い続けるだろうからさ」
「謝んなくていいって。お前は小紅ちゃんの事考えておけばいいよ」
「ありがとうな」
六輔が走っていくのを確認し、千歳の元に戻る。
「おかえりなさい」
「ただいま」
戻ってきてホッとしたけど、今の心境としては祭りに戻る気にはならないな。
「やっぱり辛そうだね」
「そりゃあな。告白する怖さとかそういうのがわかるだけにきついな」
俺も告白するまで結構時間かかったけど、小紅ちゃんみたいに覚悟を決めて告白したわけじゃない。
半分がその場の勢いで言えた分俺の方が楽だった。
「じゃあ、少しだけ慰めてあげよう」
隣に立っていた千歳が背後に回る。
俺の好きな千歳の匂いが全身を包む。
「どう?」
「落ち着く」
千歳の温もりに体を預けると、少しだけ心が軽くなった。
意識をその温かさに傾けると、騒がしく聞こえた祭りの雑踏が遠くなる。
「ありがとう。もう大丈夫だから祭りに行こうぜ。ここで時間つぶしてるのももったいないしな」
小紅ちゃんには悪いけど、千歳との時間を楽しもう。
大事な幼馴染の告白を断ってまで掴んだ手を、離さないように強く握り祭りの喧騒の中に紛れ込む。




