色難の夏休み その四
みっちり訓練に参加させられること六時間、何度も死線を超え解放された頃には夕方になっていた。
「こんなことになってごめん……」
隣を歩く千歳は無言だ。
やっぱり怒ってるよな、折角普通のデートのはずだったのにいきなり訓練に参加させられれば怒って当然か。
「途中でなんか食って帰るか?」
「いらない」
こんなにそっけない千歳は初めて見た。
泣いたり怒ったりを直接前面に出したりもせず、ただ無言で帰路を歩く。
俺に何か言えるはずもない。
「唯久くんは、瑠衣先輩に甘いよね」
「甘くはないだろ」
「今日も訓練を断らなかったし」
「断っただろ、それでも無理矢理に連れていかれただけだ」
瑠衣先輩に抵抗できるのは教師陣か、三年生くらいじゃないだろうか?
「最初は無理矢理だったけど、後半は唯久くんもムキになってたよね」
「そうかもしれないな」
なんだかんだ言って魔法の勉強になるし、負けっぱなしなのが気に入らなかったりでムキになってたのは否定できない。
「ごめん、やっぱり先に帰るね」
交差点で突然走り出した千歳を追いかけようとしたが、信号が邪魔をする。
車の往来が絶えた時には千歳の姿は見えなくなっていた。
「やっちまったよな」
†
千歳に置いてけぼりにされ、追いかけることもできずに家に帰る。
「お帰り、千歳ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「うっさい」
無駄にテンションが高い母さんに構っていられず、俺は部屋に篭る。
スマホを見ても連絡はなし。
こちらから送ろうにもなんて送ればいいのかわからない。
「はぁ……」
どうすればいいかなんて考えても出てくるのはため息ばかりだ。
「唯久、喧嘩したなら素直に謝ればいいと思うよ」
「何勝手に入って来てんだよ」
ベッドに倒れ込んでいる俺の横に、母さんは当然のように座っている。
「この家は私とお父さんの家だからね。悔しかったら家賃払いな」
「俺じゃなかったらその一言でぐれるぞ」
「その時はお父さんに逮捕してもらうから」
酷い両親だった。
「それで何で喧嘩したの?」
「言いたくない」
「喧嘩はしてるんだね」
「誘導尋問かよ」
「旦那が警官だからね」
「ちょっと色々あったんだよ」
口では勝てそうにないので、俺は適当に認めることにした。
「それはあんたが悪いの?」
「たぶんそうなんだと思う」
「それなら解決は簡単でしょ。素直に謝る。原因がわからないなら素直に聞く」
「それが――」
「それくらいできないなら、あの子は諦めた方がいい」
俺の反論を先読みしているように言葉を被せてくる。
「なんでだよ」
「なんでって、そのくらいができない程度にしか好きじゃないってことでしょ? それなら長く続かないから諦めな。本当に好きならその程度はできて当然」
「俺にだってプライドがあるんだよ」
「じゃあ、あんたは千歳ちゃんよりプライドが大事ってことでしょ?」
「そんなに簡単なことじゃないだろ、人間の関係ってのはさ」
「簡単だよ。簡単で単純。人間なんて単純な生き物なんだよ。勝手に複雑にしてるだけ、私は良く知ってるよ」
悔しかった。
母さんの言葉に何も言い返せない。
「そんじゃ、後はどうするか自分で決めなよ。晩御飯は七時だから」
母さんが出て行った後、言い負かされた怒りが沸いてくる。
それと同時に自分の情けなさもムカついてくる。
このまま何も行動に移さないのは、母さんにボロ負けしたみたいで気に入らない。
俺は千歳に電話した。
何度コールしても千歳は出てくれない。
メッセージを送っても既読が付かない。
こうなったら直接行くしかないな。
†
何度か千歳の家に行ったことはあるが、一人で行くのは初めてだ。
場所はわかるが、入り方がわからない。
いつも千歳に手を引かれて入ってたしな、どうやれば認識疎外を超えられるのか。
魔法を無効化するのか、アパートを認識することで入れるのか……。
考えるだけ無駄だよな。
千歳に会いたい。
会って話をしたい。
その気持ちをイメージして魔法を使ってみればいいんだ。
「唯久くん、何してるの?」
「千歳?」
買い物袋を大量に持った千歳が後ろからやって来た。
「いきなり来て、どうしたの?」
「千歳に会いに、というか謝りに?」
「なんで疑問形なの? まあいいけど、入るなら魔法解くから待ってね」
「うん。あっ、荷物持つ」
そのまま荷物を俺が持って千歳の魔法でアパートに入る。
それにしてもかなり買い込んでるな。
石動さんに教えてもらったから練習してるのか?
「それで、いきなりだけどどうしたの?」
「さっき千歳が怒ってたから謝りに来たんだけど」
「ああ、怒ってはいたね。デート中なのに、瑠衣先輩と二人で特訓してるからさ」
「ごめん。つい夢中になってた」
やっぱりそれが原因だったんだな。
「いいよ、私も嫌なら嫌って言わなきゃいけなかったんだから。唯久くんなら察してくれるって甘えてた。だからお互い様だよ」
そう言って千歳は笑みを浮かべる。
笑ってくれる。
それだけで俺の体から一気に力が抜けていく。
「じゃあ、電話にでなかったのは?」
「スマホ持って行ってなかった」
通りで既読も付かないはずだよ。
「マジで破局の危機かと思ってたよ」
「私は唯久くんの事大好きだよ。怒ったりしてもそれは変わらないから」
千歳はそう言って俺を抱きしめる。
ふわりと香る千歳の匂いが体を包む。
「俺も大好きだよ」
「ただあんまり女の子と二人きりにはならないでね。六輔くんの妹さんともだよ」
「それは本当にごめん。小紅ちゃんを異性としてカウントしてなかった。本当に家族として見てた」
あれは本当に気づいてなかった。
千歳に言われるまで、女子として意識してなかった。
「謝るなら、晩御飯一緒に食べて行ってくれる? ここなら他に邪魔されないし」
「いいのか?」
「もちろん。食材もいっぱい買ったし」
そのまま誘われるままに千歳と夕飯を一緒に食べることになった。
食卓にならぶ料理はどれも美味しそうで、見ているだけで腹が空いてくる。
「それじゃあ、食べようか」
「美味い」
「石動さんに教えてもらったからね。自分でも上手く作れたと思うよ」
人は美味いものを食べると無口になるらしく、俺は黙々と料理を食べ進めていく。
「唯久くんは明日予定ありますか?」
「ないよ」
突然改まった様子で千歳が口を開き、俺も箸を置いて話に耳を傾ける。
「明日、これに行きませんか?」
差し出されたのは毎年この辺りでやってる祭りだった。
昔から参加している祭りだが、言われるまで忘れていた。
「行く行く、そうかそう言えばもうやる時期だな」
「じゃあ、明日迎えに行くから絶対家に居てね」
「わかった」
妙に力強い千歳に頷く。
そう言えば女子と二人で祭りって今までなかったな。
何か感慨深い物を感じながら食事を続けた。




