色難の夏休み その二
六輔と約束した翌日、外は豪雨だった。
夜かと思うほどに分厚い雲、騒音並みの雨音。
これは遊ぶの無理だな。
昼になっても止まない雨に途方に暮れてしまう。
久しぶりに男同士の休日ということで、少しだけ楽しみにしていたのにこの仕打ちである。
そんな中ポケットの中でスマホが震える。
「もしもし、この雨だと今日は中止だな」
『そうだな。だけど、この雨だとお前も暇だろ?』
「暇だよ。外に出るのも億劫だからな」
雨しか見えない窓ガラスを見て答える。
あまりの酷さに近くのコンビニにも行きたくない程だ。
『それなら俺ん家に来いよ』
「外に出るのも億劫だって言ったよな?」
こいつ俺の話は一切聞いてないんだろうか? 聞いてないんだろうな……。
『折角だから小紅に勉強教えて欲しいんだよ。教えてくれるなら昼と晩の飯は母さんに頼んでやる。おばさん達は今日いないよな?』
今日は母さんも病院に泊り、父さんは講習会だかで県外に泊り。
つまり今日は俺の家には誰もいない。
全てのやる気を奪う大雨のせいで買い物なんかにも行く気にならない。
コンビニよりも近い六輔の家に行くだけで、二食補えるのは嬉しい。
「わかった。俺が使ってた参考書も持って行くよ」
『流石親友。俺が相手だと小紅はまともに勉強してくれないんだよ』
「おまえで駄目なら俺も駄目だと思うぞ?」
『いやいや、お前以外に小紅のやる気を出させる相手は――って痛い、兄ちゃんを殴るのはやめろ』
バフバフとクッションの音が聞こえる辺り、相変わらず仲が良さそうだ。
『そんなわけで急いで来てくれ、俺が殺される』
「シスコンのお前にしたら本望だろ?」
六輔が否定する前に通話を切ってやった。
二食ありつけるみたいだし、少しくらいは役に立ってやるか。
急いで参考書をリュックに詰めて家を出た。
傘に穴が開きそうな豪雨の中、宮内家のチャイムを押すとすぐにドアが開く。
そのまま昼食をごちそうになり、小紅ちゃんの部屋かと思っていたがなぜか六輔の部屋に入ることになった。
「小紅ちゃんの部屋じゃないんだな」
「女子には見られたくない物があるらしい。散らかった雑誌とか脱ぎ散らかした服とかな」
「お兄ちゃん、ふざけたこと言ってると外に放り出すよ?」
知らない仲でもないから散らかってても気にはしないが、小紅ちゃんも成長したってことだろうな。
「ひさ兄、今日はよろしくお願いします」
「よろしくって言っても成績は俺も六輔と変わらないんだけどな」
中の下、得意科目なら中の上程度で人に教えられるほど頭がいいわけじゃない。
小紅ちゃんの目的は俺というよりも、参考書の方だろう。
「ひさ兄の方がお兄ちゃんより頭いいから。それに教えてる最中にふざけないだろうし」
「受験生相手に勉強中ふざけるなよ」
「ほら、小紅って怒ってても可愛いからついな」
「それは何となくわかる」
元々顔も可愛いし、普段あんまり表情を顔に出さないから、たまに変化があるとキュンとする。
「わかるけど、兄としては最悪だな」
「流石ひさ兄はわかってる」
こうしてまともに会話するのは久しぶりだけど、結構普通に話せるな。
最後に会ったのは中学校に入学した時か?
外や中学でもたまに会ってたけど、そこまで会話らしい会話はしてなかったな。
六輔を探してたりした時だけだったな。
「そうそう、これ参考書。俺はもう使わないからいらなかったら捨てちゃっていいから」
「ありがとう。使わせてもらうね」
小紅ちゃんは勉強モードになったらしく、真面目な顔で参考書を読み始める。
こうやって近くで見ると、小紅ちゃんも少し大人ぽくなったな。
髪も伸びたし、薄っすら化粧もしているみたいだし。こんなに可愛いならクラスの男子も放っておかないだろう。
「お前、小紅を見すぎだろ」
「いや、成長したなと思ってさ。かなり可愛いしモテるだろうなと思って」
俺が親戚のおじさんみたいなことを考えていると、小紅ちゃんが参考書を床に落とした。
「ごめん、うるさかった?」
「そんなことないよ。全然平気だから! お兄ちゃんよりは全然静かだから!」
「お、おう」
思わぬ剣幕に咄嗟に言葉が出てこない。
参考書を拾おうとするが、小紅ちゃんがいち早く回収しまた読み始める。
「俺なんかまずいこと言ったか?」
「お年頃なんだよ。察してやってくれ」
「お兄ちゃん、お茶」
「あいよ。唯久もお茶でいいか? 炭酸もあるけど」
「お茶でいいや」
「そんじゃポットごと持ってくるか」
さて、六輔が居なくなると途端に暇になるんだよな。
小紅ちゃんは参考書を熟読してるから邪魔したくないしな。
「ひさ兄、さっきの本当? 可愛くなったって言ってくれたの」
「ああ。うん、可愛くなったよ。少し大人っぽくなったよね」
「ありがとう、褒めてくれて」
顔は見えないけど照れてるのはわかる。
こういう所は少し子供っぽいかもしれないな。
それからお茶を持ってきた六輔と交互に勉強を教え始める。
一時間ほど勉強を続け、そろそろ休憩に入ろうと思った頃、着信音が鳴った。
千歳からか。
二人に「ごめん、電話出てくる」と声をかけ廊下に出た。
「千歳、どうかしたのか?」
『別に何か用ってわけじゃないんだけど、暇すぎて連絡してみた。六輔くんと遊んでるの?』
「そんなところかな外が土砂降りだから六輔の家にいるんだよ」
『外凄いよね。朝起きてびっくりした』
そんな他愛もない話をしていると、部屋のドアが開き小紅ちゃんが顔を出した。
「ひさ兄、ちょっと聞きたいんだけど」
「わかった、すぐ行く」
『今の声って誰? 女子の声だったよね』
電話の向こうで空気が変わったのを感じた。
何を怒っているのかと少し考え、今一緒に居るのが小紅ちゃんだということに気がついた。
完全に妹扱いだったせいか、女子と一緒に居るということを失念していた。
「今のは六輔の妹で、小紅ちゃんって言うんだけど」
『ふーん』
これはかなり怒っていらっしゃるらしい。
「ごめんなさい。小紅ちゃんは妹だと思ってるせいか失念してた。六輔が遊びに行けないから勉強見てやってくれ。って言われたから勉強教えてた」
六輔がいるとは言え、流石に気分は良くないよな。
逆の立場なら俺もいい気はしないし。
『何もないなら私はこれ以上何も言わないけどね』
「後で改めてお詫びいたします」
『唯久くんの妹が呼んでるみたいだから電話切るね』
「また後で電話するよ」
そのままバイバイもなく通話が切られた。
やましいことは何もないとは言え、ちょっとやらかしちゃったかな。
自分の軽率さを反省しつつも、ここで帰るわけにもいかず俺は部屋に戻った。




