夏休みの勉強会 その五
「胡ノ宮さん、起きてください」
「んん……、石動さん?」
声をかけられ目を覚ますと、目の前には石動さんが私の顔を覗き込んでいた。
ボーっとしたまま時計を見るとまだ六時です。
「朝食を作るのですが、お手伝いをお願いできますか? 眠いのなら結構ですが」
こんな時間に何かと思えばお手伝いのお誘いです。
お世話になっているし手伝うのは構わないのですが、なんでそんなことを頼まれたのかわかりません。
「夜市さんは和食が好きらしいので、そのお手伝いなのですが」
「わかりました。やります」
石動さんの手には小さなノートが握られていた。
たぶん、唯久くんから昨日聞いた内容をメモしてくれたものだと思う。
それを出されたら手伝う以外の選択肢はない。
そのまま、借りたパジャマを脱ぎ昨日の服に着替える。
最近の家電は魔法よりも便利で、一晩あれば洗濯物がすぐに終わるらしい。
「何を作るんですか?」
「朝ごはんらしい和食です。だし巻き卵に焼き鮭、みそ汁に納豆と海苔ですね。時間があればお浸しなんかも作ろうと思います」
「いいですね。朝ごはんって感じがします」
旅館の朝ごはんって感じで雰囲気がする。
実家だとその中からニ三個は必ず朝に並んでたなぁ。
「焼き鮭は、説明の必要はないと思いますが、鮭に塩を振ってグリルに入れます。塩加減はお好みで大丈夫です。今日は気温が高いので心持ち塩加減は多めで焼きます。グリルによっては火の当たり方が変わりますので、考えてください。この家にあるのは均等に火が通るので全部入れて大丈夫です」
主に私が手を動かし、石動さんはサポートに回ってくれている。
お姉ちゃんに料理を教わっているみたいでなんだか楽しい。
「その間に味噌汁を作りましょう。いつもは出汁を取るのですが、今回は簡単に出汁入りの味噌を使います。具材は下準備が終わっているので、味噌を溶いたら入れてください。決して沸騰はさせないように気をつけてくださいね」
差し出された具はさいの目に切られた豆腐と水で戻したわかめだった。
「言ってくれれば切りましたよ?」
「そうしようと思ったんですが、癖で具材を準備してしまいました」
完璧そうに見えて意外と石動さんは抜けているのかもしれない。
私にはここまで均一に切れないから凄いことは凄いんですけど。
「少し火にかけて温めれば味噌汁は完成。次はだし巻き卵を作りましょう」
流石に手慣れているようで、調味料が次々と出されていく。
そしてだしの素をボウルに入れそうになり手止まる。
「またやってしまう所でした。出汁を水で溶いて、砂糖、塩、醤油と入れていきます。味がまとまったら卵と混ぜ合わせて焼きます。卵焼きは焼いたことありますか? ないなら一度手本を見せますけど」
「大丈夫です」
油を引いてフライパンに馴染ませてから卵を入れる。
フライパンの中で均一になるように焼いて固まってきたら巻いていく。
「上手ですね。それなら任せても大丈夫ですね」
そう言って私に任せている間に鮭の様子を確認し、焼き終わっているらしく、皿に鮭を乗せ食卓に運んでいく。
私も黙々と卵を足しながらだし巻き卵を作っていく。
「できました」
「良いですね。変に焦げてもいません。普段から料理はしているのでしょうね」
「自分の食べる分くらいは作ります。お母さんにから教えてもらったので」
「それでは食卓に並べてください。それと皆さんを起こしていただけますか? 私は瑠衣さん専用のおかずも準備しますので、キッチンが狭くなります【シェフ:セッテ】」
この家にいるんだから当然だということはわかっていたけど、石動さんは魔法使いだった。
マクロを唱え、一瞬で七人のコックが現れた。
わかりやすいコック服を着たピクトグラムは、顔の部分に数字が書かれていて、彼らは一斉に動き出す。
冷蔵庫からお肉を取り出し、筋切まですぐに終わらせ次に渡す。
下処理から味付け、調理に盛り付けと七人のコックが滑らかに作業を続ける。
「普段は一人でやってるんですが、朝はよく使いますよ。時短です時短」
そう笑いながらも止まることのない手元に、石動さんの技術の高さがうかがえる。
複数人を創造してそれらを食材ごとに操作する。
そんな離れ技しっかりと脳で調理工程イメージできていないと無理だ。
「そこまで見られることが無いので、恥ずかしいです」
「あ、ごめんなさい」
つい見惚れてしまったが、私も急いで全員を起こしに行った。
唯久くんと猿弥くんは意外と寝起きが良くて、瑠衣先輩はあまり寝起きが悪くて、ニ十分くらいかかってしまった。
唯久くんと猿弥くんが居なかったら、私はまた気絶してしまう所でした。
朝一での修羅場を終えリビングに着くと、食卓の横にとんでもない量の食事が置かれていました。
見慣れているらしい猿弥くんと瑠衣先輩はそのまま席に着いたけど、私と唯久くんは固まってしまう。
この量を作るんだったら、私に料理を教えている場合じゃない。
七人も魔法を使って作るだけの事はあります。
「お二人も席についてください」
石動さんに促され席に着くと、瑠衣先輩はお肉が山盛りになっている皿を自分の前に置き、パクパクと口に運んでいきます。
前に見た大食い選手権を彷彿させるほどにお肉を食べていきます。
「姉さんの食事を見てると食ってないのに満腹になるぞ」
「私はすでに腹いっぱいになってきた」
山が天辺から無くなっていき、早くも半分に減っている。
「とりあえず頂きます」
唯久くんが手を合わせてから卵焼きを食べます。
そのまま鮭、みそ汁と食べていきます。
「夜市さん、お味はどうですか?」
「美味しいですよ。流石メイドさんですね」
「今日の朝食は胡ノ宮さんが作ってくれたんですよ」
ニコニコと笑う石動さんの言葉に、唯久くんと猿弥くんがこっちを見た。
私ってそんなに料理しないイメージがあるのかな?
「二人ともいきなりこっち見ないで」
私が顔を逸らすと、二人は改めて「いただきます」と手を合わせた。
そしてさっきよりもゆっくり食べているように見えるのは気のせいなのかな?
「千歳は料理もできるんだな。肉の焼き加減も完璧だし」
「石動さんに教わりながらですけどね。お肉に関しては全部石動さんですし」
瑠衣先輩は聞いておきながら、興味がなさそうにお肉を食べ続ける。
「前に弁当を貰った時も思ったけど千歳は料理上手いな」
「石動さんよりも俺は千歳さんの味付けが好きだよ」
なんか二人とも喧嘩腰だな。
お互いに睨み合いながらご飯を食べている。
でも美味しいんだ。
石動さんからメモも貰ったし、これからも料理しておこう。
夏休み中に唯久くんに手料理をもう少し振舞えたらいいな。
「みんなどうしたの?」
ふと視線を感じたと思ったら、その場にいた四人全員が私を凝視していた。
「千歳は今気が抜けているということがわかったよ」
その言葉が昨日の寝る前の会話から気づいたのは、宿題を終わらせている最中だった。




