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夏休みの勉強会 その三

 絶対に負けたくない。

 私の中にあるのはそれだけ。

 壁に衝突した先輩にやっと一矢報いることができた。


 先輩の動きに合わせて操作の魔法を使う。

 踏ん張る足により踏ん張ってもらう、振り下ろす腕の速度をより加速させる。

 相手の動きに逆らうのではなく、相手の動きをより強く操作する魔法。

 これならそこまで難しくない。

 先輩もそれに気がついてはいるけど、急激に変化する肉体に操作は追いついていない。

 でもそれも時間の問題になってしまった。

 もう、強化された体に慣れてきてしまっている。


 これからはもっと大変だ。

 さっきまでのように強化を続けていたら、私は負ける。

 だから、ここからはかけたりかけなかったりを混ぜて行かないといけない。

 考えすぎて熱が出てきたのか、頭がクラクラしてきた。


「今のは生身には効いたよ」


 もう少し休憩したかったのに、先輩はもう立ち上がる。

 一度頭を振るだけで、もう戦う構えをしている。

 私と違って呼吸も乱れていない。

 今までも強くなるために訓練を欠かしていないんだ。

 その勤勉さに自信にあふれた佇まい、唯久くんが慕うのもわからなくはない。

 同性の私でもそうなれたらいいなと憧れる。


 でも認めたくない!

 唯久くんは私の大事な人だから、絶対に認めない!


「今の一年はみんなお前達みたいなのか? それとも唯久の周りだけか? 二年でそんな目をする人間は少ないぞ」


「行ってる意味がよくわからないです」


 そんな目ってどんな目なんだろう。

 もしかして結構怖い目をしていたりするんだろうか。


「もう限界みたいだな」


 私が一瞬気を抜いた隙に、先輩は視界から消えていた。

 そして首元に衝撃が入った瞬間、目の前が真っ暗になった。



 良い匂いに釣られ、意識が浮上していく。

 お肉の焼ける香ばしい匂い、うっすらとコンソメの匂い、お米の匂いもしてくる。

 誰かが鼻歌交じりに料理をしているらしい。

 私の部屋で誰が料理しているんだろう。

 唯久くんかな?

 それじゃあ、寝顔はあんまり見られたくないな。

 目を開けると見知らぬ天井。

 白い天井に大きな電灯は自分の家じゃない。


 そう言えば、私先輩と戦ってて、負けたんだ……。


「胡ノ宮さん、お目覚めですか?」


「石動さん」


 デニムに無地のシャツその上からエプロンを着けた石動さんは、新妻みたいで凄く綺麗だ。

 私もこんな風になれるだろうか?


「どこか体に不調は見られますか? 不調があればすぐに病院へお連れしますが」


「平気です」


 私がそう言うと「皆さんをお呼びします」と石動さんはリビングを出て行った。

 料理の匂いに包まれたリビングに一人になると、負けた事実がどんどん沸き上がってくる。


 上手にできたと思ってた。

 操作の魔法も上手くいった、瑠衣先輩に一矢報いることもできた。

 それでも一瞬で負けた。

 たぶん後ろに回られ、首に一撃くらって気絶したんだろう。

 なんで気を抜いちゃったんだろうな……。

 色々と反省をしていると、複数の足音が階段を駆け下りてくる音がしてきた。


「千歳、大丈夫か?」


「うん。大丈夫だよ」


 先に駆けつけてくれたのが唯久くんだというだけで、嬉しくなるのは私が単純なだけなのかな。

 唯久くんの後ろから猿弥くんに瑠衣先輩が続いてリビングに到着する。


「家の姉貴がごめん。姉貴も謝れよ」


「いいよ。大丈夫だから」


「詫びというわけではないが、一泊していかないか?」


「いいんですか?」


「部屋も寝具も余っているからな。すでに唯久は泊まる気満々だ」


 唯久くんだけ泊まらせるのはなんか嫌だな。

 猿弥くんがいるとはいえ、瑠衣先輩と一つ屋根の下は嫌だ。


「それに、千歳ともう少し話がしたいしな」


 瑠衣先輩が、子供っぽい顔で耳打ちをする。


「わかりました。お世話になります」


「それじゃあ、晩御飯にしようか」


「もう少々時間がかかりますので、勉強を続けていてください」


「私はもう少し休んでます」


 三人が階段を上っていくのを確認してから、石動さんの元に向かう。

 下ごしらえの済んだ材料は、私が見たことのない様な野菜や食材だった。


「どうかしましたか?」


「お料理を教えてもらいたいんですけど、ご迷惑ですか?」


「構いませんよ」


 石動さんの教え方はとても丁寧だった。

 すでに下処理の済んだ食材を改めて教えてくれたり、見慣れない食材の説明もしてくれた。

 猪川家の晩ご飯はほとんど肉尽くしらしく、冷蔵庫を見せてもらったが中は肉で埋まっていた。

 今日のはローストビーフにロールキャベツ、ステーキにビーフカツと野菜のスープ。

 瑠衣先輩の要望らしい。


「この量って食べきれるんですか?」


「瑠衣さんは体づくりのために大食いですよ。脂は少ない赤身がお好みで、もう少し野菜も食べてもらいたいんですけどね」


「こんなに作るのは大変じゃないですか?」


「仕事ですし、前日からある程度の処理は済ませてしまいますから、当日は火にかけるだけなので、そこまで大変ではありませんね」


 石動さんはそういうけど、前日から仕込むなんて私にできるかな?

 いつもその日の気分でレシピ本から適当に料理を作ってしまう。


「味見していただけますか?」


「はい」


 渡された小皿には黄金色に輝くスープと少量の野菜が入っていた。

 口に含むと、野菜の旨味と鶏ガラの味がしっかりとしている。

 野菜も柔らかくて味がしっかりと染みている。


「美味しいです」


 やっぱり市販品とかじゃないのかな? いつも素とかで味付けしてるけど、出汁の取り方とかも必要なのかな?


「やっぱりこれって自分で出汁を取ったりしてるんですか?」


「してませんよ。市販品をお湯で溶いただけです」


「私だとこんなに美味しく作れません」


「作れますよ。少し手を加えないといけませんが、相手を思って作れば、自然と美味しく作れます」


「料理は愛情ってことですか?」


 たまに聞くけど、愛情だけで美味しくなるっていうのはいまいち信じられない。

 魔法で味を変えたこともあるけど、どうしてもうまくイメージできないし……。


「そうとも言えますね。胡ノ宮さんが自分の料理を美味しくないと思うのは、その味で妥協しているからです。ですが、大切な人に食べてもらう時は手直ししますよね? 私が言いたいのはそう言うことです」


 前に唯久くんに料理を作った時は、確かに上手く作れた気がする。

 そう言えばあの時は結構考えて作ってたな。

 お母さんに電話したり、レシピを見直したり、味見もかなりした。


「ですので、夜市さんに美味しいと言ってもらいたいなら、好みの味を聞き出すのが最短だと思いますよ」


「ふえっ!」


「顔を真っ赤にして可愛らしいですね。瑠衣さんにはない愛らしさです」


 クスクスとお淑やかに笑う石動さんに対して、私は顔を真っ赤に染めることしかできず、石動さんに言われるがまま料理を手伝った。

 何度か味見をしたけど、恥ずかしさが残っていて味はよくわからなかった。

 それから少しして料理が完成し、全員で食事をした。

 私の代わりに石動さんが、唯久くんに好きな味の事を聞いてくれていた。

 食器を片づける時に「後で聞いたことをメモしておきますね」とほほ笑む様子に少しだけドキリとした。

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