夏休みの勉強会 その一
夏休みが始まって三日目の朝、俺と千歳は猿弥の家の前に立って驚いた。
大豪邸とは言えないまでも、庭と門が設置されている立派な家だ。
前に猿弥本人から「家はそれなりに由緒ある家だぞ」と言われていたので別段家に驚くことはなかった。
家自体も立派だが、綺麗な一軒家で話が終わるくらいの大きさだ。
しかし注目するのはそこではない。
俺達が驚いたのは俺達を迎えてくれたのがメイドだということだった。
「夜市さんと胡ノ宮さんですね。猿弥君から話は聞いています。私はこの家でメイドをさせてもらっています、石動と申します。どうぞご案内します」
しかもメイドと名乗った石動さんは、俺の思っていたメイドとは違いどこかフランクな対応で、着ている物もメイド服ではなく私服だった。
見た目と言葉遣いにメイドというよりも親戚のお姉さんって感じがした。
「唯久くん見過ぎ」
「いや、メイドって言われたら気になるだろ? こんな身近にメイドを見たことあるか?」
つい凝視してしまい千歳に怒られたが、実際に本物のメイドを見る機会なんておそらくこれからの人生にはない。
それは千歳もわかっているらしく「気持ちは少しわかる」と納得はしてもらえた。
「メイドはそんなに珍しいですか?」
「はい」
「代々猪川家に仕えてきた私にはその辺はわかりませんが」
その言葉には流石に千歳も驚いた。
代々って猿弥の家は本当に名家らしい。
一般人だった俺とも普通に言い合いしているし、他のクラスメイトとも普通に接している。
そう考えると家の権力を使わない良い奴なのかもしれない。
そんな立派な家柄だと知るとこの家は小さく見えるな。
もっと豪邸に住んでいる物だと思っていた。
「ここは猿弥君と瑠衣ちゃんが在学中に住む別宅です」
「そうなんですか」
これが別宅なのか……。
言われればテレビで見る別荘とかはこんな感じな気がするな。
別荘だとしたらかなり立派な建物だ。
俺はここに住みたい。
石動さんについて家の中に入る。
さっとスリッパを用意され、まるでモデルルームのように清潔な廊下と階段を上り一つの部屋をノックする。
「夜市さんと胡ノ宮さんがいらっしゃいました」
「ありがとう。中に入れてくれ」
「どうぞお入りください」
石動さんがドアを開け俺達を部屋の中に入れる。
壁が本で埋まっている部屋の中央に、大き目なテーブルが置かれており、そこに猿弥が座りノートが広げられていた。
「今お茶をお持ちしますが、ご希望はございますか? 紅茶やコーヒー、緑茶、ハーブティー、種類などもご希望があれば伺いますが」
種類って何だろう、紅茶はティーパック、コーヒーはインスタントの俺には何一つ理解できない。
「お任せでお願いします」
「私もお任せで」
「かしこまりました」
千歳もわからないようで、全てを任せることにした。
石動さんは一礼して部屋を出て行った。
「猿弥、お前って本当にお坊ちゃまだったんだな」
「前にも言っただろ」
「悪い、一切信じてなかった」
「信じてないって、俺から溢れる気品で普通は気づくだろ?」
初対面のせいもあってかガラの悪い不良くらいにしか思ってなかった。
この家や石動さんを見れば流石に信じるしかなくなる。
「さっさと終わらせようぜ。辞書とかは壁にある奴を適当に使ってくれ」
言われてから壁にかかっている本を見ると、魔法関連の書籍と学校で使いそうな書籍が並んでいた。
「ここって勉強だけのための部屋なのか?」
「それ以外に何があるんだよ」
さも当然のように言い放った猿弥に、千歳も驚いていた。
この部屋の広さだけで千歳のアパートよりも確実に広いし、本気でカルチャーショックを受けているらしい。
「飲み物お持ちしました」
「ついでに私も来たぞ」
部屋に入ってきた石動さんの後ろから、瑠衣先輩も一緒に入ってきた。
勉強道具を一式持ちこの勉強会に参加するらしい。
上級生がいるならわからない所も教えてくれそうだし助かるか。
「姉貴はなんの用だよ」
「唯久が来るというのでな、知らない仲でもないし挨拶くらいはするだろう」
「挨拶だけならもう済んだだろ。さっさと自分の勉強部屋に戻れよ」
自分のって、ここは二人で使う場所じゃないのか……。
この設備がもう一つあるのか?
マジで猪川家ってどのレベルで金持ちなんだ?
「唯久くん、あの人って二年の主席の人だよね? どういう関係なの?」
「特訓に付き合ってもらってるんだよ。瑠衣先輩はわかりやすく強いし体術と魔法の合わせ方も上手いから参考になるんだ」
猪川姉弟が喧嘩している最中に千歳が話しかけてきた。
「それってもしかして、用事があるって一緒に帰れない時のこと?」
「そうそう。大鉄の時もあるけど、基本は瑠衣先輩だな」
「瑠衣先輩……」
瑠衣先輩と組み手を始めてから実力も伸びてきた気がする。
でも、そう言えば誰と特訓するって言ってなかったっけ?
「それでそっちの女子は誰だ? 初めて見る顔だな」
「俺の彼女です。胡ノ宮千歳」
「初めまして胡ノ宮千歳です」
「おお、君が千歳か。私は猪川瑠衣だ。君の事は唯久と猿弥から話は聞いている。なるほどこの子が唯久が守りたいと言っていた彼女か。美人だし良い子みたいだな、唯久はモテるんだな」
立ち上がって挨拶する千歳に握手をした後に、俺の首をヘッドロックにかけながら茶化す。
「やめてくださいってば」
瑠衣先輩のは冗談でもかなり痛い。
的確に首の関節を締め付けてくるし下手すると締めも確実に入ったりする。
「私と唯久の仲じゃないか」
「猪川先輩は唯久くんと仲が良いですね」
「そうだな。こいつは成長が早いし見ていて面白いからな」
「何ですかそれ?」
「そう、ですか……。ごめんなさい、ちょっとお手洗いに行ってきます」
「千歳?」
急に部屋を出て行った千歳はどこか悲しそうに見えた。
瑠衣先輩に一言断ってから千歳の後を追う。
トイレの場所はわからなかったが、足音がしたから聞こえ後を追う。
「千歳、どうかしたのか?」
階段の下で座り込むが顔を上げ、すぐに下を向いた。
一瞬見えた顔には涙が見えた気がした。
「大丈夫か? 具合悪いなら今日は帰るか?」
千歳は首を横に振った。
何を言っていいのかわからず、千歳の隣に腰を下ろす。
「瑠衣先輩って美人だよね」
「そうだな」
「唯久くんと、気が合いそうだよね」
「まあ、どちらかと言えばな」
あのテンションにはついて行けない所もあるけど。
「唯久くんはさ……」
千歳から次の言葉が出るのを待つ。
何か悩んでいるらしく、急かすのは違うと気長に待つことにした。
「唯久くんは、私の事好きなの?」
「当然だろ。だから付き合ってるんだし。付き合い始めの時にも行ったけど、俺はお前の側にいたいんだって」
俺が言うと千歳は俺の胸に顔を埋めるように抱き付いてきた。
ふわりと香る千歳の匂い、少しだけ熱っぽい千歳の体温がエアコンで冷えた体を熱くする。
「うん。じゃあ、大丈夫。大丈夫だから少しだけ、このままでいさせて」
ニ三分抱き付いていた千歳は「もう大丈夫」と立ち上がった。
「唯久くん、今度から瑠衣先輩と特訓する時は私も一緒に行きます」
「それは構わないけど、危ないぞ?」
「私的にはもっと危険なことがあるんです! わかったら返事」
「了解しました」
何が何やらわからないまま、俺は千歳に言われたことに頷いた。
「ほら早く行って宿題終わらせないと」
俺の手を引いていく千歳は少し元気になったような気がした。
そのまま昼休憩を挟み、宿題の山を片づけていく。




