エピローグ
熱い七月も中盤に差し掛かり、全員の服装も夏服に切り替わった。
男子は黒い学ランから白のシャツに変わり、女子のセーラーも黒から白に変わり、全員が涼し気な服装に変わっている。
「来週から夏休みだね。予定とか決めておく?」
「いいかもな。祭りとか海とか言ってみたいな」
放課後、いつも通り千歳と学園を出て帰宅途中に夏休みの話になった。
外で長話をする気にはなれず、俺達は近くのファミレスに寄った。
店員に迎えられるが、人もまばらで「お好きな席にどうぞ」とだけ言われ適当にボックス席に向かう。
「胡ノ宮と夜市だ」
ボックス席の一つから声が上がった。
声の主は確認するまでもない。
そこの一角だけ縮尺がおかしいことになっていた。
近くの席から見えないようになっているはずの仕切りから頭が飛び出している。
なるべく気づかれないようにと思っていたが、やっぱり無理があったらしい。
「よう、大鉄に大牧」
「二人は相変わらず仲がいいな」
「そっちもな」
ここまで会話しておいて同席しないのも感じが悪いので、二人のいる六人掛けの席に座った。
六人掛けなのに二人でいっぱいなんだな。
それぞれが二人ずつ座るように大牧が移動してくれた。
そのおかげで、大鉄が二人分で大牧が一人の半分座り向こう側は他の人が座れなくなった。
「唯久達も夏休みの予定を組む予定なのか?」
「そうだけど「も」ってことはそっちもなのか? なんというか意外だな、大鉄はひたすらに修行とか言い出しそうなのに」
「小石にせがまれてな。何日か遊びたいと言われてしまった」
「修行でも一緒に居られるけど、僕だって女子高生だからねせっかくなら好きな人と遊びたいよ」
「いつも手伝ってもらっているからな。断れないんだ」
腕に抱き付いてくる大牧に面倒そうにしながら大鉄は相手をしている。
いかにも付き合っている感じだが、この二人は付き合っていない。
出会った時よりも猛アタックを続けている大牧だが、大鉄は未だ返事をしていないらしい。
クラスの反応は返事をしていないだけで事実上は付き合っていると認識されている。
大鉄自身も否定はしていない所を見ると、まんざらでもないんじゃないかと思っている。
「それでどこに行こうかって大鉄と話してたんだけど、小石に任せるとかカッコいい顔で言われて悩んでたんだよ」
「大鉄くん、小石ちゃんは二人で行先を決めたいんだから意見を出してあげないと」
「そうか。だが、俺はそういうのに疎いからな、小石任せた方がいい場所になると思ったんだが」
「「はぁ……」」
千歳と大牧のため息が重なった。
本当に何もわかってないって感じのため息に、一年最強の大鉄もたじたじらしい。
「唯久これは俺が悪いのか?」
男としては大鉄を支持したいが、隣にいる千歳から「唯久くんはわかってるよね?」って目をされてしまっては首を縦に振ることはできない。
「大鉄が悪いな」
俺がそう言うと大鉄はショックを受けた。
すまん、許してくれ惚れた弱みって奴だ。
「二人とも、折角だからダブルデートしない? そうなれば大鉄も意見は出してくれそうだし」
「ダブルデートか」
悪くない響きに俺は異論はなく、千歳も特に異論はないらしい。
「俺達は構わないぞ」
「それじゃあ、海に行こう! 本当は大鉄にだけ見せるはずのセクシーな体を特別に夜市にも見せてあげよう」
そう言って座ったまま大牧はくねくねと体を動かす。
平らな胸は、成長期を期待して買ったらしい大き目のセーラーから一切の主張もなく、愛嬌はあるが色気はない。
千歳がやると色っぽくなるはずのポーズも、大牧がやると不思議な踊りにしか見えない。
「唯久くん、女子をそんなにいやらしい目で見たらダメだよ」
「千歳、このお子様体型にどうやればいやらしい目を向けられるのか。聞いてもいいか?」
「小児性愛、少女愛好、幼女趣味」
「それ全部ロリコンってことだよな。俺はロリコンじゃないからな!」
「僕には、大鉄って心に決めた人がいるから、夜市の気持ちには応えられないかな」
芝居臭い発言をするボクっ娘を殴ってやろうかと本気で考えてしまう。
「お前のお子様体型にはこれっぽっちも興味はない。もっと千歳みたいにスタイルがいい女子が好きだ」
「奥さん、この男体目当てですわよ。気をつけないと襲われちゃいますわよ」
「いつも私をそういう目で見てたんですのね」
すぐに否定できないのが悔しい。
好きな子と付き合ってるんだからそれくらい許してもらいたい。
そういうのも含めて恋人だと思っているんだけどな。
「三人共、予定を組まないなら俺は帰りたいんだが」
「わかってるよ。海だよな海。近くの海だと、隣の県に行ったほうが早いか」
昔連れて行ってもらった時も、同じ県の海じゃなくて隣の県に行っていたはずだ。
父さんの運転だったから、そう感じたけど、車なしだと電車の移動だと別の場所の方が近いかもしれないけど。
「近場よりも安全な場所に行かないといけないだろ。行先は学校で指定されてる場所しかないしな」
「そうだね。指定されている場所なら、誰でも入れるわけじゃないから安全だし」
「指定されてない場所は本当に危険らしいからね。実験とか強盗とか」
どうも三人の話と噛み合っていない気がする。
三か月もA組にいれば俺とみんなのズレは理解できる。
「もしかして海って鏡の世界の海なのか?」
「それ以外に選択肢ってあるの?」
三人が何言ってんだこいつって目をしたところで俺は理解した。
そうだよな、人がごった返しているこっちの海よりも確実に人は少ない。
至極当然のことだった。
「すまん、それなら俺には何も言えない。向こうの海がどうなってるのかわかんないから後は決めてくれていいぞ」
「唯久くん、一緒に考えてくるよね?」
「流石にわからないことに口は挟めないんだけど、大鉄ならわかってくれるよな?」
「唯久、お前が悪いから諦めろ」
大鉄に仕返しをされ、三人から場所の説明を受けながら場所決めに参加した。
†
翌週の金曜日、終業式を終えた一年A組は一学期最後のホームルームを始めていた。
渡された通知表は可もなく不可もなくな成績で、草部先生からは「魔法を知ったばかりにしては十分ですよ」と言ってもらった。
全員に通知表を渡し終え、最後に先生から夏休みの注意点の話が始まった。
「夏休み中、鏡の世界には自由に行ってもらって構いません。その際には、先ほどお渡しした紙に書かれている場所以外に行くことは、親族の元に行くなどの理由がない限りは原則禁止です。そこに書かれている場所は学園関係者の巡回や、精査がしっかりしている所で安全な場所です。それ以外の場所には常に危険が潜んでいると思ってください。誘拐や殺人などもあり得ますので、十分に気をつけてくださいね。それと生徒手帳は必ず持参してください。それが皆さんの身分証にもなります」
注意点を言い終わったらしく、改めて全員の顔を見渡してからホームルームは終了した。
「誘拐とか殺人って本当にあるのか?」
一日の行事が終わり、教室が騒がしくなる中千歳に声をかけた。
「あるよ。向こうでは周囲を気にしないで魔法が使えるから、防犯カメラとか関係ないから無法地帯になってるよ」
さっきの話を聞いて普通にしているみんなと世界の壁を実感する。
そんな無法地帯の中で、安全地帯を作り出す学園の強大さを改めて実感した。
ここが最高峰と呼ばれるのは鏡の世界への入り口があるだけじゃないんだと、初めて知った。




