自分が目指すもの その八
「なあ、ムカつくから殴ってもいいか?」
俺達の告白をすぐ近くで聞いていた久慈先生がいきなりそんなことを言い出してしまった。
「独り身で独身で孤独で寂しい未婚の私の前で、生クリームに砂糖と蜂蜜をかけた様なだだ甘空間をくり広げたんだから殴る権利はあると思うんだよ。安心しろ、殴って怪我してもすぐに治してやる。だから私が満足するまで殴って治してを繰り返させろ」
とんでもない八つ当たりだった。
「そんなに嫌なら出て行けばいいじゃないですか」
「ここの主人は私だ。それなのに自分達が良い雰囲気になるために出て行けと言うのか? 保健室はラブホじゃないぞ?」
この人マジだ。
目がマジだ。
「もう二人とも帰れよー。孤独死が待っている私の目に毒だからさっさと帰れ」
とても大人とは思えない対応に、俺達はそそくさと出て行くことにした。
準備をして保健室から出る時には、俺達は完全に無視され草部先生と飲みに行く連絡をしていた。
「なんか悪いことした気がするな」
「だね。ちょっと勢いに任せたところはあるし」
「実は告白を後悔とかしてる?」
「してないしてない。本当に初めて会った時から好きだったの。だから勇気を出してお昼に誘った。でも、その時は諦めてたかな」
「何を?」
「一般人と魔法使いは生きる時間がどうしても変わっちゃうから。結ばれることはない。だから唯久くんがA組に編入してくれた時は本当に嬉しかった」
こっちに向けられた笑顔が眩しくて可愛い、こんな子が俺の彼女なんて正直今でも信じられない。
「A組に入る決め手は千歳がいるからだよ。なんとか千歳と仲良くなりたいってのはずっと思ってたし」
「本当に両思いだったんだ。信じられないくらい嬉しいかも」
「俺も信じられないよ」
そこから無言でA組の教室に向かう。
本棟の廊下を並んで歩く。
二人の肩が触れそうな距離まで近づく。
今までの関係なら相手を気にしてここまで近くはなかった。
わずかに触れる手の甲がもどかしい。
俺は勇気を出して小指を絡める。
一瞬だけ反応した千歳の手は、小指だけじゃなく俺の右手に絡めてきた。
お互いが進行方向に顔を向けている。
少しだけ千歳の顔が見たくなり、横を向くと顔を赤く染めた千歳の視線とぶつかる。
気まずさも覚えながら二人で反対の方を向くが、互いの手はきつく握られる。
窓ガラスに映る俺の顔は真っ赤になっていた。
そのままお互いの顔が見れないまま手を繋ぎ、本棟の昇降口にたどり着いた。
「唯久」
昇降口では猿弥が立っていた。
俺と千歳の手が繋がっていることを確認する。
何を考えているのかは俺もわかる。
俺が逆の立場ならおそらく同じことを考える。
「千歳、先に教室で待っててくれ。猿弥とは話があるから」
「うん。わかった」
千歳が居なくなったことを確認する。
「場所はここで良いよな?」
「俺には場所を指定する気はないしな」
誰もいない昇降口のど真ん中。
そこで互いに戦闘の体勢を取る。
決して決闘のやり直しじゃないし、思い人を取られた恨みでもない。
ただ、悔しくて悔しくて仕方ないだけだ。
どうしようもない気持ちを発散したいだけ。
その気持ちを俺は責める気にはならない。
「【錬成:銃】」
一時限目と同じように、猿弥は銃弾を地面にばら撒く。
近づくとまたレールガンを撃たれる。
それなら俺以外が近づけばいい。
俺は下駄箱を力任せに蹴り飛ばす。
浮き上がった下駄箱は猿弥に向かって倒れていく。
視界を隠し、裏側から攻めようと動き出す。
しかし次の瞬間、下駄箱は俺に向かって加速してくる。
すぐには抜け出せず、俺は加速した下駄箱に押され、壁をぶち破りながら中庭に吹き飛ばされる。
「がはっ……」
何が起った?
猿弥にぶつけるはずの下駄箱が、なんで反対側の俺に飛んでくるんだ?
「俺のレールガンに弾の大きさは関係ないんだよ。金属でできていればそれでいい」
修復を始める壁を抜け、猿弥も中庭まで追ってくる。
「それなら出てこない方がいいんじゃないのか? ここに金属の物はないぞ?」
「無いなら作る。欲しい物を作るのは俺の得意分野だ」
猿弥は二丁の銃を平行に構える。
目に見えて発せられる電流、その中央にこぶし大の鉄球が生まれ、射出される。
硬質化した腕で防ぐ。
折れたりはしないが、衝撃が内部まで響き腕が思うように動かない。
「一時限目は手加減してたって言いたいのか?」
「いや、お前がまたあの時と同じようになっても対処できるようにしただけだ。まだ完成していないけどな」
対策していたわけだ。
威力は十分だが、炎に対して金属は無駄だろう。
聞いた話だと俺の出した炎は校舎を溶かしていたはずだし、猿弥と相性は悪い。
「それでも多少使えるようになってるんだよ【錬成:電気銃】」
マクロを唱えまた銃は姿を変える。
銃の先端に円錐状の突起が生えている。
発射された先端は銃と線で結ばれている。
先端が地面に突き刺さると、形状が変化し地面を掴む。
「逃げるだけで千歳さんを守れると思ってるのか? 無理ならそう言えよ。お前の代わりに俺が彼女を守る」
猿弥は再び二丁を平行に構える。
「それだけは譲れないし、譲らない。それは俺が目指す場所だ」
「ならやってみろよ。俺はお前から千歳さんを奪う悪いやつだぞ」
鉄球が一つまた発射される。
この一撃をまともに受けたら俺は負けてしまう。
だからイメージしろ。
鉄球なんてものともしない力をその手に宿せ。
頭に浮かんだのは瑠衣先輩の炎、俺が知る一番強かった攻撃。
傷つかない鋼の腕にまとわりつくのは白い炎。
イメージに呼応して腕は硬質化していき、書換が始まった指先から白い炎に変わっていく。
鉄球に向かって伸ばす炎は触れるより早く、鉄球を溶かす。
陽炎を生み出すほどの高温に中庭の草花が燃えていく。
側にいるだけで肺が燃えそうになり、急いで全身を書き換える。
体が燃えはしないが、炎の熱さに体が持ちそうにない。
短期決戦しかないな。
右腕に宿る炎を推進力に一気に駆けだす。
再び放たれるレールガンも右手に近づくだけで気化する。
炎を消し殴る瞬間、猿弥は笑う。
俺の腕は猿弥の顔面を捕らえた。
†
決着がつき、俺は猿弥を担いで保健室に戻る。
出て行ったばかりの俺がボロボロの状態で戻って来たせいで「馬鹿なのか」と久慈先生に怒られた。
「一人ってことは、彼女を待たせてるんだろ? なら早く行け。私が中庭で拾ったことにしておくから」
「ありがとうございます」
そのまま礼を告げ、俺は鏡の世界から元の世界に帰る。
「お帰り。早かったね」
「まあ、猿弥は物わかりがいいからな」
俺達は手を握り、学園を後にした。




