自分が目指すもの その七
「おい、起きろ」
「そんな無理に起こさなくてもいいんですけど」
体を雑に振られ徐々に意識が戻ってくると、久慈先生と千歳の声が聞こえてくる。
「女子が来てるのに寝てるのはマナー違反だろ。「終電無くて帰れなーい」って甘えてきた女にネカフェで寝ればいいんじゃない? とかいうくそ野郎と同じだ」
「その例えはよくわからないんですけど」
目を開けると力説している久慈先生と困り顔の千歳が居た。
カーテンで外が見えないので今がいつなのかはわからないけど、千歳がいるし放課後なんだろう。
「何の話をしているんですか?」
「女子の好意に気付かない鈍感男は死ねという話だ」
「そんな話してないからね?」
久慈先生はきっと色々あったんだろうな。
ちらっと左手を見るが指輪は嵌ってないし。
「おい夜市、お前今どこを見た? 左てのどの指を見た?」
「見てないって言っても信じる気ないですよね?」
その質問に薬指以外ありえないじゃないか。
「まあこのくらいには元気だ、寝てたのも寝不足が現位だったしな。気にせずゆっくりしていけ」
「ありがとうございます」
頭を下げる俺達に久慈先生は「お茶入れてくる」と言って保健室を出て行った。
「久慈先生ってあんな人だったんだね」
「千歳は知ってたのか?」
「有名な人だからね。治療特化の魔法使いで生きる万能薬だって呼ばれてるよ」
その説明はにわかに信じられなかった。
やる気は無さそうだし、会話からダメな大人みたいな印象がある。
だけど能力は疑いようはないらしく、一度死んでいる俺の体にはどこも不調はなかった。
「そんな凄い人が良くここで保健医なんてやってるな」
「学園長が口説き落としたって噂だよ」
「その場に居たら大人びた子供の会話にしか聞こえなさそうだ」
二人とも背が小さくて子供っぽい。
そんな二人が真面目な会話をしていたら微笑ましく見える。
「えっと、それで猿弥くんと戦った時に言ってたことだけど、凄く嬉しかったよ」
会話が少し空き、千歳が少し照れた様子でそう切り出して来た。
戦った時に言ったことって、俺何か言っただろうか?
正直寝ぼけていたっていうのはある。
その時に何かを言っていたってことだよな。
「ごめん、俺何を言ったの?」
ここまで喜ばれると適当なことは言えないと思い、素直に聞いてみることにした。
しかし、俺がそう言うと千歳が固まった。
これは拙いやつだとすぐに察したが、口に出してからではもう遅い。
「覚えて、ないの?」
「うん。寝ぼけてたから何を言ったか覚えてない」
今更撤回しても遅い。
撤回したところで詳しく追及されればボロが出る。
「夜市、お前最低だな。自分の言葉には責任持てよ。適当な言葉は人を傷つけるぞ」
いつの間にか戻って来た久慈先生の妙に実感の籠った言葉に、背中に汗が流れる。
「いいんです。所詮その程度ってことだったんですよ。守ってくれるとか、私が勝手に舞い上がっただけなんですから」
さっきまでの照れはどこに行ったのか、千歳は椅子の上で背中を向けて膝を抱えてしまった。
「その年で女を泣かすとは、私の権限で極刑にしてやろうか」
「その前に何て言ったのか教えてもらえませんか?」
寝ぼけた言葉で極刑はあまりにも酷いと思います。
それとカッターナイフからカチカチと刃を出さないでください。
好きな子に泣かれ、医者にカッターナイフを突きつけられて、さっきから冷や汗が止まらないんです。
「私が知るわけないだろ。女の敵を抹殺する口実だ」
「理不尽だ!」
とんでもない理由で俺の命は危機に瀕しているらしい。
「千歳、俺は何て言ったんだ? その言葉が本心かどうかはっきりさせるから」
「本心かどうかは関係ない。お前みたいのが気を持たせるだけ持たせて「え? 俺好きな子他にいるし、背が高い子が好きなんだ」とか言いやがるんだよ」
「完全な私怨じゃないですか!」
久慈先生も過去に色々あったらしい。
ちっこくてスタイルが良いって大分趣味が特殊な気もするし。
「お前は好きな男に「ごめん妹にしか思えない」って言われた気持ちがわかるのか?」
「心中お察しします」
見た目のせいで本当に苦労しているらしい。
それは十分にわかったのでカッターを首筋から離してください。
「久慈先生、ありがとうございます。でも私は唯久くんから本当の気持ちだったか聞きたいです」
「そんなことをしても傷つくだけだぞ?」
「大丈夫です。ここで嘘か真実か悩むよりも、答えを聞いて先に進みたいんです」
「胡ノ宮……、そうかこれが若さか。それなら私が言うことはないどんな結果になっても私はお前の味方だ」
「先生!」
俺は何を見せられているんだろうか。
感情が高ぶり抱き合う二人を見て俺はそう思った。
当人たちは感動しているけど全く共感できない。
感動作の最終話だけを見せられている様な感覚になっている。
うん、良いシーンだよね。しか言えないようなそんな感覚だ。
カッターが遠くに離れたのは嬉しいけど。
「唯久くん!」
「はい」
「あなたは猿弥くんとの決闘の時に言いました。『千歳は守れない』そう言いました。これはクラス全員が聞いています。これはどういった意図の発言でしょうか?」
千歳は表情を硬くし、緊張した様子で俺に問い詰めてきた。
そんなこと言ってたのか。
千歳のために強くなると決めていたからつい口に出してしまったんだろうな。
まあ、嘘じゃないよな。
「それは――」
「返答が遅い。遅いということは嘘である。つまり有罪」
「とんでもない三段論法だな! 嘘じゃない、俺の目標は千歳が夢を叶えるまで守ることなんで嘘じゃないです」
とんでも論法のせいで全てを言ってしまった。
俺のを聞いて嘘かもと落ち込んでいたんだし、断られるとは思えないけど、本音を言うのは少し照れくさい。
「そのために強くなる。千歳が鏡の世界を作った偉大な魔法使いのようになるなら、俺はその隣に立っていられるくらいに強い魔法使いになってみせる」
俺は自分の気持ちを素直に伝えた。
それを聞いた千歳は下を向いたまま動かない。
もしかして重かったかな。
出会ってまだ二三ヶ月だし、もうちょっと軽い方がよかったかな。
「四月に初めて会った時、唯久くんは道に迷ってた私に声をかけてくれた」
千歳は小さな声でそう言った。
困っている人がいれば誰でも助けるだろう。
そう言いかけたがやめた。
「きっと唯久くんにとっては普通の事だったと思う。でも、困ってた私に声をかけてくれたのは唯久くんだけだったんだよ。サラリーマンも主婦も真宵学園の生徒も何人も私を無視して行っちゃったんだ。凄く心細かった。知らない町で知らない場所に行くのが怖くて泣きたいくらい寂しかった。だから声をかけられた時は凄く嬉しかった」
震える声で千歳は言葉を零す。
俺はその零れる言葉をしっかりと受け止める。
「ちょろいと思われるかもしれないけど、その時だよ。唯久くんを好きになったのは。当たり前に優しくて、当然のように困っている人に手を差し出せる。そんな普通を持っている唯久くんが格好良くて大好きです!」
顔を上げた千歳の顔には涙が見え、顔が強張っていた。
なんと言えばいいのかわからない俺に、久慈先生が「次はお前が行ってやる番だ」と顎で指示を出す。
「俺も、最初に会った時から一目惚れだったよ。こんな綺麗な人がいるんだって思った。一度言葉を交わすたびにどんどん好きになって行った。目標があって努力家で、話してて落ち着いた。だから一緒に居たいと思ってた」
一度言葉を切り、大きく深呼吸する。
緊張から口が乾く、動悸で胸が痛い。
もう一度深呼吸をして、それらを打ち消し千歳と向き合うようにベッドの上に座り直す。
「ずっと大好きです、俺と付き合ってください!」
しっかりと千歳の目を見てそう告白した。
「はい、喜んで」
俺達は付き合うことになった。




