自分の目指すもの その三
散々騒いだ後、隣人に怒られたため俺達は一度外に出ることにした。
魔道具がどういうものなのかもある程度分かり、無理にあの部屋にいる必要はなかった。
「……」
「……」
隣の部屋の人は女性だったのでよかったが、大声でパンツがどうのと騒いだ恥ずかしさが急にこみあげてきて、目的地のファミレスに向かう間俺達は無言だった。
千歳の家に近いファミレスに入り、人がいないため六人掛けのボックス席に通された。
そこでドリンクバーを二つ注文し、俺はコーラを千歳はオレンジジュースを飲む。
もちろんその間会話は一切ない。
お互いが妙な恥ずかしさを感じているせいか目も合わせていない。
はっきり言ってかなり気まずい。
店内に流行りの曲が二曲ほど流れる。
「二人とも何してるの?」
「宮内先輩」
そんな気まずい空気に入ってきてくれたのは宮内先輩だった。
制服姿で鞄を持っている所を見ると、下校中らしいが、こんな時間まで何をしていたんだろうか。
「もしかして別れ話?」
「してません!」
千歳の言葉に「そうだよね」と朗らかに笑い、そのまま千歳の隣に座る。
そのまま宮内先輩もドリンクバーを頼み、メロンソーダを持ってきた。
「それで、別れ話じゃないなら何の話? 喧嘩なら早めに仲直りしたほうがいいよ。こじれると大変だからね」
「喧嘩と言うか……」
「恥ずかしいと言うか……」
俺と千歳がそう呟くと、宮内先輩は千歳に何かを耳打ちする。
それへの返答なのか千歳も耳打ちを返した。
女子二人の内緒話はどうも落ち着かない。
女子同士ならではの会話もあるだろうが、のけ者にされている気がする。
「事情は把握しました。ここは素直に夜市くんが謝りましょう」
「そうですよね。千歳、ごめんなさい」
俺が頭を下げると、千歳も「こちらこそ不注意で」と頭を下げた。
「それじゃあ、この件はこれで終わり。といっても気まずさは残ると思うからこの麗奈先輩が胡ノ宮さんの代わりに進路相談に乗ってあげます」
「いいんですか?」
「全然OKだよ。殴り合った仲だしね。それに普通だった君がどうなりたいのかは興味あるからね」
校外学習の時に石塚先輩も言っていたが、この人はやっぱり優しい人らしい。
少し一緒に居ただけなのに、こうして世話を焼いてくれる。
さっき強引に入ってくれたのも仲を取り持つためだったのかもしれない。
「魔道具の話が済んでるなら、他に教えることはないんだけどね。先輩として言えるのは得意を探した方がいいよ」
「得意ですか? 魔法って何でもできるんですよね?」
「魔法の事じゃなくて私が言いたいのは性格についてかな。私で言えば戦いが苦手だしね」
校外学習の時もそう言ってたな。
あの時は実際に戦った後だったから嘘だと思ってたけど、今こうして話している様子を見ると、本当なんだなってわかるな。
「得意を伸ばすために魔法を鍛える。物作りが得意なら創造を極めたらいいしね。それと逆に苦手を探すのもいいかもね。戦いが苦手だから、苦手を補うために書換の魔法を極めるって感じで。まずはそこからが良いと思うよ。得意なことが上達するのも楽しいし、苦手が克服されるのも楽しいから」
「ありがとうございます。参考になりました」
やっぱり、人によって考え方について人それぞれって感じなんだな。
おとぎ話に興味を持って決めた千歳、自分の性格を元に決めた宮内先輩。
「これからもこの麗奈先輩を頼ってくれてもいいんだよ。もちろん胡ノ宮さんもね。特に恋愛関係は大好物だから。どんどん相談してね」
俺が自分はどうしようかと考えると、宮内先輩はテーブルに体を乗せ目をキラキラさせながらそう言った。
「わかりました」
「はい」
俺と千歳は宮内先輩の勢いに負け、頷いた。
千歳の事を相談したいが、本人が目の前にいるせいで今は聞けないけど、いつか相談してみようかな。
「相談してねってことは、宮内先輩は恋愛経験豊富なんですか? だったらそのお話を聞いてみたいんですけど」
「ないよ。片思いは何度かあるけど、付き合ったことはないよ」
千歳がそう聞いたが、宮内先輩ははっきりと恋愛経験ゼロだと公言した。
うわぁ……、この人ただ単に人の恋愛話が好きなだけだ。
「待って、そのうわぁって顔やめて、私に恋愛経験ないのは私のせいじゃないの。全部私の親友のせいなの」
「先輩、友達のせいにするのはどうかと思いますよ?」
「胡ノ宮さん、違うの。私もね告白しようとしたし、告白されたりしたんだよ」
俺達二人の表情から野次馬だと思っていたのがわかったらしく、必死に弁護を始め、俺は氷が解けて薄くなったコーラを飲む。
「告白して成功しても翌日には断られるし、告白されて喜んだら次の日に撤回されたの……」
話すごとにテンションが下がっていく。
何となく何があったのかは理解する。
友人に邪魔されたんだろう。
嫉妬なのか百合的な何かなのかはわからないけど、友人が撤回するように介入したんだろうな。
「えっと、その理由はなんだったんですか?」
「さっき言った通り私の親友がね」
恐る恐る理由を聞いた千歳に宮内先輩が答える。
親友って言ってるし危険な話ではないだろうと思うけど、何が出るのかわからず俺と千歳は飲み物が無くなっているのに宮内先輩の言葉を待った。
「その男子を全員ぶっ飛ばしたの」
何言ってるのこの人。
俺と同じことを千歳も考えていたらしく、開いた口が塞がっていない。
「その親友、瑠衣って言うんだけどね、麗奈を守れる男じゃないと麗奈に釣り合わない! ってボコボコにしちゃったの」
宮内先輩は「困ったもんだよね」と笑っているが、決して笑い事じゃないように思う。
好きな子に告白してOKを出したら当日にボコられるとか、そりゃあ断られるだろうな。
「私を思ってくれるのは嬉しんだけど、やり方がいっつも乱暴なんだよね」
「もしかしてそれって先輩が真似してたって人ですか?」
「そうだよ」
確か二年の首席の人だ。
そんな人にボコられれば、どんな人でも心は折れるだろうな。
俺はその勇気ある先輩達に心で合掌する。
いつの日か素敵な女性に出会えますように。
「それが同年代に伝わってね。それ以来告白されたこともないし、告白もしたことない……」
俺はもちろん、千歳もなんと声をかければいいのかわからず無言になってしまう。
「だからせめて暴力の無い幸せな恋愛話を聞かせて欲しいの!」
友人に恋路を邪魔された女子の切実な願いだった。
野次馬だと思ってごめんなさい。
そんな事情だと恋愛とかできないですよね。
それから二人で宮内先輩を励まし、元気を取り戻したところでその日は解散になった。
宮内先輩は「励ましてくれたお礼だから」と俺達の分の料金を払ってくれた。
「それじゃあ、ごちそうさまです」
「相談に乗ってくれて、ありがとうございました」
店を出て、俺達と反対方向だという宮内先輩に挨拶をすると、宮内先輩は千歳の肩を掴んだ。
「夜市くん、またね。私は胡ノ宮さんにお話があるから」
「あの、なんでしょうか?」
逃げようとしている千歳を宮内先輩はがっちりと抱きしめた。
「女子同士の話」
そう言うと千歳に耳打ちし、それを聞いた千歳は観念したように逃げるのをやめた。
これは女子同士の話ってやつだろう。
そう察した俺は一人帰路に着いた。
すっかり日も落ちて夜がやって来た。
雨上がり独特の湿った臭いに、不快な湿度。
これからしばらくはこんな天気なのだろう。
少しだけ憂鬱に感じながら慣れた道を歩いていく。
周囲には仕事終わりのサラリーマンや、部活終わりの学生に買い忘れがあったのか急いでいる主婦とそれなりに人通りが多く、住宅街は少し騒がしくなっていた。
この雑踏が帰って来た気にさせてくれるが、不意にその全てが消えた。
「夜市唯久、でいいんだよな?」
誰もいなくなった住宅街で誰かがそう言った。




