自分の目指すもの その二
こんな建物あったのか?
突然目の前に現れたアパートは、建てられて結構経っているように見える。
一見すると綺麗だが、よく見ると汚れが目立っている。
敷地においてあるものもそれなりに古く、最低でも十年以上前に建てられたものだとわかる。
それなら俺がここで遊んでいる時もあったはずだ。
なのに一切記憶にない。
それどころか、ここが魔法で見える前に何があったのかも思い出せない。
アパートの後ろにある山もよく遊んでいたし、近くの空き地も、昔はあった駄菓子屋も覚えているのに、ここが空き地だったのかどうかさえわからない。
「ここが私の住んでるメイズ大照。私の部屋は二〇三号室だから」
そう言って、放心している俺の手を引きアパートのエントランスを抜ける。
本当に外観だけを綺麗にしているようで、エントランスの所々は塗装が剥げている。
千歳は自分の部屋のポストを確認してから階段を上る。
「結構ぼろいでしょ。外観と部屋は綺麗だから安心して」
階段を上って反対側の角部屋が千歳の住んでいる二〇三号室だ。
千歳が言っていた通り、部屋は確かに綺麗な様だった。
カメラ付きのインターホンに、シンプルな装飾がされている新しい扉。
千歳がカギを使い扉を開けると、一人暮らしには十分な玄関に靴箱、はり直されたらしいフローリングの廊下はキッチンも併設されているらしい。
「あんまりじろじろ見ないでね。散らかしてはいないけど恥ずかしいから」
「ごめん」
部屋を見ていた視線を落とすと、アパートに入る前から繋がれていた手に気がついた。
「あっ、ごめん」
慌てて手を離すと手から温もりが消え、手を離したことを後悔した。
「この奥が部屋ね」
言われるままに廊下を進み部屋に入る。
ロフト付きの部屋で天井が高く、狭くは見えなかった。
「適当に座ってて。今飲み物出すから」
「ありがとう」
白い壁に囲まれ、落ち着いた色合いの家具が部屋を飾っている。
物自体はそこまで多くない。
初めて入った女子の部屋に緊張し、つい細かいところまで見てしまう。
「恥ずかしいからそんなにキョロキョロしないでよ」
「見られて困るほど汚くはないけどな」
戻って来た千歳からコップを受け取り、一口麦茶を口に含む。
自分でも気づかないほどに口の中は乾いていたらしく、貰った麦茶を一気に飲み干してしまう。
「それでも恥ずかしいから見ないで」
「これで恥ずかしかったら俺の部屋は何て言えばいいのか」
脱いだら脱ぎっぱなし、ゴミ箱も常にゴミが詰まっている様な汚い部屋だ。
それに比べればこの部屋はかなり綺麗にしていると思う。
「部屋の品評じゃなくて魔道具でしょ? 今持ってくるから、どういうのがいい?」
「魔道具ってわかりやすいのがいいな。どういうのがあるかわからないからその辺は千歳のおススメで」
「わかったちょっと待ってて」
そう言って千歳はロフトの階段を上る。
廊下に被るように作られたロフトの階段はそれなりに高い。
そんな階段を制服のまま千歳は慣れた様子でとんとんと昇っていく。
その姿を何となく眺めていると、黒っぽいスカートの裾から明るい色がちらりと見えた。
何だろうと一瞬考え、すぐにそれが千歳の下着だと気がついた。
上るリズムに合わせて動くスカートの奥に、ちらちらと白い太腿が見え、その奥には淡い水色の下着が見えていた。
「ぶっ!」
「どうしたの!?」
「あっ、いや、その何でもないです」
思わず吹き出してしまい、俺はすぐに目を逸らす。
千歳は俺の動きで、自分の状況を察した。
「えっち」
「申し開きもございません」
どんな顔をしているのか見たくはなかったため、千歳の方は見なかった。
たぶん怒っているはずだ。
後で殴られる分には仕方がないな。
個人的には好きな子のパンツが見れたし、そのくらいの罰は素直に受けよう。
ロフトから聞こえてくる音に怯えながら、千歳が降りてくるのを俺は待ち続けた。
決して千歳のパンツを思い出していたわけではない。
「黙って覗くのはマナー違反だと思う」
「全くもってその通りだと思います」
一瞬ちゃんと言えば覗いていいのかと思ったが、そんなことはあるわけないと自分に言い聞かせる。
「私もスカートなのを忘れて不注意だったので、唯久くんが忘れてくれるならこの件は不問にします」
「……はい」
「今の間は何かな?」
「なんでもありません」
「よろしい」
忘れたくても忘れられないのは、思春期の男子として仕方ないことだと思います。
「一応今回持ってきたのは、誰でも使える奴だよ。高度なのは流石に知識が無いと動かし方もわからないだろうし」
机に置かれたのはペンとカメラ、それと鞄だった。
ぱっと見ではその辺に売っていそうな物だ。
ペンはシャーペンだし、鞄もショルダーバックみたいだ。
この中で珍しい気がするのは、ポラロイドカメラだけだ。
「これが魔道具なのか? イメージしてたのはもっと派手な奴だった」
「そういうのもあるけどね。それこそ炎を出せる杖とかね。でもあれ危ないから今回は失敗しても問題ない物を持ってきたの」
「カメラは何となくわかるけど、シャーペンは何に使うんだ?」
「自動手記だよ。耳から聞こえた物を全部書き写すの。それじゃあペンを持ってこの紙の上において」
促されるままにペンを持ちメモ用紙の上に手を置いた。
「もう一度そのペンの説明をするね。ペンを持った状態で紙や板の上に置くと耳から聞いた言葉を全て文章にまとめてくれる魔道具だよ」
千歳が言葉を発するだけで、俺の手は自動で動き始め、言われた言葉をそのままメモ用紙に書き込まれていく。
「便利だなコレ。授業とかで使えば完璧だな」
「それがダメなんだよね。聞こえた音を全部文字にしちゃんだよ」
千歳はコップでテーブルを叩きながら説明する。
なんでそんなことをしているのかと思えば、言葉の間にコンとコップでテーブルを叩いた様な擬音まで書かれていた。
「なるほど。よくわかった」
「授業は私語もあるし余計に訳がわからない文になるんだよ」
確かにそれを解読する手間をかけるよりは、自分で真面目に書いた方がマシだろうな。
「次はこれだね。これは結構便利だよ」
「これは何となくわかるぞ。なんでも入るんだろ?」
見た目はショルダーバックだが、猫型ロボットと同じ別次元に収納できるポケットと同じだろう。
「正解。バック内の空間を書換て作られてて、安い物でもこの部屋位は埋まる量が入るの。最高級の物だと日本が沈む量の荷物が入るらしいよ」
そんなに入る必要がどこにあるんだろうか……。
「魔道具を作る人達の必需品だね」
「そういう理由があったわけだ」
魔法を使えば好きな物をいくらでも作れる。
それをそのままにしてしまえば世界が物で溢れる可能性がある。
だからこそのこの魔道具ってわけか。
さっきのシャーペンと比べると遥かに役に立つ魔道具だ。
「それで最後がこのカメラね」
「それも何となくわかる。念写できるか、千里眼みたいに遠くを映せるかの二択だろ?」
本当は服が透けるカメラとか考えたけど、千歳がそんなものを持っていても意味がないだろうしな。
「またまた正解。念写ができるカメラだよ。使い方は目を瞑ってシャッターを切るだけ」
「念じたりとかは必要ないんだ」
「それもあるけどね、あっちは練習しないと心霊写真になるんだよね……」
「すでに経験ありか」
フッ……と一瞬だけ昔を思い出したようで、少し凹んでいるがどんなのが撮れたのか気になるな。
「それはもっと簡単なカメラだから使ってみて」
「わかった」
言われた通り、目を瞑ってからシャッターを切った。
フラッシュは無いようで、カシャっと鳴ったあと写真が出てきた音が聞こえ目を開ける。
白い縁の中央が真っ黒になっている。
「さてさて、唯久くんは何を考えていたのかな」
「えっ?」
千歳は俺の手から写真を奪い取り、楽しそうに写真を振る。
「これは簡単な念写、シャッターを切った人が印象に残っているのを映すんだよ」
さーっと自分の血の気が引いたのがわかった。
ひらひらと旗のように動く写真は、すでに俺の脳内を映し出そうとしていた。
薄っすらと見える写真の中央には、淡い空色が映っていた。
「何か映って来たね」
にやにやと笑いながら、千歳は写真を振るのをやめる。
その瞬間に俺は写真を奪うために伸びる腕をイメージして魔法を使う。
魔法は正常に発動するが、最初から奪うことを決めていた千歳の対策は万全だった。
持っている手を自分の体の影に隠す。
「唯久くん、これが一番印象に残ってるんだね」
どこか楽しそうなその言葉に、俺はなんと答えればいいのかわからない。
「忘れてって言ったじゃん!」
「そんなすぐには無理だって!」
そんな言い合いがアパートに響いた。




