自分の目指すもの その一
校外学習からしばらく経ち、梅雨の時期になった。
重い影を落とす曇天に気持ちも落ち込んでいた。
A組に編入してから二か月。
クラスメイトと仲が良くなるにつれ、自分が段々嫌になってくる。
目標を持ち自分を磨くクラスメイトの隣で、俺はただ魔法を使っている。
猿弥は武器商人を目指すため創造の魔法を鍛え、大鉄は最強を目指し書換の魔法を鍛え、最強の大鉄をサポートするために操作の魔法を覚え、千歳も偉大な魔法使いを目指し、創造の魔法を覚え始めている。
それなのに、俺は目標もなく書換の魔法を使っている。
「夜市さん、どうかしましたか?」
「少し相談があるんですけど」
草部先生に連れられて、教室に戻る。
遠くから聞こえる魔法の音は、俺を責めているように聞こえてくる。
「なるほど。進路についてですか。自分が進むべき道がわからないわけですね」
「はい。目標があってここに入学した皆と違って、俺はただ偶然ここに居るだけですから」
俺がここに居るのは偶然と、学園長の気まぐれ。
本来なら、俺はここに居ないはずで、普通の一般人として適当に生きていたはずだ。
「確かにそうですね。夜市さんは、魔法使いとしての才能はあります。素直な性格もあり、見た物を信じる純粋さもあります。今はそれがあまりよくない方に働いているようですね」
「どういうことでしょうか?」
「周りに感化されているんです。おそらくですが、ついて行くことで精一杯だった今までと違い、考える余裕ができてしまった。校外学習で、他の人の夢に触れ、魔法の世界に触れ、頑張っている人を見て、自分も何かをしないといけない。そう思い始めてしまったんでしょうね。大丈夫です。夜市さんは成長しています。他の人達よりも遅れたスタートなのですから、追いついていないのは当然ですよ」
「……はい」
でも、どうしても焦ってしまう自分がいる。
周りに追いつかないといけないと、心が責め立てる。
「自分を責めない方がいい。そのイメージはあなたを蝕んでしまいますよ」
「善処、します……」
「気分転換に別の魔法を使ってみたらどうですか?」
「そうしてみます……」
結局この後、まともに魔法を使うことはできなかった。
†
「唯久くん、ここ最近調子よくないみたいだけど、大丈夫?」
「体の方は大丈夫」
放課後、曇りから雨に代わり千歳と一緒に傘を並べ下校していると、心配したように聞いてきた。
俺は適当に笑いながら応える。
「悩みがあるなら聞くよ?」
「進路、かな」
話す気はなかったけど、あまりにも心配そうにしている千歳を誤魔化せず、素直に答えた。
草部先生に言ったように、自分の不甲斐なさを千歳に伝える。
「悩む必要はないと思うよ」
幻滅されるだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
微笑みながら優しい言葉を俺にくれた。
「私達も憧れだったり、好きな物に出会ったり、嫌いを克服しようとしたりしてたらそれが夢になって理想になって、気がついたらこうなるんだ! って進む道になったんだよ。だから唯久くんはまずそこからだね。好きな物を探そうよ。それもなしに決めようなんておこがましいからね」
恥ずかしいのか、少しだけ茶化すように言ってきた言葉が、自分の中にスッと入ってきた。
俺の好きな人の言葉だからだろうか、同級生の言葉だからだろうか、草部先生の言葉よりも胸の中にしみ込んでいった。
「そうなのか。そうだな、俺はまだ魔法を何も知らないもんな」
草部先生の言う通りだな。
付いていけている気になっているだけだ。
二か月も過ぎた気がしてるけど、まだ二か月しか経っていないんだよな。
クラスメイトはもう何年も魔法の世界に触れている。
「強くなったつもりになってるだけなんだな」
今までは偶然にも何とか戦えたから、余計に差を感じるのかもしれない。
「そこがまず違うよ。戦うことが魔法の本質じゃないからね」
「違うの? スポーツテストも校外学習もバトルが多かったけど」
「それを主体にする人もいるけどね。魔法はもっと自由だから、大人の魔法使いでも私達より弱い人は結構いるし」
俺達よりも弱いってそれは寧ろ心配になるな。
それで生きていけるのか?
「授業でやっているのは、強い人への対処がメインの護身術だから。格上の人が使う魔法を見るっていうのもあるけど」
「そう言われれば格上ばっかり相手してるよな」
草部先生に宮内先輩達見たな上級生が相手の事が多い。
そのおかげで新しい魔法を使うことも覚えたけど。
「実際は校外学習で見た魔道具の販売が一番多いかもね」
「そう言えば魔道具って見たことないな」
創造で作った銃や人形なんかは見たことあるけど、あれを魔道具とは呼べないよな。
「それなら私の家に来る? 校外学習で見たレベルの物はないけど」
「千歳の家、行っていいの?」
「いいよ。一人暮らしだから両親もいないし」
「へ、へぇー」
本当にそれは行っていいの?
俺男だよ? 両親が不在の密室に男女が二人きりとか、それは本当に大丈夫なの?
もしかして俺って男として見られてないの?
ここは紳士として優しく諭しておかないと、千歳が危険な目に遭ってしまうかもしれない。
千歳を大事にするためにも、ここは自分の欲求に打ち勝っていかないとダメだな。
下半身に素直に生きていては立派な男にはなれないぞ。
「もしかして用事とかあった? それなら別に無理にとは言わないけど」
「全然大丈夫です!」
俺ははっきりと言いきった。
千歳の住むアパートは学校から徒歩十五分くらいの場所にあるらしい。
町の隅々まで知っているわけではないが、そんなに近い場所にアパートがあるとは知らなかった。
駅前の商店街を抜けて住宅街とは反対の方に向かう。
人通りが少ない通りを進んで行く。
この辺りは空き地が多い場所で、子供の時は良く幼馴染の六輔やその妹の小紅ちゃんとよく遊んでいた。
だけどここにアパートとかあっただろうか?
「唯久くん、手を握ってもいい?」
「へ?」
間の抜けた声を上げた俺に千歳は「違うよ、変な意味じゃないから」と大慌てで否定した。
「私のアパートは魔法使い専用なの見つからないように魔法で認識を阻害してるから見えるように魔法を使わないといけなくて! だけどまだ唯久くんはそういうのが使えないだろうから私が使って唯久くんはただ手を握っていればいいだけの状態にしようと思っただけで別に他意があるわけじゃないんだからね!」
「あ、はい」
こんなに慌てるんだってくらいに早口でまくしたてられてしまう。
「じゃあ、手を握ります」
「あ、待って」
俺の手を握ろうとしている千歳にストップをかけ、俺は手を制服に拭う。
さっきの緊張で手に汗をかいてるだろうし、そんな手で千歳と手を握るわけにはいかない。
「そんなことされたら、私も気になるよ」
千歳も俺に倣って手をハンカチで拭いてから改めて俺の手を握る。
すると、目の前に三階建てのアパートが現れた。




