校外学習に行こう その六
「そもそもの話、今東京に魔法使いは住んでないんだよ」
そんな衝撃的な一言を、石塚先輩は四人を捕らえたロープを解きながら言った。
気がつくと魔法は解除されたのか、エスカレータや階段に作られていた壁は消えている。
「東京以外にも、一年が校外学習に向かう拠点は全部学園の土地。毎年の恒例でさ、二年が一年を襲って採点するんだよ。魔法使いは学園の様に優しくはないってのを教えるため」
「そんな訳だから、いきなり襲っちゃってごめんね」
先輩二人が素直に頭を下げた。
本来は怒ってもいいはずなのに、あまりにも先輩達が軽く謝るせいで、怒りを通り越して安堵に変わった。
「でも、よかった。本当に命の危険を感じてたんですよ? 壁にめり込むし、死んだと思いました」
「ごめんね。君達を思ってこそだったんだよ。世界にはこれ以上に危険な人達が沢山いるって教えたかったから」
「宮内は普段争いが嫌いだからな、加減がわからないってのもあるんだ」
「その割に随分言葉が強烈だったんですけど」
「それは宮内の友達に狂暴なのがいるからな。その真似だろう」
確かにフードを取った顔を見ていると、さっきの言葉と違和感がある。
少し垂れた目に柔らかい空気、これは顔を隠さないと善人なのが一発でわかってしまう。
こんな人に、さっき真似していたみたいな過激な人が友達に居ると言うのが驚きだ。
「それで私達の試験結果ってどうなるんですか? 唯久くんと木花さんは勝てたけど、私達四人は負けちゃいましたけど」
「大丈夫。四人共合格だから。特に中平くんの動きが良かった。臨機応変で能力も高い。逆に胡ノ宮さんは動きが良くなかったね」
「そうですよね、ごめんなさい」
「その理由について、今は触れないでおくよ」
石塚先輩は明らかに俺の方を向いて言った。
千歳の事だし、俺達が別行動しているんだし気になって集中できないんだろう。
「それに石ちゃんは二年生の次席だから勝てないのが普通だよ」
「あの強さで次席って……、主席はどんな人なんですか?」
均が引いているってことは相当強かったんだろうな。
どんな魔法を使ったのか気になる。
「さっき話題に出た宮内の友達だよ。俺なんか手も足も出ない程に強いぞ」
四人の顔から血の気が引いている。
俺と木花は宮内先輩でラッキーだったのかもしれない。
「ちなみに宮内先輩はどのくらいですか?」
「上位五人には入るぞ」
「そんなつもりはないんだけどね。ハウンド達も、パワードも元はアニマルセラピーとか介護用の魔法だし」
あの犬に果たしてセラピーの効果があるのだろうか。
しかもハウンドって呼んでるし、それ猟犬みたいな意味だった気がするんですが……。
「誤解しないで欲しいんだけど、ペットの本当の姿はこっちだから」
ふわりと魔法で出てきたのは可愛らしい犬だった。
小型から大型までの犬は魔法とは思えないほどにふわふわで、人懐っこい。
さっきまで負けて落ち込んでいた四人も、三匹に触れあって笑顔に変わった。
「これが本当の姿。さっきのは敵っぽくしないといけなかったから、あんな見た目だったんだよ?」
†
「それじゃあそろそろ本当の校外学習に行こうか」
先輩達との交流を深めるために、持ってきていた弁当を全員で分けながら昼食を終えると、石塚先輩が立ち上がりそう宣言した。
「校外学習の目的は試験だけじゃないから、本当に魔法使いが商売している所を見学するの。これから行くところは学園が経営している建物だから、危ない人はいないよ」
「次は三年生とバトルとかは言わないですよね?」
「言わない言わない。さっきのバトルも自分に足りない部分や、自分のレベルの確認するためだ。自分達は弱いということを理解しないと、心が折れた時に立ち治れなくなるからな」
どうやらこの校外学習は色々な要素が必要以上に絡み合っているらしい。
それから先輩達と最初に作られた扉を潜り、新しい場所に移動する。
「今回東京組が見る場所はここ。日本最大級の魔道具商店街だよ」
そう言って宮内先輩が紹介した場所は、俺が今までに見たことのない空間が広がっていた。
元々ショッピングモールとして存在している建物では様々な商品が売られていた。
空飛ぶ箒、召喚獣と書かれたペット、魔法が込められているであろう宝石が、吹き抜けの広い空間の全方位で売られていた。
床や元々あった店舗にはもちろん、天上や空中の様な通常はあり得ない場所で店を開いている。
「ここが、都会の商店街は立派でしょ? 立派過ぎて私達学生が気軽に買える値段じゃないけどね」
ちらりと並ぶ商品の値札を見ると、学生の俺からしたらもう紙幣価値は無くなったのかと思う程の金額だった。
きっとそれなりの効果が期待できるんだろうけど、ここは宮内先輩の言うように学生が手を出していい店じゃないらしい。
「ちなみに私の将来の夢はここにお店を出すことです」
「宮内はサポート系の魔法を使うからね。まだ魔法を固定できないけど」
「二年生でも固定するのは難しいですね」
魔法の固定ってのは、確か実在を確定させるってことだっけか。
魔法を行使した人が死んでも、その効果は永続させることができる技術だっけか?
それができないと確かに商品にはならないよな。
気を抜いた瞬間に商品が無くなるってのは最悪だしな。
「三年生でも半分くらいしかできないらしいよ」
「そんなにですか!?」
それは予想外だった。
それを考えると本当にこの鏡の世界は凄いんだな。
地球を丸々一つコピーして自動再生もあって、ライフラインも動く。
人類が発展してもそれについて行くって、もう無茶苦茶にも程がある。
千歳はそんなのを目標にしてるのか……。
凄い目標があるんだなと千歳を見ると、店の商品を見て楽しそうにしている。
「先輩たちは目標ってありますか?」
「ある」
「あるよ」
はっきりと断言した二人の目は、直視できない程に眩しいものだった。
猿弥や大鉄も目標はあった。
やっぱり、俺だけが遅れてるんだな。
「唯久くん、これ凄いよ」
楽しそうに話しかけてくる千歳に、俺は少し引け目を感じていた。




