校外学習に行こう その五
「後はお前を倒すだけだろ?」
「ペットを倒したくらいでいい気になられても困るんだけどね」
敵が着ていたマントは風もなく持ち上がり、そのまま自身の体に巻きついた。
こいつ女か?
マントが巻き付く体には男とは違うなだらかな起伏がある。
相変わらず顔は見えないが女なのは間違いないらしい。
俺も戦闘に備え、近くの家電に手を伸ば――
「反応が悪い」
瞬きはしていない。
していないのに、気がついたら目の前に敵がいた。
それに気がついた時には衝撃と共に壁に向かって飛んでいた。
「がはっ……」
何が起ったかも認識できないまま壁にたたきつけられ、ぶつかった衝撃に遅れて腹部と背中に痛みが襲う。
沸き上がる胃液、口に広がる鉄の味、敵の突き出された拳を見て初めて殴られたのだと理解できた。
「やっぱり期待外れか。後はそこの女子を気絶させてから二人とも持って行くか」
「に、げ……」
声が出ない、木花は逃がしてやらないと……。
何か、書き換えて武器にしないと、何かないのかよ、何か!
あるじゃないか、こんなに近くに、こんなにデカいのが。
「少し痛いよ」
書換の魔法を発動する。
イメージはあいつを倒せる強靭な腕だ。
そのイメージに反応し、地面が大きく隆起する。
周囲のコンクリート、展示されている商品を巻き込み顕現した巨人の手は敵の拳を受け止める。
「木花、俺の後ろにいろ。お前は俺が守るから」
体中が悲鳴を上げ、足も力が入らない。
指一本動かすことさえ痛みが伴う。
そんな瀕死の体に鞭をうち、木花を庇うように前に立つ。
「カッコいいね。一撃止めたくらいで勝てるつもりか?」
「相打ちくらいを狙うさ」
きっとまた突然前に現れて、俺を殴り飛ばすつもりだろう。
そう読んでいた。
だから俺のすることはただ一つ。
真正面に拳を出す、ただそれだけだ。
「そう来るとは思ってなかった。この速度にパンチを合わせようとするなんて、君は馬鹿なのかな?」
狙いは合っていたが、俺の力が足りない。
殴ったこっちがダメージを負うほどに、向こうの防御は固い。
あれはパワードスーツの役割があるのか。
強固で強靭、攻撃も防御も速度も上げる万能スーツ。
そういう使い方もあるんだな。
「手、大丈夫かい? 血がにじんでるよ」
「心配してくれるなんて余裕だな。まだ戦えるから」
血と痛みがにじむ拳を気合いで握り直す。
こちらが構えているのに、向こうは何のアクションも起こさない。
俺が動くのを待っているのか、それともただ余裕を見せているだけか。
「そっちの子はさ、何もしないの? 男子に助けて貰うだけでいいの? そんなに怖いならこっちの世界に来ちゃダメだよ。お家で大好きな人形遊びしてなよ」
「戦えなきゃいちゃいけないのか?」
「いや、勇気が必要だって言ってるんだよ。戦うのも逃げるのもせず誰かに守られるだけの魔法使いはいらないな」
そう告げた瞬間明確な敵意が向けられる。
そして視界から敵が消えた。
拳を前に出さないと。
右手に力を入れた瞬間、俺は壁に埋まっていた。
「がはっ……!」
殴られたのか? 最初にくらった一撃よりも圧倒的に早くて強い一撃。
理解もできないまま、俺は壁に埋め込まれてしまう。
体に力が入らない。
体から力が抜けている。
指一本動かせない。
「木花……。逃げろ……!」
「彼はああいってるよ。どうするんだい? 逃げるか、戦うか選びなよ。それくらいの猶予はあげるよ」
木花は完全に戦意を削がれている。
恐怖が顔からにじみ、すでに負けている。
俺が大鉄に勝てなかったように当然のように負けてしまう。
「君は期待外れ。だからいらない。彼にもう少し遊んでもらおうかな」
「待って、ください」
「なにかな?」
「私が戦います。だから夜市さんには手を出さないで!」
木花の人形が全て立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
その勇ましさは確かに凄いが、明らかに気持ちが負けている。
「少しはマシだけど、まだまだ足りないね」
敵の攻撃で人形が一体四散した。
俺にはその一撃で全てが決着した様に思えた。
どうしてもその人形が自分と重なってしまう。
自分がその人形と同じ運命を辿るのだと、頭の中でイメージしてしまう。
「その魔法は私が見たことない魔法だね」
「私に戦う力はありませんけど、私はもう負けません」
何を考えているのか、木花は一歩ずつ敵に近づいて行く。
それに対してなぜか敵が距離を取っていく。
「それを超える魔法を今作るのは難しいかな。でも、その魔法は随分受け身の魔法だと思うけど?」
「そうですね。でも、私達の勝ちです」
「ぐっ……」
目を放していたわけではないのに、突拍子もなく、敵が苦しみ血を吐いた。
それに合わせて俺の体から痛みが消えた。
「そうか、そういう使い方もできるわけだ。気をつけるのは糸だったわけだ……」
そう言った敵は、自分の前にある何かを払う動きをした。
そして、それが室内の明かりに照らされる。
それは一本の糸だった。
糸の先につながるのは俺の体。
俺はようやく何が起ったのか理解できた。
糸によるダメージの移動。
さっきの攻撃は人形を壊したのではなく、木花に向けられていた。
そのダメージは人形が肩代わりし、結果人形が弾けた。
今敵が受けたダメージは俺が受けたダメージ。
俺の体に残るダメージは全て敵が肩代わりした。
だから俺の体から痛みが消えた。
「ついてないな。今ってこんなに成長するんだな。参った、完敗だよ」
流石に俺が受けたダメージは大きく、完治した俺と、ダメージを返せる木花の前では負けを認めたらしく、素直に降参した。
「それじゃあ、この壁の魔法を解いて――」
魔法を解いてくれという前に天井が崩れた。
「宮内、お前は負けたんだな」
「石ちゃん、そうなんだよね。やっぱり私に戦闘は向いてないんだよ」
「こっちは勝ったぞ。ほら」
そこには縄に縛られた四人が居た。
大した外傷はなさそうで、四人はがっかりと項垂れている。
その悲壮感に助けに行くことも少しだけためらわれた。
空から降って来た男も、捕まえた四人に興味は無いようで、全員を地面に降ろしたらロープから手を放している。
「あの、これってどういうことですか?」
「ああ、これが今回の試験。名乗り忘れてたけど、私は宮内麗奈。二年A組」
「俺は石塚鋼。同じく二年A組だ」
「よろしくお願いします。……じゃなくて、試験とか一体何のことなのかを聞いてるんだよ! 俺達はここには魔法使いが生活していて、その生活を目の当たりにするってのが目的だと思っていたのに、なんで試験をするということになっているのか答えてください!」
「一年生に伝えられているのは全部嘘だからな」
石塚先輩は何の気なしにそう言った。




