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七夕転生 ~追放令嬢は星を織る~  作者: 月代


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第4話 願いの代償


 アステリアで目覚めてから、一ヶ月近くが過ぎた。


 私は、毎日、星を織っていた。


 朝は、朝露のような淡い星を。

 夜は、燃えるような濃い星を。


 織るたびに、私の指は、なめらかになっていった。

 もう、糸を落とすことも、なくなった。


 楽しかった。

 こんなに、何かを楽しいと思ったのは、初めてだった。


 けれど。


 ある日、私は、あることに気づいた。


「ねえ、ノクス」


 私は、足元の黒猫に尋ねた。


「私の、お父様の顔。

 思い出せないの」


 ノクスの、しっぽが止まった。


「……お父様の?」


「そう。

 侯爵家の、お父様。

 髪の色も、声も、もう」


 私は、記憶をたどった。


 大広間。

 断罪の日。

 あのとき、お父様は、自分の靴の先を見ていた。


 その「靴の先を見ていた」ことは、覚えている。


 でも、その顔が、思い出せない。

 輪郭が、霧のように、ぼやけている。


 妹の顔も。

 婚約者だった人の顔も。


 みんな、少しずつ、薄れていた。


「ノクス」


 私は、黒猫を見た。


「これ、普通のことなの?」


 ノクスは、答えなかった。


 金色の目が、私から、そらされた。


 猫が、目をそらす。

 それは、答えたくない、ということだ。

 人と、同じ。


「代償なのね」


 私は、静かに言った。


 ノクスの耳が、ぴくりと動いた。


「……気づいていたか」


「なんとなく。

 最初に、あなたが言ったもの。

 この世界に、ただの奇跡はないって」


 ノクスは、ため息をついた。

 猫のくせに、人間くさいため息だった。


「星織りは、力を使う。

 器の中の、いちばん深いものを、燃やして」


「いちばん、深いもの」


「お前にとっての、それは――前の世界の、記憶だ」


 私は、自分の手のひらを見た。


 この手で、たくさんの星を織った。

 その一枚一枚が、私の記憶を、燃やしていた。


 お父様の顔を。

 妹の声を。

 あの家の、庭の匂いを。


 少しずつ、支払っていた。

 気づかないうちに。


「セレスティア」


 背後から、声がした。


 ヴェガだった。


 いつからそこにいたのか、わからない。

 彼は、いつも、音もなく現れる。


「その話は、私から、するつもりだった」


 彼の顔は、暗かった。

 自分の靴の先を見ていた、お父様のように。


 いや。

 違う。


 お父様は、私を見なかった。


 ヴェガは、私を、まっすぐ見ていた。


「知っていて、私に織らせたの」


 私は、聞いた。

 責める気は、なかった。

 ただ、知りたかった。


「……ああ」


 ヴェガは、認めた。

 目を、そらさずに。


「最初は、そうだった。

 私は、私の願いのために、お前を呼んだ」


「あなたの、願い」


 ヴェガは、頭上の川を見上げた。


「千年前。

 私には、一人の巫女がいた」


 彼の声は、遠かった。


「その者も、星を織った。

 私のために。

 そして――織りすぎて、消えた」


 消えた。

 その言葉に、私の胸が、冷えた。


「私は、彼女の願いを、叶えられなかった。

 ただ一つの、願いを」


「……それは、何だったの」


 ヴェガは、少しの間、黙った。


「もう一度、会いたい。

 ――それだけだった」


 私は、彼を見た。


 千年、一人だった神。

 その理由が、今、わかった。


 この人は、待っていたのだ。

 消えた巫女に、もう一度会うことを。


 だから、私を呼んだ。


 ――ああ。


 胸の奥が、ちくりとした。


「私は」


 私は、震える声で言った。


「その人の、代わりなのね」


 言ってしまってから、後悔した。

 でも、言葉は、もう、戻らなかった。


「違う」


 ヴェガは、即座に言った。


 強い声だった。

 今まで聞いた中で、いちばん強い。


「違う、セレスティア」


 彼は、私に近づいた。

 そして、私の目の高さに、身をかがめた。


「私は、彼女を待っていた。

 だが、お前を呼んだのは――」


 彼の手が、私の頬に触れた。

 冷たい指だった。

 なのに、触れられた場所が、温かかった。


「お前の、願いを、聞いたからだ。

 誰かに、大切にされたい。

 その声が、放っておけなかった」


 私は、目を見開いた。


「代わりなら、誰でもよかった。

 だが、私は、お前が消えるのは、嫌だ」


 ヴェガの声が、揺れた。


「もう、二度と。

 誰かが消えるのを、見たくない」


 その言葉に、嘘は、感じられなかった。

 根拠は、彼の指の震えだった。

 頬に触れた、その指が、震えていた。


「だから、決めた」


 彼は、私の頬から、手を離した。


「星織りは、もう、させない。

 お前の記憶は、これ以上、燃やさせない」


「でも、それじゃあ、あなたの――」


「いい」


 ヴェガは、首を振った。


「千年、待った願いより。

 今、目の前で笑うお前のほうが、大事だ」


 私は、言葉を失った。


 この一ヶ月、私は、たくさんの星を織った。

 その意味を、今、知った。


 私は、記憶を、失っていた。

 過去を、失っていた。


 でも。


 過去のあの家で、私は、大切にされなかった。


 失って、惜しい過去なのだろうか。


 ――違う。


 私は、静かに、思った。


 私は、この人の隣で、星を織っていたい。

 たとえ、あの家のことを、全部忘れても。


 それは、逃げではなかった。

 初めて、自分で選ぶ、私の願いだった。


「ヴェガ様」


 私は、彼の手を、取った。


「私、まだ、織りたい」


「セレスティア――」


「決めるのは、あなたじゃない。

 私の記憶は、私のものよ」


 ヴェガの目が、揺れた。


「今度こそ守る。

 たとえ、私が神でなくなったとしても」


 その言葉を、私は、しっかりと聞いた。


 消えた巫女に、言えなかった言葉。

 それを、彼は、私に言った。


 私たちは、二人とも、待っていた。


 誰かに、こう言ってもらえる日を。


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