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七夕転生 ~追放令嬢は星を織る~  作者: 月代


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第3話 傾く故郷


 セレスティアを追放して、一月あまりが過ぎた。


 俺は、執務室の窓辺に立っていた。

 手には、一枚の報告書がある。


 ヴェイル侯爵家に関する、報告書だった。


「また、か」


 俺は、それを机に放った。


 この一ヶ月で、三度目だ。


 ヴェイル家の商船が、沈んだ。

 東の鉱山が、崩れた。

 領地の井戸が、涸れた。


 どれも、偶然と言えば偶然だ。

 だが、三つ続くと、偶然とは呼びにくい。


「殿下」


 側近のレオが、扉から顔を出した。


「アリエス嬢が、面会を求めております」


 アリエス。

 セレスティアの、妹。


 あの断罪の日、涙を流していた少女だ。


「通せ」


 ほどなく、アリエスが入ってきた。


 俺は、少しだけ、違和感を覚えた。


 一ヶ月前と、顔つきが違う。

 目の下に、影がある。

 化粧では、隠しきれていない。


「殿下」


 彼女は、俺の前で膝を折った。

 その手が、震えている。


「どうか、助けてください。

 我が家が、我が家が、めちゃくちゃなのです」


「落ち着け。何があった」


「わからないのです!

 姉がいなくなってから、何もかも――」


 そこまで言って、アリエスは口をつぐんだ。


 自分の言葉に、自分で気づいたようだった。


 姉がいなくなってから。


 俺の頭の中で、その言葉が引っかかった。


「アリエス嬢」


 俺は、机の引き出しを開けた。

 中から、あの宝石箱を取り出す。


 証拠として、王家が預かっていたものだ。


「この箱のことで、聞きたい」


 アリエスの肩が、跳ねた。


「な、なぜ、その箱を」


「セレスティアの寝台の下から、見つかった。

 そう、お前は言ったな」


「はい……そう、です」


「妙なんだ」


 俺は、箱を光にかざした。

 蓋の裏に、細かい傷がある。


「この箱には、ヴェイル家の紋がある。

 王家の首飾りを入れる箱に、なぜ、ヴェイル家の紋が?」


 アリエスの顔から、色が引いた。


「そ、それは……姉が、盗んで、移し替えたのでは」


「移し替えた?

 盗んだ品を、わざわざ自分の家の紋の箱に?

 寝台の下に、隠すために?」


 俺は、アリエスを見た。


「盗人が、そんな間抜けなことをするか」


 部屋が、静かになった。


 アリエスは、答えない。

 ただ、指先が、忙しく動いていた。

 ドレスの裾を、握ったり、離したり。


 その動きを、俺はどこかで見たことがあった。


 ――ああ。


 セレスティアだ。


 あの断罪の日。

 弁明を封じられたセレスティアは、こうして裾を握っていた。


 いや。


 違う。


 セレスティアは、握らなかった。

 彼女は、まっすぐ立っていた。

 最後まで。


 俺を、見ていた。


 あのとき、彼女の目は、何を待っていたのか。


 ――本当なのか、と。


 俺が、一度でも問い返すのを。

 彼女は、待っていた。


 俺は、それをしなかった。


「失望した」


 あのとき、俺はそう言った。


 失望していたのは、どちらだったのだろう。


「殿下」


 アリエスの声が、震えていた。


「姉のことなど、もう、どうでもいいでしょう?

 あの人は、いなくなったのです。

 わたくしを、選んでくださったではありませんか」


 俺は、アリエスを見た。


 一ヶ月前、俺はこの少女の涙を信じた。

 姉の沈黙より、妹の涙を。


 なぜ。


 涙のほうが、わかりやすかったからだ。

 沈黙より、ずっと。


 俺は、わかりやすいほうを、選んだだけだった。


「アリエス嬢」


 俺は、静かに言った。


「この箱を、正式に調べ直す。

 王家の名において」


「そんな……!」


「潔白なら、恐れることはないだろう」


 アリエスは、立ち上がった。

 その顔は、もう、あの日の可憐な少女ではなかった。


「あの女が!」


 叫び声だった。


「あの女が、いけないのよ!

 いつも、いつも、黙って!

 黙って、わたくしより先に、何もかも――」


 そこで、彼女は言葉を切った。


 自分が、何を言いかけたのか。

 気づいた顔だった。


 俺は、何も言わなかった。


 言う必要は、なかった。


 彼女は、たった今、自分の口で、答えを言いかけた。


 いつも黙っていた姉。

 その姉に、先を越されていた妹。


 何を、先に持っていた?


 俺には、まだ、わからない。


 だが、一つだけ、はっきりしたことがある。


 俺は、間違えた。


 守るべきだった人を、自分の手で、外へ放り出した。


「セレスティアは、今、どこにいる」


 俺は、レオに尋ねた。


 レオは、目を伏せた。


「追放されたあと……村で、姿が見えなくなったと。

 雨の、ひどく冷たい夜だったそうです」


 窓の外を、俺は見た。


 空が、暗かった。


 あの夜も、雨だったのだろうか。


 俺が城の中で、暖かい火のそばにいたとき。


 彼女は、どこを、歩いていたのだろう。


「……セレスティア」


 声に出しても、届かない名前だった。


 もう、遅い。


 その言葉だけが、胸の中で、静かに響いていた。



 その夜、俺は、一睡もできなかった。


 机の上の宝石箱を、ずっと見ていた。


 蓋の裏の、ヴェイル家の紋。


 この小さな紋が、一人の少女の人生を、壊した。


 いや。


 壊したのは、紋ではない。


 それを見て、確かめなかった、俺だ。


「あの子を……どこへやった」


 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。

 ヴェイル侯爵の、声に似ていた。


 だが、誰の声であれ、もう、遅かった。


 その声は、もう、誰にも届かない。


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