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七夕転生 ~追放令嬢は星を織る~  作者: 月代


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第2話 星を織る少女


 どれくらい、目を閉じていたのだろう。


 まぶたの裏が、明るい。

 私は、ゆっくりと目を開けた。


 空が、近かった。


 いや、空ではない。

 星だった。


 無数の光の粒が、手の届く高さを漂っている。

 蛍のように。

 けれど、蛍よりずっと静かに。


 私は、その一つに手を伸ばした。

 指先をかすめて、星は逃げていった。


「起きたか」


 声がした。

 足元のほうから。


 見下ろすと、黒い猫がいた。


 私を、まっすぐ見上げている。

 金色の目だった。


「ずいぶん長く寝ていたぞ。

 三日と、半分だ」


 猫が、喋った。


 私は、口を開けたまま固まった。


「なんだ、その顔は。

 猫が喋って、そんなに驚くか」


「……驚くわ」


 やっと、それだけ言えた。


 猫は、鼻を鳴らした。

 呆れたように。


「私はノクス。

 星の使いだ。

 ここはアステリア。星が地上に降りる世界」


 ノクス、と私は口の中で繰り返した。


 立ち上がろうとして、体がふらついた。

 地面に手をつく。


 その地面が、やわらかく光った。

 触れたところから、波紋のように。


「……何、これ」


「星の砂だ。

 お前が触れると、光る」


「私が?」


「そうだ」


 ノクスは、しっぽを揺らした。


「お前は、織姫の器。

 数百年に一人しか現れない、星織りの才を持つ者だ」


 織姫の器。

 聞いたことのない言葉だった。


 私は、自分の手のひらを見た。

 さっき星の砂に触れた指先が、まだ淡く光っている。


 こんな力、私にはなかった。

 あの家では、何ひとつ、特別なんてなかった。


「人違いよ」


 私は、そう言った。


「私は、ただの――」


「セレスティア・ヴェイル」


 別の声が、私の言葉をさえぎった。


 低い声だった。

 夜そのものが、喋ったような。


 振り返る。


 少し離れた場所に、人が立っていた。


 青年だった。

 夜を溶かしたような、濃い藍色の髪。

 瞳は、夜空の色をしていた。


 その体の輪郭が、うっすらと光っている。

 星を、纏っているように。


「……あなたは」


「ヴェガ」


 彼は、それだけ言った。


「この天を統べる者だ」


 天を統べる。

 つまり、神。


 私は、思わず身を引いた。


 神という言葉に、優しい響きはなかった。

 私を裁いた、あの大広間を思い出した。


 高いところから、人を見下ろす者。

 この人も、そうなのだろう。


 そう、思った。


 ヴェガが、一歩、近づいてきた。

 私は、また一歩下がった。


 彼の足が、止まった。


 夜空の瞳が、わずかに揺れた気がした。

 揺れた、と思っただけだ。

 暗くて、確かなことはわからない。


「怖がらなくていい」


 彼は、そう言った。

 言い慣れていない声だった。


 言葉と言葉の間が、ぎこちなく空いていた。


「私は、お前を害さない」


「……なぜ、そう言えるの」


「私が、お前を呼んだからだ」


 私は、彼の顔を見た。


「呼んだ?」


「願いを、聞いた」


 ヴェガの視線が、私の胸のあたりに向いた。


「今度こそ、誰かに大切にされたい。

 ――そう、書いただろう」


 息が、止まった。


 あの短冊。

 雨の中で、誰にも聞かれないように書いた、あの願い。


 それを、この人は知っている。


「どうして、それを」


「天の川を通って、ここに届いた」


 ヴェガは、空を見上げた。


 その視線を追う。

 頭上を、白い川が流れていた。

 村で見た、あの川だった。


「千年、待っていた」


 彼が、ぽつりと言った。


「私の願いを、叶えてくれる者を」


 その声には、疲れがあった。

 長く、一人でいた者の声。


 私は、少しだけ、身を引くのをやめた。


 この人も、待っていたのかもしれない。

 誰かを。


 それは、根拠のない想像だった。

 けれど、あの声を聞いて、そう思った。


「私に、何をしろというの」


「星を、織ってほしい」


 ヴェガが、手を差し出した。


 その手のひらの上に、光の玉が浮かんだ。

 玉から、細い糸が一本、垂れている。


「触れてみろ」


 私は、ためらった。


 でも、あの糸は、雨の夜に触れた糸と同じ色だった。

 温かかった、あの糸と。


 私は、手を伸ばした。

 指先で、糸をつまむ。


 温かい。

 やっぱり、温かかった。


「引いてみろ。

 ゆっくりでいい」


 言われるままに、糸を引いた。


 するすると、糸が伸びてくる。

 私の指の動きに、光がついてくる。


 指を回すと、糸は輪を描いた。

 もう一度回すと、輪が重なる。


 気づけば、私の指の間に、小さな布ができていた。

 星をすき込んだ、光る布が。


「……できた」


 自分の声が、少し弾んでいた。


 こんな声、久しぶりだった。


 ノクスが、私の足元で言った。


「初めてで、これか」


 その声に、からかいはなかった。


「やはり、器だな」


 私は、手の中の布を見つめた。


 あの家では、何もできない子だった。

 地味な姉。

 妹の影。


 でも、ここでは。

 この光る布を、私は、私の手で作った。


 鼻の奥が、つんとした。


「気に入ったか」


 ヴェガの声だった。


 顔を上げると、彼が私を見ていた。


 その口元が、ほんの少しだけ、動いた気がした。


 笑った、のかもしれない。

 断言は、できない。

 すぐに、元の顔に戻ってしまったから。


 でも。


 冷たい神だと思っていたその人が、

 私の作った布を、見ていた。


 高いところからではなく。

 同じ、目の高さで。



「ヴェガ様」


 私は、彼を呼んだ。

 自分でも、意外なほど自然に。


「私、もっと織れるかしら。

 この布を」


 ヴェガは、少しの間、黙った。


 それから、静かに答えた。


「ようやく見つけた。

 ――私の願いを、叶えてくれる人」


 その言葉の意味を、このときの私は、

 まだ、半分も理解していなかった。


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