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七夕転生 ~追放令嬢は星を織る~  作者: 月代


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第5話 星逢の夜に


 第4話の夜から、数日が過ぎた。


「今夜だ」


 ノクスが、言った。


 私は、丘の上に立っていた。

 隣には、ヴェガがいる。


 頭上の天の川が、いつもより、ずっと細い。

 糸のように、細かった。


「一年に一度」


 ヴェガが、空を見上げて言った。


「天の川が、最も細くなる夜。

 星逢祭だ」


「星逢祭」


「この夜だけは、二つの世界が、触れ合う。

 ――お前の、いた世界とも」


 私は、息を呑んだ。


 あの世界。

 私が、追放された世界。


「声が、届くことがある」


 ヴェガは、静かに続けた。


「向こうからの、声が。

 この夜だけは」


 彼が言い終える前に。


 風が、吹いた。


 その風に、声が、混じっていた。


 ――セレスティア。


 私は、体を、こわばらせた。


 知っている声だった。

 薄れかけた記憶の、いちばん奥にある声。


 ――セレスティア。すまなかった。


 お父様の、声だった。

 顔は、もう思い出せない。

 でも、声は、覚えていた。


 ――戻ってきて。お姉様。


 妹の声も、した。

 あの、涙を流していなかった、妹の。


 ――俺が、間違えていた。


 婚約者だった人の、声。


 声は、いくつも、重なって聞こえた。

 風の中で、私を、呼んでいた。


 戻ってきて。

 許してほしい。

 お前が、必要なんだ。


 私は、天の川を見上げた。


 あの細い川の、向こう。

 そこに、私の生まれた世界がある。


 戻れる。

 今夜なら。


 そう、思った。


 一ヶ月前の私なら。

 この声を、待っていただろう。


 誰かに、必要とされる声を。

 大切にされる声を。


 ――今度こそ、誰かに大切にされたい。


 あの短冊に書いた、願い。


 その願いが、今、向こうから、届いていた。


「セレスティア」


 ヴェガが、私を見ていた。

 何も、言わなかった。


 止めもしなかった。

 急かしもしなかった。


 ただ、私の答えを、待っていた。


 その顔を見て、私は、気づいた。


 ――ああ。


 この人は、私に、選ばせてくれる。


 あの大広間では、誰も、私に選ばせてくれなかった。

 弁明も、させてくれなかった。


 でも、この人は、違う。


 私は、天の川に、手を伸ばした。


 届きそうだった。

 あと少しで、あの声に、触れられそうだった。


 そして。


 私は、手を、下ろした。


「聞こえているわ」


 私は、風に向かって、言った。


「お父様。アリエス。ジュリアン様」


 声が、届くかどうかは、わからない。

 でも、言わずには、いられなかった。


「あなたたちの声は、聞こえた。

 だから、もう、いいの」


 風が、少し、弱まった気がした。


「私は、戻らない」


 私は、はっきりと言った。


「あの家で、私は、大切にされなかった。

 でも、それを、恨んではいないわ。

 もう、思い出せないもの。

 ――思い出せなくて、よかった」


 声が、遠ざかっていく。


「私の願いは、もう、叶ったの。

 ここで」


 私は、ヴェガのほうを、向いた。


 彼は、私を見ていた。

 その目に、光が、にじんでいた。

 星のせいだと、私は思うことにした。


「ヴェガ様」


 私は、彼に、手を差し出した。


「一緒に、織りましょう」


「一緒に?」


「私、考えたの」


 私は、微笑んだ。


「一人で織るから、私の記憶が、燃えるのでしょう?

 なら、二人で織れば、いいわ。

 半分ずつ、分け合えば」


 ヴェガの目が、見開かれた。


「そんな方法は――」


「ないなら、作りましょう」


 私は、彼の手を、握った。


「あなたは、神でしょう?

 なら、一緒なら、きっと、できる」


 ヴェガは、しばらく、動かなかった。


 それから、ゆっくりと、私の手を、握り返した。


「……お前は」


 彼の声が、かすれていた。


「本当に、あの巫女とは、違うな」


「そうよ」


 私は、笑った。


「私は、私。

 セレスティアよ」


 私たちは、二人で、糸を取った。


 一本の糸を、二人で、引く。


 私の指と、彼の指が、触れ合う。


 糸が、光った。

 今までで、いちばん、強く。


 一人のときとは、違う光だった。

 温かくて、まぶしくて。


 そして、私の記憶は、燃えなかった。


 わかった。

 感覚で、わかった。


 燃えるはずの何かが、燃えていない。

 二人で、支え合っているから。


「……できた」


 ヴェガが、つぶやいた。


 彼の手の中に、私の手の中に。

 一枚の布があった。


 二人で、織った、星の布。


 それは、天の川よりも、明るかった。


「セレスティア」


 ヴェガが、私の名を、呼んだ。


「私の、隣にいてくれ。

 これから、ずっと」


 私は、頷いた。


 頷きながら、思った。


 あの雨の夜。

 短冊に書いた、子どものような願い。


 ――今度こそ、誰かに大切にされたい。


 その願いは、消えなかった。


 ただ、届く場所を、変えただけだった。


 あの家では、なく。

 この、星の降る世界に。


「私の願いは」


 私は、ヴェガを見上げて、言った。


「あなたの隣で、星を織り続けること」


 頭上で、天の川が、ゆっくりと、太くなっていく。


 星逢の夜が、終わろうとしていた。


 二つの世界は、また、離れていく。


 でも、私は、もう、振り返らなかった。


 私の願う場所は、ここに、あるのだから。


 足元で、ノクスが、小さく鳴いた。


「……やれやれ」


 その声は、どこか、嬉しそうだった。


 夜が、明けていく。


 新しい朝の光が、二人で織った布を、照らした。


 布は、朝の中でも、静かに、光り続けていた。



 それから、私たちは、毎晩、二人で星を織った。


 一人では、届かなかった光。

 二人でなら、届く光。


 千年の孤独も。

 捨てられた願いも。


 全部、この光の中に、織り込んで。


 ――おしまい


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