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虐げられた令嬢は、天才魔術師の最愛となる~魔術師様、私たちは仮初めの関係ではなかったのですか!?  作者: 魚谷


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9 悔し涙

 コンテスト当日は快晴に恵まれた。

 そこには大人から子どもまで大勢の魔術師たちが勢揃いしていた。

 参加者がいるのは、普段、騎士団が訓練場として使用している場所。

 中でも注目を集めるのはアマンダとディートハルト、そしてサマンサと宮廷魔術師のペア。

 サマンサはかなり自信満々の様子。


(相手が誰であろうと関係ない。絶対に優勝してみせるわっ)


 アマンダはぐっと拳を握る。

 審査員席には騎士団長の幹部たち、審査員長には魔法の世界を長年リードしてきた老学者、クベット子爵の姿があった。

 客席には、未来の王太子妃の活躍を見届けるためか、国王夫妻と王太子の姿もあった。

 騎士団長が開会挨拶のために立ち上がる。


「ではこれよりコンテストを開催いたします。参加者の皆様には事前にお伝えした通り、この訓練場から王宮の特設会場にあるテントまでこちらが用意した指示書に書かれたメッセージを伝えてもらいます。メッセージを確認した場合、王宮の特設会場から花火が打ち上がる仕掛けとなっており、ここから王宮まで指示書の内容が伝わるまでの時間を計測いたします。二十分を超過した時点で失格といたします」


 いよいよコンテストが開始される。

 アマンダたちは最後だ。

 ちなみにアマンダが訓練場、そしてディートハルトが特設会場を担当する。

 事前に特設会場のどこが一番、魔法陣を設置するのに相応しいかは特定済みだ。


「ディートハルト様は特設会場のほうへお願いします」

「サマンサがいるが、一人で平気か?」

「大丈夫です。今の私はもう昔の私ではありませんから。それに、こんな大勢の人がいる前で何かができるほど、サマンサは豪胆ではありません」

「……分かった」


(ディートハルト様が心配してくださるなんて)


 胸の中がくすぐったい。

 参加者たちはみんな工夫を凝らして、コンテストに臨んでいる。

 書状を運ぶ人間に加速魔法をかけたり、書状そのものに幻影魔法をほどこして偽装し、実際は人間が走って運んだり。


「アマンダ」


 サマンサが近づいてくる。

 学校で見かける自信なさげな彼女とは違い、今日はいつになく余裕がある。

 それだけ今回のコンテストには自信があるのだろう。


「何?」


 全く関心を払っていないアマンダの態度に、サマンサの顔に苛立ちが過ぎるが、他の参加者がいる以上、癇癪を爆発させられない。


「ディートハルト様がついているせいか、ずいぶん余裕ね。彼に何もかもやってもらったせいかしら?」

「あなたじゃないんだから、そんなことはしない。ディートハルト様と協力して、今日のための準備を進めてきたの。あなたこそ、宮廷魔術師さんにおんぶに抱っこだったんじゃない? だって、あなたは叔父様と同じように、並よりも劣った魔術師、でしょう」


 サマンサは目を吊り上げ、睨み付けてくる。口が開けかけ、怒鳴る素振りを見せたが、ぎりぎりでこらえ、笑みを見せた。


「言っておくわ。優勝するのはわたくしよ」

「そう」


 アマンダの薄い反応が気に入らないのか、サマンサはフン、と鼻を鳴らして立ち去った。

 いよいよサマンサの番だ。

 彼女は自信満々に人々の前に進み出ると、芝居がかった仕草でうやうやしく国王夫妻、王太子に一礼すると詠唱をはじめる。


「出でよ、使い魔。力強き翼、たくましき体躯を持ちし、番人よ!」


 詠唱呪文により、使い魔が生み出された。

 おお、と場内から感嘆の声が漏れる。

 生み出した使い魔は、力強い翼を持ったガーゴイル。

 使い魔の質では断トツなのは明らか。

 場内の注目度が上がると、サマンサは満足そうに頬を緩ませると、指示書のメッセージをガーゴイルへ託す。


「行きなさいっ!」


 ガーゴイルは翼をはばたかせて勢い良く舞い上がれば、飛んでいく。

 そして結果的に三分を切るというこれまでの最速でゴールを達成した。

 花火の打ち上げを確認すると、場内からは拍手が上がった。

 サマンサはここ最近久しくなかった称賛の声に満足げに頬を上気させると、下がった。

 いよいよ、アマンダの順番。


「アマンダ・シェルと申し上げます。よろしくお願いいたします」


 審査員たちにうやうやしく一礼する。

 指示書のメッセージは『ハガレニノヲタルトロス』。

 不正を防止するためか、意味をなさない言葉の羅列だ。


「では、始めて下さい」


 アマンダは何度も何度もディートハルトと話し合いを重ねて造り上げた魔法陣を描いていく。

 古代語に間違いがないかを確認すると、魔法陣を起動させる。


『響かせよ、届かせよ、我が声、我が意思、此方こなたより彼方かなたへ』


 魔法陣とそこに刻まれた古代語の詩が、美しい輝きを放った。


「綺麗……」

「あ、あれが魔法陣……?」


 会場からざわめきが起こった。


「ディートハルト様、聞こえますか」


 魔法陣に向かって声をかける。


「何をしてるんだ?」

「魔法陣に向かって話しかけてるけど……」


 ざわざわと場内では囁き声が交錯する。


『問題ない。聞こえている』


 場内がそれまでとは違った意味でざわめいた。

 彼らにもはっきりと、魔法陣からアマンダとは違う男性の、ディートハルトの声が聞こえたのだ。

 耳障りながさつきは混じっているものの、聞こえないということはない。


「『ハガレニノヲタルトロス』──それがメッセージです」

「分かった」


 バーン。


 王宮の方角からはっきりと花火が上がった。


「時間は!?」


 騎士団長が驚きと共に、部下に聞く。


「……よ、四十秒です」


 ワアアアア! 場内にいた見物人たちから歓声が上がった。


「マジかよ!?」

「さっきの女の子もすごかったけど、それを上回るのかよ!」

「どういう仕掛けなんだ?」


 圧倒的な結果だ。


(これなら、誰にも文句は言わせないわね)


 しかし。


「ただいまより、協議に移ります」


 審査員たちが隣接した建物の中にぞろぞろと消えていく。


(え?)


 圧倒的な記録を出したのだ。何を協議すると言うのだろうか。


『アマンダ、どうした?』


 起動させたままの魔法陣からディートハルトが問いかけてくる。


「今から協議に移ると審査員から発表がありました」

『すぐ、そっちへ戻る』


 ディートハルトも何かを察したのか早口で告げた。

 しばらくしてディートハルトが会場に戻ってくる。


「状況は?」

「分かりません」


 突然の協議に、客席はずっとざわついていた。

 三十分後、ようやく協議が終わったらしく審査員たちが戻ってくる。

 審査員長を務めるクベット子爵が口を開く。


「これより協議を踏まえ、結果を発表いたします。本コンテストの優勝者は、サマンサ・シェルおよびクラレンス・ホルムといたします」

「えっ!」


 場内からブーイングの声が上がると、「お静かに!」と子爵が一喝した。


「理由を申し上げます。全参加者で最速だったのは確かにアマンダ・シェルならびにディートハルトの組でございましたが、魔法陣は不確定な要素が多いものでございます。それが果たして実際に役立つかは大きな疑問が残る──以上の理由から、確実性が高いサマンサペアを優勝といたしました以上です」

「コンテストを終了いたします。集まって下さった参加者の皆様、そして見守って下さった国王陛下、ならびに王妃、王太子両殿下にも感謝申し上げます」


 騎士団長が告げる。


「待って下さい! 今の説明では何も納得できません! 魔法陣はれっきとした魔法……詠唱魔法よりもずっと昔から使われていた伝統あるものです! なぜそれが実践で使えないと言うんでしょうか! その理屈で言えばサマンサたちの使い魔も同様ではありませんか! もし、今ので足りなければもっと長い距離で試していただいても構いません!」


 審査員席に近づこうとすると、騎士たちが立ちはだかった。


「どいてっ」

「すでにコンテストは終了いたしました。どうか、お帰りください」

「こちらの指示に従っていただけない場合、拘束することになりますっ」

「……失礼しました」


 言いたいことを全て飲み込み、それだけを告げたアマンダは踵を返す。

 向こう側から勝利の笑みをたたえたサマンサが歩いてくる。


「自信満々だったのに残念だったわね」


 ぐっと拳を握りこんだ。


「……優勝おめでとう」


 アマンダは顔を上げ、そう言った。

 サマンサはアマンダが感情的に自分に掴みかかることでも期待していたのだろう。つまらなさそうな顔をしていた。


「サマンサ、おめでとう! 君ならきっとやってくれると信じていた!」


 そこへ駆けつけてきたのは、真っ白い衣装に身を包んだカイニス。


「殿下、ありがとうございます」


 アマンダたちは最敬礼をした。


「アマンダ。今回は残念だったが、なかなか面白いことを考えつくものだな」

「……光栄でございます」

「ディートハルトもだ。今回は残念だったな。だが優勝を逃したからと言って、お前たちの能力に疑問符がつくわけではない。これからも励むように」

「ありがとうございます」

「サマンサ、行こう」

「はい、殿下。それじゃあ、アマンダ」

「さようなら」


 サマンサは騎士たちに付き添われ、カイニスたちと共に去っていく。

 アマンダは小さく息を吐き出す。


「……殿下の仰る通りですね。これで私たちの能力が疑われたりするわけではありません。帰りましょう」


 アマンダたちは萎む気持ちから目を逸らし、自分を励ますように声を張ると、ディートハルトと共に馬車に乗り込んだ。

流れる景色をじっと見つめるが、頭の中を全てが素通りしていく。


(どうして、あれだけの結果を残せたのに優勝じゃないの?)


 次頑張れば良いと言い聞かせ、納得もしたはずだと思っていたのに、そんな考えばかり浮かび上がってくる。

 優勝というトロフィーが欲しかったわけじゃない。ディートハルトと共に作り上げたものを正当に評価してもらえなかったことが悲しく、辛かった。

視界がぼやける。

窓に映る自分の顔が真っ赤だった。鼻がツンとしてしまう。


「ディートハルト様と話し合いながら、魔法陣を作るのはすごく楽しくて……。絶対に優勝できるって確信していたんです。ディートハルト様と一緒に、誰にも負けない最高のものができたって思ったんです……っ」


 膝において手に力がこもり、全身が小刻みに震えてしまう。

 いけないと思っても、一度堰を切ってしまった感情は言うことをきいてくれない。


「アマンダ」

「……はぃ」

「こっちを見てくれ」


 目を伏せたアマンダは小さく首を横に振る。

ディートハルトの声はこれまで耳にした中で一番優しかった。

 怖がらせないように、不安がらせないように、そっと子どもへ囁き、労るようだった。

 駄目。今、優しくされてしまったら。

 もう溢れそうなのに。

 ディートハルトの手が、アマンダの手を包み込むように握る。

 アマンダは逃れようとするが、彼は手を放そうとはしてくれなかった。


「駄目です。今、優しくされてしまったら……」

「我慢するな。悲しい時はしっかりとそれを表に出せ」

「そんな、恥ずかしいこと……」

「感情を露わにすることは恥ずべきことではない。悔しい悲しい納得いかない許せない──それは正当な感情だ。冷静を装うことが自分の心を蝕むことだってある」


 堰を切ったように目尻から涙が溢れてとまらなくなってしまう。

 気付くと優しく抱きしめられていた。


「ふ、服が、濡れてしまいます……」

「馬鹿なことを気にするな」

アマンダは、ディートハルトの胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。


 その間、ディートハルトは優しく寄り添い、アマンダの背中を撫で続けてくれた。


「悔しいです! ありえないです! 私たちの魔法陣が一番でした!」

「そうだ。誰がどう言おうが、それは変わらない」

「サマンサたちよりもずっと早かったんです! なのに、あの人……あの、子爵は言うに事欠いて……!」


 ぷっ、とディートハルトは小さく噴き出す。


「そうだな。子爵の目は節穴だ。だが、得るものはあったはずだ」

「はい。たくさん。それに、観客の人たちは審査結果にブーイングをしてくれました! あの場の全員が、賛同した結果ではありませんでした!」

「そうだ。分かってくれる人は絶対にいる。だからお前が歩いてきた道は決して間違っていない」


 感情の澱を全て綺麗に吐き出したおかげで、心がふっと軽くなるのを実感する。


「……ありがとうございます。胸を貸して下さって」

「少しでも楽になったか?」

「少しどころか、すごく楽になりました」


 ディートハルトがハンカチを差し出してくれる。


「……ありがとうございます」


 アマンダは涙を拭かせてもらうと、笑顔を見せた。


「っ」


 ディートハルトは目を細めて、ふっと頬を緩める。


「どうされたんですか?」

「お前は泣き顔より、笑顔のほうがよく似合っていると思っただけだ」


 不意打ちの一言に、アマンダは俯き、赤面してしまう。


(さらっとそんなことを仰るなんて!)


「どうかしたか?」

「……いえ、何でも」


 そう言うしかなかった。


                            ♦


 ディートハルトは夜、自分の部屋にいた。

 机には読みさしの魔導書。

 しかしその理知的な琥珀色の瞳は魔導書ではなく、虚空に向いていた。

 なぜか頭に思い浮かぶのは、アマンダのこと。

 彼女の笑顔を自然と思い出していた。

 屈託のない柔らかな笑みを思い出すだけで、胸の奥がくすぐったい。

 そして彼女が声を詰まらせ、悲し気な表情をすれば、まるで自分のことのように胸が痛み、気づけば彼女を抱きしめていた。

 今も彼女が流した涙の熱さを容易に思い出すことができてしまう。


(私は、アマンダのことを……)


 いくら恋愛ごとに疎くても、ここまで彼女を思い出せば、自分の気持ちは理解できる。

 仮初めの婚約を持ちかけたのはディートハルト自身。

 まさかそれを後悔するようなことになろうとは想像もできなかった。

 今もアマンダの顔を思い出すだけで、今すぐにでも彼女の元へ行きたい気持ちを必死に押さえつけていた。


(……恋は人を愚かにするとは言うが、まさか私自身にも当てはまるとはな)


 その時、ノックの音がした。


「誰だ?」

「ケインズでございます。お茶をお持ちいたしました」

「入ってくれ」

「失礼いたします」


 ケインズはティーセットをテーブルに置く。


「アマンダはどうしている?」

「さきほどメイドに聞きましたら、熱心に本をお読みになられていたそうでございます」

「……そうか」


 吹っ切れてくれたようで良かった。

 あの場ではディートハルトに遠慮して大丈夫なふりをして、一人になると落ちこんでいるのかもしれないと気にかけていたのだ。


「なにをそんなに見ている?」


 ケインズは少し驚いた顔をした。


「公爵様が他の方を気遣われるのは珍しいことでございましたので」


 頬がかすかに熱くなったディートハルトは目を逸らす。


「今日は色々とあったからな。もしアマンダの様子がおかしかったり、何か悩んでいる様子であったら教えてくれ」

「かしこまりました」


 ケインズは頭を下げ、部屋を出ていく。

 ディートハルトは魔導書に目を戻した。

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