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虐げられた令嬢は、天才魔術師の最愛となる~魔術師様、私たちは仮初めの関係ではなかったのですか!?  作者: 魚谷


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10/16

10 依頼

 翌朝、アマンダは晴れやかな気持ちで目覚めることができた。

 胸の奥でくすぶっていた悔しくて、苦しい気持ちは綺麗に消え去っている。


(何もかもディートハルト様のお陰だわ)


 しかし彼の胸に顔を埋め泣いてしまったことを思い出すと、気恥ずかしさに頬が熱くなってしまう。いくらディートハルトが許してくれたとはいえ、恥ずかしい姿を見せてしまった。

その時、ノックの音がした。


「アマンダ様、お時間でございます」

「入ってきて大丈夫です。もう起きていますので」

「失礼いたします」


 一礼して、部屋付きのメイドが入ってきた。

アマンダはメイドに手伝ってもらい身支度を整えると、階下へ降りていく。そして食堂の前で足を止めて小さく呼吸を整えると、「おはようございます」と声をかけて入った。


「おはよう、アマンダ」

「おはようございます、ディートハルト様」


 彼のいつもと変わらぬ様子に、ほっと胸を撫でおろす。


「昨日はよく眠れたみたいだな」

「はい。とても」

「良かった」


 当たり前のようにディートハルトが微笑んだ。

 アマンダは心臓の鼓動が騒がしくなるのを意識しながら朝食を済ませると、「いってまいります」とディートハルトに一礼して席を立った。

 すると彼まで席を立つ。


「玄関まで送ろう」


 ディートハルトに見送られ、馬車に乗り込んだ。


(ディートハルト様は普段からさほど表情を変えられないから、ああして見せて下さる笑顔の破壊力がすごい……)


 心臓の高鳴りはなかなか収まらない。

 学校に到着して教室に入る。

 やはりコンテストの一件は話題に上っていた。

 クラスメートたちはこぞって、サマンサを褒め称え、彼女はここ最近の落ちこみぶりが嘘のように気持ち良さそうな表情をしていた。


「みんな、ありがとう。でもこれは私だけの成果ではなくて、パートナーである宮廷魔術師のお陰でもあるから。……それに、アマンダのことも考えてあげて。彼女はディートハルト様をパートナーに持ちながら、結果を残せなかったんだから」

「最近やたらと偉そうだったけど、結局、これまでのはまぐれだったってことよね」

「優勝を逃すなんて。ディートハルト様が足を引っ張られてかわいそうだわ」


 これみよがしにサマンサの腰巾着が、アマンダをチラチラ見ながら嫌味を吐き出す。

アマンダは鞄を机に置くと、図書室に向かう。

 彼女たちに構うのは、時間の無駄だ。


「恥ずかしくて逃げ出すみたい。あはは!」


(嫌味に付き合ったら相手を喜ばせるだけ。それに、ここで反論したところでコンテストの結果は変わらないんだから意味がない。私がやるべきことはくじけず、努力を続けていくことだけ)


 しばらく歩いていると、「アマンダさん」と声をかけられた。

 振り返ると、クラスメートの一人だった。

 アマンダを追いかけてきたのか、息が少し上がっていた。

 わざわざ追いかけてきてまで嫌味を言われるのかと、身構えてしまう。


「昨日のコンテストだけど……私、客席にいたの」

「そう……」

「私はアマンダさんたちが優勝できなかったのはおかしいと思う。どう考えても、サマンサ様たちよりもタイムが短かったのに。だからこれからも頑張って。えっと、それだけが言いたかったの」


 まさかの激励に、熱いものがこみあげそうになってしまう。


「あ、ありがとう」

その子は控え目に微笑んで去っていった。


 分かってくれる人はいる。

 昨日のディートハルトの言葉を思い出す。


(めげずに頑張るのみだわ!)


                          ♦

 

 学校から帰ると、メイドが出迎えてくれる。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさいませ。アマンダ様にお客様がいらっしゃっております。客室でお待ちです」

「どなたですか?」

「商会の方だそうです」

「商会……?」


 アマンダの頭にはいくつものクエスチョンマークが浮かぶ。商人に知り合いはいない。

 ひとまずメイドについていく。

メイドが扉をノックをし、「アマンダ様をお連れいたしました」と声をかける。


「入ってくれ」


 ディートハルトの声が返ってきた。


「どうぞ」


 メイドが扉を開けて、入室を促す。

 部屋に入ると、立派な口ひげをたくわえた品の良い紳士が「はじめまして」とにこやかな笑顔を浮かべ、立ち上がった。


「はじめまして」

「アマンダ、ここへ」


 ディートハルトに促され、彼の隣に座った。

 ソファーに座った紳士は「私はコンウォール商会の会頭を務めております、ジョシュア・コンウォールと申します。主に魔石や炭鉱の採掘をしております」と自己紹介した。


「私にご用だとお聞きしたのですが」

「はい。実は昨日の伝令コンテストを拝見いたしまして。是非、あなたがあそこで披露した、魔法陣というものを商会で使わせていただきたいと考え、このたびこうしてお邪魔させていただいた次第でございます」

「え……」


 予想もしていなかったことに、アマンダは言葉を失ってしまう。


「公爵様が仰るには、アマンダ様の許可がなければ、あれを使えないということでしたので。もちろんタダというつもりはございません。しっかり維持費をはじめとした使用料はお支払いさせていただきます」

「良いのですか? あれはコンテストを優勝しませんでしたが」


 ジョシュアは渋面を作った。


「あの結果は観客の一人として非常に不可解なものでした……。なぜあれほど素晴らしいものが優勝できなかったのか。門外漢の私には不可解の一言でした。とにかく圧倒的な速さは商売の世界では最も尊ばれるもの。アマンダ様さえ良ければ是非使わせていただきたいんです。これまでは伝書鳩を使っていたのですが、それですと、やはり情報伝達に遅れが出たり、魔物に襲われることも珍しくはありませんでしたから。しかしあなたの魔法陣を使えば、ほとんどリアルタイムにやりとりができる。これは大きいです。どうでしょうか」


 アマンダは思わずディートハルトを見た。


「アマンダが決めるべきことだ」

「も、もちろんです。是非お使い下さいっ」


 ジョシュアはほっとした顔をする。


「そう言っていただけて良かった」

「それで魔法陣の設置場所はどこになさいますか?」

「都にある商会の本部と、タレットという街にある商会の支社にお願いしたいのですが」

「タレット?」

「都からだいたい、馬で五日前後かかる場所です」

「私の召喚獣で移動すれば、片道二日くらいで到着できるはずだ」


 ディートハルトが言えば、ジョシュアが口を開く。


「学校のほうには私から事情をお話しいたします。魔法陣はあなたがいなければ設置できないということは公爵様からもお聞きしていますので、なにとぞ……」


 これはまたとないチャンスだ。

 商会の人が実際に使って評判が良ければ、魔法陣の素晴らしさが口コミでも広まってくれるかもしれない。

 それは今のアマンダにとっては学校で学ぶことよりも大切なことだ。


「分かりました」

「ありがとうございますっ」


 ジョシュアを見送ると、「やはり見てくれている者はいるな」とディートハルトが感慨深げに呟く。


「実はクラスメートの中にも、私の魔法陣が良いと言ってくれた人がいたんです」

「きっとこれから物事はどんどん良い方向に進んでいくはずだ」

「はいっ」


 ディートハルトに言われると、本当にそうだと思えた。


                        ♦


 翌日、アマンダはディートハルトと共にジョシュアの商会を訪ねた。


「ようこそ、アマンダ様、ディートハルト様。お待ちしておりました。それで、どこか設置できそうな場所はございますか?」


 アマンダは精霊瞳でマナの流れを読み取り、店の一画を指さす。


「ここに設置したいのですが問題ありませんか?」

「もちろんですとも」


 アマンダは店の一画に魔法陣を描いていく。


「コンテストの場でも思いましたが、魔法陣というのは絵画のように美しいものなんですね。その言葉も含めて……何と書いてあるのか分かりませんが」

「これは古代語の詩なんです」

「古代語……。遺跡に刻まれている文字、ですよね? 私も商談で各地を回っておりますから、見かけたことがございますよ」

「魔法陣はそもそも古代の人々が生み出したものなので、彼らの共通語であった古代語で記す必要があるんです」

「なるほど。これはなかなか難しいものなのですね。いやはや、あなたのように優秀な若者がいらっしゃるなんて、この国の未来は安泰だ」

「い、いえ。私なんてまだまだ未熟ですから」


 アマンダは慌てて否定する。それは謙遜ではなく、事実だ。新しいことを学ぶたび、自分の未熟さや至らなさばかりが目について嫌になってしまうのだから。

 もっと才能が欲しい。そればかり願ってしまう。

 商会に魔法陣を描き終わったアマンダたちは馬車で都の外に出る。


「このあたりで良いだろう」


 人気のない場所まで出ると、アマンダたちは馬車を降りる。

 これから彼の召喚獣でタレットまで行こうとしているところだった。

 わざわざ人気のない都の外に出たのは、人々に配慮してのこと。

召喚獣は人を襲うことはありえないが、見た目は完全に魔物。街中で出せばパニックになってしまう。


「……我が血を分けし、忠良たる眷族。我が前へ出でよ」


 ディートハルトが呪文を詠唱すれば、彼が右手の中指にはめているオニキスの指輪がきらりと輝いたかと思えば、そこからグリフィンという翼を持った獣が飛び出した。

 身の丈はだいたい五メートルほど。折り畳んだ翼を広げると、十メートルは越えるだろうか。

 鷲の頭に、下半身は獅子。足は四本で鋭い爪を持つ。


「格好いいですね、この子、名前はあるんですか?」

「リシューだ」

「リシュー……あ、古代語で、気高さ、ですね。よろしくね」


 グルルル。リシューは喉を鳴らして応えてくれる。


「どうやらアマンダのことを気に入ったらしい。私にもなかなか喉を鳴らさないんだ」

「グリフィンにとって喉を鳴らすのは愛情表現のようなものなんですか?」

「そうだ。召喚獣を持つと、その魔物の生態に詳しくなる」


 アマンダは美しいフォルムのグリフィンの姿に見とれ、「触ってもいいですか?」と聞いてきた。


「もちろん」


 優しく撫でると、ふわふわした体毛が手を心地良く包み込んでくれる。

 グリフィンは目を細め、グルルルル……とまたも、かすかに喉を震わせた。

 猫が喜んでいるように見えなくもない。


(獅子の下半身を持っているから、一応、猫科と言えなくもないのかな……?)

すりすりとアマンダに身体を擦りつけてくる。


「ふふ、可愛いっ」


 思わず呟き、わしゃわしゃと撫でさすった。

 夢中で撫でていたアマンダだったが、目の端で自分を優しげに見つめるディートハルトの姿にはっと我に返り、赤面してしまう。


「……し、失礼しました」

「さ、そろそろ行こう」


 ディートハルトがまずリシューに飛び乗ると、アマンダへ手を伸ばす。その手を取ると、乗せて貰う。さらにディートハルトは吹き付けてくるであろう風から身を守るための防御魔法を唱えた。

ディートハルトがリシューに合図を送ると、立派な翼を大きくはばたかせ、勢い良く上昇する。みるみる都が小さくなっていく。


「うわ……!」


 彼方の雪をかぶった山脈、黒々とした森、整備された街道に平野、曲がりくねった運河……。

 リシューの背中から眺める景色はほれぼれするくらい美しかった。

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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