6 新しい魔法陣
翌朝、目覚めたアマンダははっとして飛び起きた。
気付くと、そこはベッドだった。
(あれ……?)
「アマンダ様、おはようございます」
部屋付きのメイドがいつものように姿を見せる。
「お、おはようございます。私、昨日、自分の足で部屋に戻りました……?」
「申しわけございません。私どもは先に休んでおりましたので」
「そ、そうですか」
まさかケインズが運んでくれたのだろうか。
(私ったらとんでもない手間を……)
今日も学校だ。お風呂に入り、制服に着替え、一階の食堂へ降りていく。
「おはようございます、ディートハルト様」
「おはよう」
「ケインズさん、昨日はご迷惑をおかけしてしまって申しわけございませんでした。寝室まで運んでくださったんですよね……?」
「いいえ、私ではございません」
ケインズが、ディートハルトへ目を向ける。
「私だ」
「ディートハルト様が!? すみません……!」
これはケインズに運んでもらったより大事だ。
頭を下げると、ディートハルトが不可解そうに眉をひそめた。
「何を謝る?」
「お手間をおかけしてしまったので……」
「別に何も手間じゃない。それよりも、お前は軽すぎる」
「は、い?」
「びっくりするくらい軽かった。それでは身体に悪い。もっとたくさん食べなければ」
運ばれてきた食事は、何人前だと目を疑うほどに多い。
かなりボリューミーな肉や魚料理が食卓を占拠し、唖然としてしまう。
「研究は身体が資本だ。今日から無理をしない程度で、しっかり食べろ。いいな?」
「分かりましたっ」
ディートハルトという尊敬すべき同志からのアドバイスだ。
「アマンダ様。ご無理はなさらないでください」
ケインズが恐る恐るという風に言ってくれる。
「大丈夫です!」
♦
「おかえりなさいませ。アマンダ様」
学校から帰宅すると、ケインズをはじめとした使用人たちが出迎えてくれる。
「ディートハルト様は?」
「外出されております」
「そうですか」
「公爵様から言伝を承っております。部屋には自由に出入りしても構わないそうですので、先に魔法陣のことを進めておいてくれ、とのことでございます」
「分かりました」
アマンダは制服からドレスに着替えると、部屋に入る。
部屋はおそらく昨日、侃々諤々の議論をしたままの状態で保存されている。
足の踏み場がより一層、困難なものになってしまっている。
(魔法陣作りの前にまずは整理整頓ねっ)
アマンダは袖を捲り、片付けを始めた。
(……さてと、これくらいでいいかな)
我ながら迅速にできたな、としっかり片付いた部屋を前に満足していると、背後で扉が開いた。
「ディートハルト様。おかえりなさい」
「ただいま。どこまで進んだ……」
ディートハルトの表情が強張る。
「おい、この部屋」
「はい。片付きましたでしょう。足の踏み場はもちろん、寝転がるスペースも確保できましたよ」
満足するアマンダに比べ、ディートハルトは表情を曇らせた。
「……せっかくしてくれたのにこんなことを言いたくないんだが、あれは片付いていないように見えて、私にとってはどこに何があるのか、目を閉じていても分かるくらい整頓されていたんだ」
「知っています」
「……何?」
「ご懸念には及びません。試しに読みたい文献を探してみてください」
自信満々なアマンダに促され、怪訝そうな表情のディートハルトは少し躊躇いつつも、しばらく部屋の中を歩き回り、いくつかの冊子に目を通し、メモ書きをぱらぱらとめくる。
しばらく何事かを考える風を見せたかと思えば、また歩きだして同じことを繰り返す。
「どうです?」
「……一体どうやったんだ? 片付いているのに欲しいものが欲しいところにある」
「父で鍛え上げられた整理術ですっ」
アマンダの特技だ。
片付けに大敵なのは、本人しか分からない大事なものの在り処が分からなくなってしまうことである。
第三者にはごちゃごちゃしているように見える空間でも当人からすればマーキングされているように、どこにあるのかは一目瞭然なのだ。
しかし片付けられるとそのマーキングが一切合切リセットされる。だから困る。
ディートハルトに負けず劣らずの散らかし魔であった父に鍛え上げられた整理術はマーキングを消さないのだ。
なぜそんなことができるのかと使用人に聞かれたことがあるが、何となくとしか答えようがなかった。
「驚いたな。まさしく神業だ」
「それは少し褒めすぎだとは思いますけど」
ディートハルトに褒められると、父から褒められるのと同じくらい嬉しい。
「では魔法陣作りの続きをしましょう」
昨夜、話し合っていたようにマナをある一定の方向に誘導するための、古代語による詩を書き込んでいく。
『美しき魔力の源を東方へ流れよ』
頭の中の引き出しから古代語の言葉を組み合わせ、魔法陣に書き込んでいく。
と、視線を感じて顔を上げると、ディートハルトと目が合った。
「どうされましたか?」
「美しい字、だと思ってな……」
「あ、ありがとうございます」
誰より美しい魔術師であるディートハルトから褒められ、アマンダはなぜか頬のほてりを覚えてしまう。
(うう。褒められたのは字のほうなのに)
まるでアマンダ自身が褒められたように、舞い上がりそうになってしまう。
そしてどうにか試作品を作ることに成功した。
「どうでしょうか……?」
「古代語に関してはお前のほうが優れているだろう。……だが、私の目にも問題ないように思える」
「早速、試してみましょう」
アマンダは外に出ると、ベストポジションに魔法陣を描く。
はじめて自分たちの手で一から組み上げた魔法陣。
アマンダ、ディートハルト、どちらの力が欠けても完成できなかっただろう。
「起動させます」
「頼む」
ディートハルトも緊張を隠せないようだ。
呼吸を整え、アマンダは魔法陣に手を置き、魔力を注ぎ込んだ。
♦
とある休日の昼下がり。
国王ノルフェンは、王妃ユージニアと共に離宮にて午後のお茶の時間を楽しんでいた。
ノルフェンは今年五十才。
みずみずしかった金髪には白いものが目立ち、若い頃は美少年と褒め称えられた顔には皺が目立つ。
それでも今はいぶし銀の魅力と共に、加齢がどっしりとした貫禄となっている。
一方、同じテーブルにつくのは王妃ユージニアである。
こちらは緩く巻いた緑の髪を左肩に流した、まるで美しい宝石もかくやと言わんばかりに透明度の高い青い瞳を持つ。
十代の頃はユージニアが姿を見せるだけで場内の雰囲気が一変したと言われるほどで、笑った姿は花が咲くよう、と評されていた。
その魅力は年齢を重ねた現在も健在だ。
そんな美男美女の国王夫妻だが、その表情は浮かなかった。
「……宮廷魔術師たちでも解決できんとはな」
国王ノルフェンはため息と共に愚痴をこぼす。
せっかく王妃を喜ばせるために、王国でも指折りの彫刻家や造園家に命じて作らせた庭園が、今や近づけばたちまち呪われるという悪評まみれ。
悪評を払拭させようと、原因究明を命じたにもかかわらず誰も成功させられなかったのだから、愚痴らずにはいられない。
「今日は確かサマンサが、カイニスに来ているんでしたわ」
「それがどうかしたのか?」
「あの子であれば、原因を究明できるかもしれません。何と言っても、あの子は学院の首席で品行方正。素晴らしい子ですもの。試すだけ試してみませんか。今は手段がないんだから。そうしましょう!」
「……まあ、そうだな」
ノルフェンは、侍従にカイニスとサマンサを招くよう命じた。
すぐにカイニスたちが姿を見せる。
「父上、母上、ごきげんよう」
「王国を燦然と輝かせる太陽であらせられる国王陛下にご挨拶申し上げます」
「うむ、二人ともよく来た。座りなさい。茶を飲むがいい」
「いただきます」
軽く歓談をすれば、なるほど。ユージニアが気に入るのも分からなくはないと思った。
サマンサは人懐っこい笑顔を浮かべ、受け答えもしっかりしている。
(気難しいところもあるユージニアが気に入るのも納得だな)
これで学業も優秀というのだから、確かに優れた王妃になるかもしれない。
場が和んだところで、本題に入る。
「こうして呼んだのは他でもない。サマンサ。お前に頼みがある」
「私にできることであれば」
「王妃のために作った庭園のことだ。あそこに問題が発生してな」
「……呪い、という噂を聞きました」
サマンサの表情がかすかに曇った。
「うむ。ついては原因を探ってもらいたい」
「わ、私がですか?」
それまでの受け答えの滑らかさが嘘のようにサマンサは言葉に詰まった。
確かに呪われていると言われている場所に好きこのんで行きたいとは思わないだろう。
「確か宮廷魔術師たちに調査をお命じになられたはずでは?」
カイニスが口を挟んでくる。
「それがうまくいっていないのだ。ユージニアからサマンサが学業優等だと聞いてな。もしかしたら原因が分かるかもしれない、と」
「サマンサは優秀ですもの。柔軟な頭で、宮廷魔術師も分からないことに気付けるかもしれない。でしょう?」
「……しかし、呪いというのは」
サマンサは口ごもった。
「それはただの噂よ。一度見るだけで構わないから」
「サマンサ。一度だけでも見に行ってみてもいいんじゃないかい? 君は優れた魔術師なんだから」
注目を浴び、サマンサは小さく頷いた。
「……分かりました。では見るだけ……」
「では早速、行こう」
そこへ侍従が駆け寄ってくる。
「陛下。ディートハルト公爵様がお見えでございます」
「ディートハルトが? 何用だ?」
「大切なご用事とのことでございます」
「分かった。通せ」
しばらくして現れたのはディートハルトだけではない。
ドレス姿の少女の姿もあった。
「なんで」
サマンサがぽつりと呟く。
「陛下。突然、お訪ねして申しわけございません」
ディートハルトが右手を左胸に当て、頭を下げる。
「構わん。……ところで、その子は? 見馴れないが……」
「彼女は、私の婚約者です」
その場の誰もが驚きに目を瞠った。
「婚約者!? そんな話、聞いておらんぞ」
「お伝えが遅くなり申しわけございません」
「王国を燦然と輝かせる太陽であらせられる国王陛下にご挨拶申し上げます。ディートハルト様の許嫁、アマンダ・シェルと申します」
少女は緊張のためか表情を強張らせながら、頭を下げた。
「シェル……?」
「前シェル侯爵エドガーのひとり娘でございます、父上」
ディートハルトが補足する。
「エドガーの忘れ形見、か。あれは優秀な学者であり、魔術師であったなぁ……。アマンダ。こうして会うのは初めてか?」
「はい」
「そうだったか。ディートハルト。いくらお前が秘密主義とはいえ、こんな大切なことまで秘密にするのは感心せぬぞ」
「申しわけございません。日々の仕事にかまけている内に……」
(あのディートハルトの表情が少し柔らかい、か? これまでどんな令嬢を薦めても『興味ございません』と会うこともなかったあの朴念仁が婚約とはなぁ……)
アマンダの所作は確かにしっかりしている。
(……目元がエドガーによく似ている)
男女の違いはあるものの、まっすぐノルフェンを見つめる姿はエドガーを彷彿とさせた。
瞳の中にある真摯な光と、強い意志を、ノルフェンは気に入っていた。
周囲の意見に流されない彼の姿は意固地で頑固とも言えるが、一本芯が通って、頼もしいという印象を受けた。
普段は物静かで、己の功績をアピールするような人間ではないけれど、大事をなす人間というのはきっとこんな男に違いない、と期待もしていた。
だからこそ、急逝したことが残念でならなかった。
「それで、今日はその報告か?」
「いいえ。呪いの庭園の一件でございます。私とアマンダで、解決方法を特定いたしました」
「本当か? お前だけでなく、アマンダも?」
「私だけでは解決することは難しかったでしょう」
「サマンサに庭園の問題を解決させようと共に行くところだったのだ。ちょうどいい。共に参ろう」
ノルフェンは馬車を用意するよう命じた。
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