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虐げられた令嬢は、天才魔術師の最愛となる~魔術師様、私たちは仮初めの関係ではなかったのですか!?  作者: 魚谷


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4 新生活

「アマンダ様、おはようございます」

 優しく揺すられたアマンダは目を開けた。

 見馴れぬ天井を前に、一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなったが、自分がディートハルトの仮初めの婚約者になったことを思い出す。

「……おはようございます」


 起こしてくれたメイドたちに礼を言い、ベッドから抜け出す。


「お風呂の準備が整ってございます」

「ありがとうございます」


 朝のお風呂でシャキッとして、制服に着替える。


「ご朝食はどうなさいますか? ご用意はしているのですが」

「もちろんいただきます」


 メイドに付き添われながら食堂に足を運べば、すでにディートハルトが席について食事を取っていた。


「ディートハルト様、おはようございます」

「おはよう。よく眠れたか?」

「はい、とても」


 ディートハルトは昨日見せてくれた無邪気な笑顔は微塵も感じさせない無表情。


「……私の顔に何かついているか?」

「い、いいえ」


 席に着くと、次々と温かな朝食が運ばれてくる。

 おいしい香りに食欲がくすぐられた。

 昨夜の夕飯もそうだが、残飯ではない、自分のために用意してもらえる温かな食事というものが、どれほどありがたいか。

 アマンダは朝食を終えると立ち上がった。


「ディートハルト様。学校へ行ってまいります」

「待て。私も一緒に出る。王宮と学校は同じ方向だからな」

「分かりました」

「公爵様、アマンダ様、いってらっしゃいませ」

「いってきます」


 使用人総出で見送られ、馬車で屋敷を出た。

 いつもと同じ通学路であるにもかかわらず、心に余裕があるせいか、昨日よりも全ての色が鮮やかに見えた。


「疲れは取れているようだな」

「え?」

「昨日までひどい顔色だったからな」

「そ、そんなにですか?」

「倒れていないことが奇跡のように思えた。──これを渡しておく」


 ディートハルトは右のポケットから手の平サイズのケースを出した。


「……そちらは?」

「婚約指輪だ」

「はい!?」

「なぜ驚く。指輪がなければ、真実味が出ないだろう」

「ですが、そんなことまでしてもらうわけには……私たちの婚約はいずれ解消されるわけですから……」

「名目は婚約指輪だが、同志の証とでも思ってくれ。それならば、つけられるだろう」

「……そう、仰られるのであれば」


(婚約が解消された時にお返しすれば良いわよね)


 ケースの中にあったのは、ダイヤの指輪。まるで夢のよう。


「綺麗、ですね」


 思わず見入ってしまう。


「指を」

「……あ、はい」


 ディートハルトが優しい手つきで、指輪をはめてくれる。

 仮初めと分かっていても指輪をつけてもらう瞬間は心臓が高鳴る。

 左の薬指できらめく指輪が視界に入るだけで、胸の奥がくすぐったくなった。


「よく似合っている」

「……ありがとうございます」


 褒められると、頬が熱くなった。

 校門に到着すると、まずはディートハルトが降り、手を差し出してくれる。


「ありがとうございます」


 突然現れた有名人の姿に、登校している生徒たちの視線が自然と集まった。

 そしてそんな彼のエスコートで馬車を降りるアマンダの姿に、ざわめきが一層大きくなった。


「公爵様、おはようございます」


 そこへ近くにいたらしい男性教師が呼ばれてもいないのに駆け寄ってきた。


「アマンダ……うちの生徒が何かをしましたか!?」

「何を言っている」


 ディートハルトが冷ややかな表情を、不愉快そうにしかめた。


「アマンダが、公爵様と同じ馬車から下りて来たように見えましたので。何かその者がやらかしたかと。アマンダは問題児ですから……」

「その無礼な口を閉じろ。彼女は私の婚約者だ」

「は?」


 男性教師が間の抜けた顔で、声を漏らした。


「院長にも伝えておけ。いいな」

「か、かしこまりました!」

「では、アマンダ。また屋敷で会おう」

「は、はい」


 ディートハルトが去ると、周囲のざわめきは止めようがないほど大きなものになった。


「う、嘘でしょ? あの問題児が公爵様の婚約者!?」

「マジかよ……」

「婚約指輪だわ。あのダイヤの大きさ見てよ!」


 気恥ずかしさのあまり、アマンダは逃げるように校舎へ駆けこんだ。

 校内の噂は疾風のごとく瞬く間に広がっていく。

 アマンダが教室に到着して十分と経たないうちにすでに噂は学校中を席巻した。他のクラスの生徒たちが、ディートハルトの婚約者であるアマンダを一目見ようと押しかけてきたのだ。

 そんな中、サマンサが登校してくる。

 その目の中に怒りがあることにすぐ気付いた。


「アマンダ。話があるわ」

「何?」

「二人きりで話したいの」


 サマンサのこめかみがひくっと動く。

 アマンダがすぐに立ち上がらないことに苛立っている証拠だ。


「話ならここでできるでしょう」

「家のことなの。ここは騒がしいでしょう」

「今、本を読んでいるの。だから話ならここでして。どんな話をしても構わないから」


 ざわっ。教室が揺れる。

 いつもならばアマンダは俯きながら、サマンサの言いなりになっていた。

 少しでも反応が遅れただけで、屋敷でひどい目に遭わされることになるから。

 しかし最早、アマンダはサマンサの奴隷ではない。サマンサなんて怖くもなんともない。

 サマンサの目が、アマンダの左手の薬指に気付く。


「その指輪……」

「ディートハルト様からいただいたの。婚約をしたという話、叔父様から聞いてない?」

「……聞いたわ」


 サマンサが怖い顔をするが、こんな人前で嫉妬を爆発させられるほど彼女は豪胆ではない。


「もういいわっ」

「そう」


 授業を告げる鐘の音が響いた。

 一時限目は詠唱理論。課題がでている授業だ。教師は五十代の男性教師。

 性格は最悪。

 質問に間違えると、ネチネチと嫌味を言われるのだ。

日頃のストレスを生徒で発散しているともっぱらの噂である。

 何より男性教師はアマンダをいたぶることを楽しみにしているようで、クラスメート全員の前で怒鳴られることは日常茶飯事だった。

 何より辛かったのは、サマンサの命令でわざと出来の悪いふりをしなければならなかったこと。

 答えが分かるのにわざと間違え、道化を演じなければならなかった。


(でももうその必要はないわ)


 授業が始まる。

 クラス全員が教科書を開く前に、素早く教師が口にする。


「王国暦二百十一年。我が国初の詠唱魔法の基礎理論が学会に提出された。この論文は三つの柱から構成されている。諸君も知っての通り、三本の黄金だ。さて、これを答えてくれ」


 教師は早速、生徒たちを次々と当てては答えられないたび、「まったく、嘆かわしいですねえ」「君、ずっと眠っていたのかね、目を開けたまま? すごい特技だねぇ~」「ヘアスタイルに時間をかけているくらいなら、もっと頭の中に知識と品性を詰めることに時間をかけたまえ」などとネチネチ嫌味をぶつけてくる。


(今日はいつもよりずっと意地が悪いわね)


 卒業生から背中を刺されたりとか考えないのだろうかと、思わず心配してしまいたくなる。


「さて、と……」


 教師がメインディッシュと言わんばかりに舌なめずりをする。かなり気持ち悪い。


「アマンダ・シェル。答えたまえ」


 クラスメートのあちこちから安堵の吐息が漏れる。

 出来の悪い、素行不良のクラス一の落第生をいじめる時間。

 その時間で授業の大半が潰れる。

 一匹の不出来な子羊を生け贄に、クラスメートたちは束の間の休息を得る。

 ついでに、自分たちのことを棚に上げながら、アマンダの愚かさを笑える。

 他の生徒たちからしたら、最高の時間だろう。


「速度、一息に口にする呪文の長さ、呪文は古代語に限定されない」

「なっ!?」


 教師が目を瞠る。


「違いましたか?」

「……正解だ。なるほど。素早く教科書を見たようだ」

「三本の黄金は学院の授業では習わないかと」

「黙れ! 余計なことを話して良いとは言っていないぞ!? 質問にだけ答えろ!」

「申しわけありません」

「では、その二年後にバルザックスによって発表された魔法詠唱に関する論文はどんな内容だった?」


 呆れた。三本の黄金はもちろん、今度の質問も、教科書の範囲から外れている。


(私は子どもの頃に読破してるから良かったけど)


「複数の属性を混ぜた呪文を口にした場合、魔法の暴走が起こる危険性がある。これを抑制するために、術者が扱え

るマナの総量を五分の一まで抑えておかなければならない」

「カンニングか!?」

「教科書にも載っていない内容を、どうカンニングするのですか?」

「き、君が答えられる内容ではないぞ!」

「間違っていましたか?」

「く、口答えをするなぁ!」


 教師の顔色が怒りと不満で赤黒く染まった。


「クランオスの理論を覆したのは!?」

「キレー・バイオです」

「王国暦三百十年に起きた詠唱中におきた事故の原因は?」

「多重詠唱実験の失敗です」

「ぐうううう……こ、この詠唱距離方程式を解いてみたまえ!」

「まだ授業で履修していませんが、エルゴラタイの定理を使っても構いませんか」

「使えるものなら使ってみなさい!」


 黒板に書かれた方程式を計算式までしっかり書く。


「いかがです?」

「もういい! 戻りなさい!」

「合っているかどうかをお聞きしたいのですが」

「……合っている! 席に戻り給え!」


 動揺しているせいか教師の声が激しく上擦る。

 クラスメートたちが驚きすぎて言葉を失っていた。

 そうしている間にすでに授業は残り十分を切っている。


「くぅ……もう授業をする時間がないな。サマンサ。いつものように今日の課題の解説をしてくれたまえ」

「……」

「ん? サマンサ、どうしたのかね?」

「……も、申し訳ありません。課題を忘れてしまいました」

「なに?」

「こ、ここのところ王太子殿下とお会いしなければならないことが多くて、申しわけございません……」

「そ、そうか。であればしょうがないな。うむ。未来の王妃として必要なことだからねえ。では他は?」


 しかし全員、自信がないのか、誰も反応しない。

 そんな中、アマンダだけが手を挙げた。


「……何かね」

「私が解説しても構いませんか?」

「……そんなに自信があるのなら好きにすればいいっ」


(いじけてる!? 子どもじゃないんだから……)


 アマンダはすらすらと課題の解説を行う。


「どうですか?」

「……一体どうなってるんだ。あの落第生が……私の楽しみが……ありえん、ありえん……これは夢だ、とんでもない悪夢……」


 ブツブツ独り言を呟きながら教師は、逃げるように教室を後にしてしまう。

 それと同時に授業終了の鐘が鳴った。


(我ながら子どもみたいな真似で意趣返ししちゃったけど、スッキリできたし、今日くらいは良いわよね?)


 その日一日は遠慮せず、アマンダは水を得た魚のように、教師たちの質問に答えまくった。

 驚く者、驚き過ぎて絶句する者、逆ギレし出す者。

 教師たちの反応はさまざまだったが、全員が最終的にはアマンダに白旗を挙げたことは共通していた。

 アマンダが授業で存在感を高めるのを苦々しそうに見つめるサマンサの刺すような視線も、何も怖くはない。

 サマンサはとにかく外面だけはいい。

 そんな彼女が、公衆の面前でアマンダに食ってかかることなどできるはずがない。

 放課後になると、アマンダは教室を出た。

 と、校門には公爵家の馬車が停まっていた。

 馬車の扉が開き、ディートハルトが姿を見せた。

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