3 サマンサの焦燥
サマンサ・シェルは学院の女王だ。
生徒も教師も関係なく、誰もが未来の王妃である彼女を仰ぎ見、尊敬する。
尊敬と称賛を向けられる日々はサマンサが幼い頃から夢見ていた生活そのもの。
「サマンサ様、今日は城下町に新しくオープンしたカフェに参りませんか?」
「それより、人気のドレスのお店を覗きに……」
取り巻きの女子生徒たちが声をかけてくる。
やや騒がしすぎて、うるさい時もあったけれど、彼女たちのこびへつらう表情が、自尊心をくすぐってくれる。
能力的には並ではあるけれど、サマンサを飾るための添え物としての価値くらいはあるから、そばにいることを許していた。
「ごめんなさい。今日はこれから殿下と一緒にお茶を飲むことになっているの」
「あ、そうでしたか」
「王太子殿下と仲が良くて羨ましいわ」
「ふふ。また今度ね」
放課後、授業が終わったサマンサが校門へ向かうと、自分を迎えに来た王族専用の馬車に悠然と乗り込んだ。
(もうすぐ私は正式な王太子妃になれるのよ!)
初夏の時期に、王太子妃になるための正式な儀式が行われる予定だ。
馬車に揺られながら、サマンサはこの先に待っているさらに豪華で、国中から仰ぎ見られる暮らしを想像し、白い歯が覗くほど口元を緩めてしまう。
これも全て、叔父であるエドガーが死んでくれたお陰。
父オーランドが侯爵を継ぐまで、サマンサ一家の暮らし向きは決して良くなかった。
父は、叔父のエドガーほど豊かな学識も魔術師としての才覚もなく、サマンサたちは何もないつまらない田舎暮らしを強いられ、王都での生活は夢のまた夢。
しかしエドガーが亡くなると、父が侯爵家を継ぐことになった。
それからサマンサのつまらない、色褪せた暮らしは一変した。
侯爵家の広大な領地から入るお金を湯水のように使い、垢抜けないドレスを一新し、これまで口にできなかった食事をお腹いっぱい食べ、今では食べ飽きるほど。
何より、サマンサはアマンダという便利な奴隷を手に入れることができた。
勉強の不得意なサマンサに代わり、何でもこなしてくれる、決して逆らわない、哀れで貧相な従妹。
おかげで勉強なんて馬鹿げたことをせずとも良くなった。
試験も、日々の課題の優秀さで免除してもらっている。
学校としても万が一、サマンサがひどい点数を取ることになった時の指導不足を指摘されることを怖れ、サマンサの申し出をこれ幸いと飲んだ。
おかげで全ての煩わしい事柄から解放されたサマンサは、好きなこと、楽しいことだけに時間を費やすことができている。
自分の人生は黄金でできているに違いない。
前世はきっと聖人で、多くの事柄を成し遂げたに違いない。
だからこそ神様がこれほどまでに素晴らしい人生をくれているのだ。
馬車が門を抜け、まっすぐカイニスの待つ離宮へ向かう。
馬車が停まれば、扉が開く。
「サマンサ、会いたかったよ」
「殿下。わざわざ出迎えて下さるなんて……」
「君のことが待ち遠しかったんだ」
光輝くブロンドに、やや垂れ目がちな青い瞳。
とてつもなく顔がいいというわけではないけれど、生まれの良さや善良さが滲んでいる。
男としては物足りないし、頼りないけれど、それはそれでいいところもある。
彼はサマンサの願い事を何でも叶えてくれるのだ。
一緒にいる時間は退屈だが、将来、国中の富を自分の楽しみのために費やせる権利のためなら、辛抱ができるというものだ。
カイニスにエスコートしてもらいながら、一緒に歩く。
「連日、お茶に誘ってすまない。学校の課題もあって大変だとは分かっているんだが、少し時間を空けただけでも、すぐに君を恋しく思ってしまう」
「構いません。課題ならいつも通り、簡単にできてしまいますから」
「本当に君は優秀なんだね。あまりに出来が良すぎて、私が君と釣り合えるかどうか心配になってしまう」
「あら、将来は王妃として私が支えて差し上げますから、殿下は何も心配することはございませんわ」
「本当に心強いな。君は、僕に過ぎたものだよ」
「殿下ったら。おだてても何も出ませんわ」
「本心だよ。さ、庭園へ行こう」
いつもお茶をする庭園に足を向けると、そこには美しい純白のドレスをまとう女性がいた。はっとしたサマンサは慌ててカーテシーをする。
「王国の麗しき月であらせられる王妃様にご挨拶申し上げます」
「──ふふ、サマンサ。そんな他人行儀な挨拶はやめて。こちらへ」
「失礼いたします」
「驚いた?」
(なにが驚いた、よ! 心臓が飛び出すと思ったじゃない!)
人の気も知らずニコニコしているカイニスを思わずチラ見してしまう。
カイニスは、サマンサの戸惑いなど露ほども気付かず、「びっくりしたかい?」なんて呑気なことを言っている。
(まったく、どういう神経しているのよ! こんなサプライズは最低よ!?)
おかげで寿命が縮んだ。
しかしそんな内心の動揺など少しも見せることなく、サマンサは笑みを崩さない。
「驚かせてしまったかしら? いつもあなたと過ごす時間がどれほど有意義で素晴らしいかをカイニスが語るものだから、ちょっとお邪魔してみたくなったの」
「王妃様とご一緒できるとは光栄の至りでございます」
席に着くと、メイドがお茶を淹れてくれる。
「ここのところ毎日のようにカイニスが誘って迷惑ではないかしら。学校は課題も多いでしょう」
「そんなことはございません。殿下とご一緒できる時間をとても楽しく思っていますから」
「母上。言っているでしょう。サマンサは学年首席で、課題も簡単にこなしてしまうんですよ」
「ええ、分かっているわ。その話はもう耳にたこができてしまうくらい聞いたもの。本当にあなたは素晴らしい人間、だと。でも本当かしら? 成績も優秀。それでいて人格者。そんな完璧な人間が本当にいるものかしら」
王妃が底の知れない眼差しを向けてくる。
「母上、何を……」
いくら鈍いカイニスも、場の雰囲気がおかしいことに気付いたらしい。
「サマンサはただあなたの伴侶というだけじゃない。この国をあなたと共に盛り立てる未来の王妃でもあるのだから」
ひやっとしたものが背中を流れるが、サマンサはそれくらいで動揺することはない。
「殿下は大袈裟なのです。私は完璧などではありません。それどころか、足りないところばかりと反省する日々です」
「具体的にはどういうところを足りないと思うのかしら?」
「従妹のことです。どれほど隠そうと思っても、従妹への苛立ちという生々しい感情を隠すことができないことがあります」
「アマンダ、と言ったかしら」
「はい。手をあげそうになったことも、正直あります」
「サマンサ、そこまで言わずとも……」
「本心ですから。私は殿下が仰るような完璧な人間では決してありません。でも、だからこそ日々、そういう人間になれるよう努力をしているつもりでございます」
それまで厳しかった王妃の表情が緩む。
「そう、ごめんなさい。したくもない話をさせてしまって……。でも私は完璧な人間を求めていないわ。弱さ、足りなさがあるからこそ、自分よりも弱く、恵まれない人々にも寄り添えると思っているの。その気持ちを忘れないでちょうだい」
(所詮は王妃もこの程度、か。ちょろいわね)
サマンサは胸の中でせせら笑う。
「もちろんでございます」
「では私はそろそろ行くわ。お邪魔してごめんなさい。二人きりのお茶会を楽しんで」
王妃が立ち上がると、サマンサたちも立ち上がり、見送った。
「……すまない。母上があんな話をするなんて」
「構いません。とても有意義で素敵な時間でしたわ」
「本当に君という人は、どれだけ立派なんだ」
「でも不意打ちは今日だけにして下さいね」
「分かった。驚かせてすまない」
カイニスとお茶の時間を終えたサマンサは、いつものように王家の馬車で屋敷まで送ってもらう。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「本当に疲れたわ。お父様は?」
「遊戯室でございます」
遊戯室を覗くと、父がカードに興じていた。その顔を見るだけで、何かいいことがあったのだと分かった。
「ただいま帰りました」
「おお、今日も王太子殿下とお茶会か。仲睦まじくて感心だな」
「お父様、なにか良いことがありましたか?」
「分かるか? ふふ」
「ええ。その葉巻も、お飲みになられてるブランデーも、良いことがあった時にしか口にされないものではありませんか」
「さすがは私の娘。よく気付いたな。いやあ、ゴミが黄金に代わった祝いだよ」
オーランドは上機嫌に言った。
「ゴミ……と言いますと?」
「アマンダが、あの公爵の婚約者になった」
「は?」
「ディートハルト公爵だ。突然いらっしゃったと思ったら、なんでもあの貧相なゴミに一目惚れしたらしい。相場の三倍もの持参金がさっき届けられてな! あっはっは! 笑いがとまらんとはこのことだっ!」
「お待ち下さい。アマンダを差し出したのですか?」
「当然だろう?」
「ど、どうしてそんな勝手なことを……」
「なんだ? 反対か? お前だってアマンダは煩わしいと常々、言っていたじゃないか」
「それは」
両親は、サマンサがアマンダに課題を押しつけているという事実を知らない。
優秀な娘だと思われたくてずっと黙っていたのだ。
「ん? どうしたんだ。顔色が悪いぞ?」
「……いいえ、大丈夫です」
「ふむ?」
サマンサは逃げるように部屋を出る。
(なによそれ! 勝手なことしないで! あの間抜けがいなくなったら、私の課題は一体誰がやるのよ!!)
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