2 仮初めの婚約
リンゴンリンゴン。
放課後を告げる鐘の音が、学院に響き渡る。
授業が終わり、教室が騒がしくなる。
これから街へ遊びに出かけるグループ、部活へ出かけるグループ、帰宅するグループ。
ただ一人、アマンダだけが暗い表情のまま、席から動けないでいた。
ついにこの時がきてしまった。
アマンダは暗澹たる気持ちで顔を覆う。
昨日ディートハルトに魔法陣はおろか、物置部屋にあった資料その他全てを見られ、素性まで知られてしまったのだ。
『明日、放課後に迎えに行く。待っていろ』
ディートハルトの淡々とした声音を、今でもはっきり思い出せてしまう。
(どういう意味? 魔法陣を勉強してたのが気に障ったから、問題行動だって吊るし上げにされちゃう? とんでもない人に目をつけられちゃった……)
ディートハルトは王家の血筋を引いているだけでなく、国一番の魔術師だ。
そんな人からしたら、魔法陣なんて時代遅れの遺物の存在は詠唱魔法に劣るものとして忌まわしいと思われるだろう。
事実、魔術師の世界において魔法陣というのは時代遅れであり、魔法と言えば詠唱魔法を指すのが一般的だ。
父も研究者仲間から馬鹿にされたり、時間の無駄だと面と向かって言われたりもしていた。彼らからすれば、詠唱 魔法が存在するのに、わざわざ魔法陣を研究することなど無意味だと思ったのだろう。
「アマンダ・シェル! 院長先生がお呼びよ!」
女性教師が顔を出して告げる。その目は怒りにつり上がっている。
また問題を起こしたと思われているのだろう。
「……はい」
返事をする声は自分の声であることが信じられないくらい虚ろだった。
「あの子、今度は何をやらかしたの?」
「いい加減、あいつももう終わりじゃね?」
擦れ違う生徒たちが忍び笑いをこぼす。
「院長先生は慈悲深すぎたのよ。一刻も早くあなたを退学処分にするべきと言い続けているのに。──さあ、入りなさいっ」
女教師に突き飛ばされ、つんのめるようにして院長室に入る。
そこには案の定、ディートハルトが待ち受けていた。
院長も茹でダコのように顔を真っ赤にさせている。
「ようやくきたか! アマンダ! 君は一体どれだけ我が校に恥をかかせれば気が済むんだ!? 公爵様に一体、どんな愚かで無礼なことをしたのかね!」
頭ごなしに怒鳴られ、アマンダは口を開く余裕もなかった。
「何とか言ったら……」
「──うるさい。いいから、黙れ」
ディートハルトがその機先を制するように、冷ややかに告げた。
「そうだ、アマンダ、黙れ……公爵様、アマンダは何も言っておりませんが……?」
「お前に言ったんだ」
「ひ!」
ディートハルトから睨みつけられ、院長は顔を青くする。
「アマンダ、行くぞ」
ディートハルトはさっさと部屋を出ようとすると、院長が恐る恐る口を開く。
「公爵様、どちらへ? アマンダを処罰するために呼び出したのでは……?」
「いつそんなことを言った? 私はただアマンダ・シェルを呼べと言っただけだ」
「それは……確かにその通りですが、あなたが一体アマンダに何の御用が? アマンダはわが校の落ちこぼれで……」
「それを言う必要があるのか?」
「……いえ」
状況が全く飲み込めていないアマンダは、ディートハルトの後に続いて部屋を出た。
上履きから靴に履き替えて外に出ると、校門前に公爵家にのみ許された三頭立ての馬車が停まっていた。
「乗れ」
扉を開けられ、促される。
「……はぃ」
大人しく乗り込むと、ディートハルトがそれに続き、アマンダと向かい合うように座れば、馬車は滑るように走りだした。
アマンダは、ディートハルトをちらりと窺う。
一体何がどうなっているのか分からないが、とにかく状況を把握するために聞かなければいけないことがある。
「……公爵様、私はこれからどうなるんですか?」
窓の外に目をやっていた無機質な琥珀色の瞳が、アマンダを見据える。
「どういう意味だ?」
「私が魔法陣の研究をしているのをお知りになられましたよね。それを咎めるために私を呼び出したのではありませんか……?」
「なぜ咎められると思う?」
「なぜって……魔法陣は古臭い遺物だと誰もが口を揃えて言っていますから……」
「私はそう思わない」
「は、い?」
アマンダは耳を疑った。
「『魔法陣にこそ、この世界の未来があると信じている』」
アマンダは目を瞠った。
「それは父の」
「そう、お前の父エドガー博士が生前、常々口にされ、論文にも書かれていたことだ。博士は私の憧れなんだ。博士の論文を読み、博士の言葉は正しいと思った。志半ばで亡くなられていなければきっと、魔法陣研究は広く世に知られ、人々の生活は格段に良くなっていたはずなんだ。私は博士の志を継ぎ、魔法陣研究を続けていた。しかし遺された資料はあまりに少なく、右も左も分からない。そこへ来て、昨日、お前が組み上げた魔法陣の完璧さに衝撃を受けた。私でさえ魔法陣を完成させることができなかったのに……。博士の遺志を形にするためにも魔法陣の研究に協力して欲しい」
「本気、ですか?」
「冗談を言っているように聞こえたか?」
「い、いいえ」
アマンダは熱いものがこみあげてくるのを意識した。
父を慕ってくれる人がいてくれたなんて知らなかった。それもあのディートハルトが。
「使え」
ディートハルトがハンカチを差し出してくれる。
「そんな」
「いいから」
「……ありがとうございます」
受け取ったハンカチで目尻に滲んだ涙を拭く。
(お父様が続けてきたのは無駄じゃなかったのね……)
そのことが何よりうれしかった。
「父の研究を評価していただいて、ありがとうございます。父の志を継いでくれる人がいて、きっと父も喜んでいると思いますっ」
「当然のことだ。それに博士の志を継いでいるのは私だけでなく、お前も、だろう?」
「はい!」
ディートハルトになら言っていいかもしれない。
「公爵様……」
「ディートハルトで構わない」
「ファーストネームでお呼びするのは……」
「私が良いと言っている。それに、私たちは魔法陣を世間に認めさせたいという目標を持つ同志なんだから」
「同志……。分かりました。畏れ多いですが、ディートハルト様、とお呼びしますね」
馬車が停まる。そこはシェル侯爵家の門前だった。
ディートハルトは馬車から降りると、アマンダへ手を差し出してくる。
「一人で降りられます」
「女性をエスコートするのは当然だろう。早くしろ」
「……し、失礼します」
まさかあのディートハルトにエスコートしてもらえるなんて。
アマンダはどぎまぎしながらその手を取った。
ディートハルトと一緒に玄関前に立つ。
「あの、これから何をするんですか?」
「お前を貰う」
「え? それはどういう……」
「黙ってそばにいれば、分かる」
ディートハルトはそう言うと、扉のノッカーを叩く。
すぐに侯爵家のメイドが顔を出す。メイドはアマンダ、そしてディートハルトの顔を交互に見て、ぽかんとした顔をする。当然だが、状況がまったく飲みこめていないのだろう。
(私が彼女の立場でも同じ顔をするでしょうね……)
「侯爵はいるか?」
「い、いらっしゃいます」
声をかけられた使用人がおずおずと頷く。
「ディートハルト・ステイナーが、アマンダのことで話があって来たと伝えろ」
「かしこまりました。中へどうぞ。応接間のほうへ……」
ディートハルトとアマンダは玄関フロアに入る。
「長居するつもりはないから、ここで構わない」
アマンダはそわそわしてしまう。
ディートハルトは叔父に一体何を言おうというのだろう。
(貰うってどういう意味なの?)
すぐに叔父のオーランドが現れた。
「これは公爵様、どうなされたのですか……。姪がどんな粗相を?」
オーランドは媚びるような眼差しで、ディートハルトを仰ぎ見る。
「何も問題は起こしてはいない」
「では……?」
「アマンダを妻としてもらいたい」
「は?」
「は?」
アマンダとオーランドは同時に間の抜けた声を漏らしてしまう。
(つ、妻? え……!?)
オーランドは引き攣った笑みを浮かべた。
「はは、年のせいか耳が悪くなったようで、姪を妻にご所望と聞こえてしまいました……」
「ちゃんと聞こえているではないか。無論、アマンダは学生だからすぐ結婚するつもりはないから、婚約だ」
「姪は、私が言うのもあれですが、かなりの問題児で……」
「関係ない。一目惚れだ。たまたま街中で見かけて以来、寝ても覚めても彼女のことが頭から離れない」
そう、ディートハルトは言葉とは裏腹な無表情で淡々と告げた。
「そ、それほどまでに。しかし……」
「突然の申し出に戸惑うのも当然だ。本来であれば嫁ぐ側が払うことになる持参金だが、無理を言っているからな。こちらから出させてもらおう。どれくらいならば、アマンダとの婚約を許してもらえるだろうか。言い値をだそう」
ゴクリ、とオーランドの喉が鳴った。
「い、言い値?」
「こちらも本気だということを示したい。いくらだ。遠慮はいらない。言ってみろ」
「……亡き兄の忘れ形見ですからな。ここはやはり……」
オーランドが提示した金額は通常の三倍。
相手が公爵だからと言って、いくらなんでもそれはふっかけすぎだ。
「ふむ……小物だな」
「は?」
「いや、こちらのことだ。いいだろう。すぐに持ってこさせる。ついてはアマンダをすぐに引き取りたいが、構わないか?」
「それはもちろん」
「アマンダ、荷物をまとめて来なさい」
「は、はい」
詳しい話は後で聞こうとアマンダは物置部屋の荷物を手早くまとめる。
荷物らしい荷物は数着の着替えと学校の制服にテキスト、父の手記くらい。
一つの箱に収まるくらいの荷物を抱えて物置部屋を出ると、ディートハルトが玄関から出てくるところだった。
「貸せ」
「お手を煩わせるわけには……」
「ふらついているくせに無理をするな」
「……お願いします」
ディートハルトが「風よ」と呟くと、荷物を風が包み込み、馬車へと運んでいく。。
「行くぞ」
アマンダたちは馬車へ乗り込んだ。
「屋敷へ」
馬車は動き出す。
「ディートハルト様、こ、婚約の話ですが」
「安心しろ。本当に結婚するつもりはない。これは周囲を欺く仮初めの婚約だ」
「欺く?」
「私が頻繁に侯爵家に出向くのは手間だ。かと言って、何の関わりもない学生、それも女性を手元に置くには正当な理由が必要だ。考えた結果、婚約が一番手っ取り早いと判断した。それに、お前のことを調べさせてもらった。これまで、侯爵からひどい仕打ちをされてきたようだな。昔、侯爵家に仕えていた使用人たちから話を聞いた」
「……っ」
「お前はあんな家にいるべきではない。私ならば侯爵も手を出せない庇護者になれる。もちろん、将来的にこの婚約は破棄する予定だから安心しろ。お前の将来に影響しないように私の有責という形にするつもりだ」
「そんな! それではディートハルト様の経歴に傷が!」
「そもそも恋愛ごとに興味などないから問題ない。それに男より女のほうが、経歴の傷の影響は大きいだろう」
「……かもしれませんが、ディートハルト様は公爵なのですよ!?」
「そんな地位に未練などない。それより魔法陣の有用性を世に広く知らしめることのほうがよほど重要だ。──他に質問は?」
「……いえ」
首を横に振ったアマンダは、深々と頭を下げた。
「……あの家から救っていただき、ありがとうございます。せいいっぱい頑張りますっ」
「期待している」
しばらく馬車が走ると、広い邸宅の前で停まった。
侯爵家の屋敷よりもさらに一回り広い土地と母屋を有している。
屋敷の前の美しい庭には季節の花や木々、大理石の噴水が配置されていた。
屋敷は青い屋根に白い外壁という瀟洒な造り。
「ここが今日からお前の家だ」
「私の……」
馬車から降りたアマンダはディートハルトと肩を並べ、屋敷の門をくぐり、敷地を横切ると、母屋へ入った。
すでにディートハルトの帰宅の知らせは届いているらしく、使用人たちが勢揃いしていた。
「おかえりなさいませ、公爵様」
「おかえりなさいませ」
執事であろう初老の男性を筆頭に、メイドたちが一斉に頭を下げる。
屋敷の大きさに合わせて使用人の数も多く、壮観だった。
「そちらのお嬢様は?」
「わ、私は、アマンダ・シェルと申しますっ」
アマンダは頭を下げた。
「アマンダ様でございますね。公爵様とはどのような……」
「婚約者だ」
「はい?」
「婚約者ゆえ、丁重に扱え。部屋は二階の南向きの客間を。彼女が欲しいと言った物は全て速やかに用意すること。それからシェル侯爵家に今から言う金額を急ぎ届けてくれ」
「かしこまりました。速やかに準備を進めます」
「頼んだ。アマンダ。まずは私の部屋へ来てくれ」
アマンダは戸惑う執事たちに一礼すると、ディートハルトと共に歩き出す。
「皆さん、戸惑われていらっしゃいました。事前に話しておられなかったんですか?」
「問題ない。使用人たちは皆、優秀だ。すぐに部屋を整えてくれる」
(ディートハルト様ってかなり強引な人だわ!)
一階の奥にある両開きの扉を、ディートハルトが開けた。
「すごい……!」
天井近くまである大きな本棚が四面の壁に据え付けられ、隙間なく書籍が収納されているのだが、それだけでは足りなかったのか、床にいくつもの本の山が積みあがっていた。
部屋というより、物置と勘違いしてしまいそうなほど雑然としていた。
しかしその部屋を見て、アマンダは懐かしさを覚え、思わず口元が緩んだ。
「汚すぎておかしいか?」
「いいえ。父を思い出したんです」
「博士?」
「父の部屋も、こんな風な感じでしたから……。よく使用人からお説教をされて、困った顔で『すまない、すまない』と言ってました。使用人も心得たもので『そう言ってぜんぜん直すつもりなんてないんですよね、仕方ありませんねえ』と苦笑していて。それが毎日のおきまりのやりとりだったんです。そのせいか懐かしい気持ちに……」
「そうだったか」
「とはいえ、多少整理整頓していただいたほうがいいかと思います。足の踏み場がないと大変ですので」
「気を付けよう」
(ディートハルト様はお父様と似たところがおありなのね。……私がやらないと)
アマンダは心の中で密かに決意する。
「お前に見てもらいたいものがある」
「何でしょう」
「私が復元した魔法陣だ」
「復元!? お一人でされたんですか?」
「魔物討伐で王国各地に行く機会があるからな。遺構から見つかっている魔法陣を断片的に蒐集し、欠けた部分を私なりに補ってみたんだが、うまく発動しないんだ。意見を聞かせて欲しい」
渡された紙には、魔法陣が描かれている。
古代語を読み解くかぎりこれはどうやら、風を起こす魔法陣のようだ。
古代語の構文や言葉選びも間違ったところはないように思える。
父の論文や研究資料なしで、ここまで再現できるのは本当にすごいことだ。さすがはディートハルトだと感心してしまう。
「すごい……。こんなに綺麗に再現できるなんて」
「そう思うか? しかし庭先で描いてみても、まったく発動しなかったんだ」
「庭?」
「見てくれ。こっちだ」
どうやらこの部屋から直接、庭に出られるようだ。
本の山に気を付けつつ、外に出る。
「これだ」
ディートハルトは庭の地面に描かれた魔法陣を示す。
「ん?」
「首をかしげてどうした?」
「どうしてこちらに描かれたんですか?」
「……どういう意味だ?」
ディートハルトは眉を顰めた。
「魔法陣はマナの流れのある場所に設置しなければ、意味がないんです」
「マナの流れ? どういうことだ?」
「そのままの意味です。詠唱魔法であれば、詠唱の中にマナを強制的に術者に引き寄せる要素が入っていますので、場所を問いません。しかし魔法陣そのものにマナを引き寄せる効果はないので、マナの流れを読む必要があるんです」
アマンダは当たり前のことを言っているのだが、ディートハルトはますます怪訝な表情になった。
「……マナの流れはどうやって知るんだ?」
「どう? それは普通に見えませんか?」
アマンダはきょとんとしてしまう。
「……マナの流れが見えるのか?」
「はい」
「もしや博士も、か?」
「みんな、見えるのではないですか?」
ディートハルトは信じられないという顔をする。
「とんだ父子だな……。それは精霊瞳と呼ばれる特異な能力だ」
「ええっ!」
「これまで確認されているだけでも歴史上、十数人程度しかいないぞ」
「し、知りませんでした」
「当たり前のように古代語を読み解けるくせに、こんな基本的な知識は欠けているのか」
「すみません……」
「いや、責めているわけじゃない。なるほど。すごいな……。では、あらためて魔法陣を描こう。どこに描けば良いか教えてくれるか?」
「あちらなら」
ディートハルトは改めて地面に魔法陣を描く。
「後はどうしたらいい?」
「魔法陣に魔力を注いで下さい。そうしたら発動します。魔力がスイッチ、マナは燃料と考えてもらえば分かりやすいと思います」
「なるほど」
ディートハルトは魔法陣に手を置き、魔力を注ぐ。
魔法陣が緑色の淡い光を帯びたかと思えば、それまで無風だったにもかかわらずそよ風が巻き起こる。
アマンダとディートハルトは髪を押さえながら、自分たちを取り巻く風の流れを感じた。
「成功です!」
「すごい……!」
ディートハルトの顔には、無邪気な笑顔が浮かぶ。
「!」
それまでずっと威圧さえ感じさせる無表情だったディートハルトが不意に見せた少年のような無邪気な笑顔に、アマンダの鼓動が小さく跳ねた。
「ん? どうかしたか?」
「いいえ、何でも」
そこへ執事が顔を出す。
「公爵様。アマンダ様のお部屋の準備が整いました。それに風が出て参りましたので、お部屋へお戻りください。春といえどもまだ冷えますから」
「私はしばらくここにいる。アマンダ、行け」
ディートハルトは全身で風を感じながら言った。
「分かりました」
「待て。感謝する。お前のおかげで夢に一歩近づけた」
アマンダは一礼して執事と屋敷の中に入った。
「……十年ぶりでございます」
執事がぽつりと呟く。
「何がですか?」
「公爵様の笑顔を見たのは、先代の公爵様を亡くされて以来かもしれません。あれから公爵様は一切笑われなくなりました。まさかこの年齢で、またあの笑顔を見ることができるとは……」
執事はかすかに涙ぐんでいた。
「さすがは公爵様がお選びになられた方でございますね。最初は戸惑っていましたが、公爵様がお選びになられたのには理由があったのですね……。どうか、末永く公爵様のことお願いいたします」
仮初めの婚約者という言葉を言い出すことができなかった。それほど執事は嬉しそうだったのだ。
(……うう、罪悪感が……)
案内してもらったのは二間の部屋。
手前は居間。壁紙は花柄で、自分が花畑の真ん中に立っているような気持ちになる。
カーペットはラウロ産。
靴ごしにもふかふかした柔らかさが伝わり、土足で踏みしめるのが申し訳なくなってしまう。
ティーテーブルは猫足になっていて可愛い。
テーブルを囲うように配置されたソファーは、ゆったりと座れる大きさだ。
大きく取られた窓にかかっているカーテンはライムグリーン。
天井から下がっているシャンデリアには、クリスタルが使われている。
家具の一つひとつはびっくりするくらい高級感がありながらも品の良さを備えているためか、落ち着いた空間に仕上がっていた。
それはかつての侯爵家を彷彿とさせた。
叔父一家に乗っ取られてからというもの、屋敷はこれみよがしに贅を凝らした成金趣味に変えられてしまったから余計にそう思う。
居間には二人のメイドがいた。
「アマンダ様、何か必要なものがあればこの二人に仰せ付け下さい。そして奥が寝室になっております」
「よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「未来の奥様にお仕えできて幸せでございます」
「……きょ、恐縮です……っ」
執事が寝室に通じる扉を開ける。
そこにも見事な天蓋ベッドや、鏡台が置かれている。
(す、素敵……)
今風ではないけれど、アンティーク調なのが可愛い。
「いかがでございましょうか。お気に召されなければ、新しい家具をご用意いたしますか?」
「すごく気に入りました! こんな素敵な部屋を用意して下さって嬉しいです。ディートハルト様にお礼を言っておいてください」
「かしこまりました。お夕食ですがお召し上がりになられますか?」
「いただきます」
「お嫌いなものや食べられないものなどはございますか?」
「特にはありません」
「かしこまりました。では、夕食の準備が整い次第、お知らせにあがります。失礼いたします」
執事が部屋を出るとメイドが口を開く。
「お食事の準備が整う前に、お風呂にお入りになりますか?」
「あ、はい」
「では、お湯をお持ちします」
バスタブのお風呂なんてどれだけぶりだろう。
物置部屋に移されてからは、水に浸した布で体を拭くくらいしか許されなかった。
それも季節を問わず、冷たい水を使わざるをえなかった。
メイドたちに身体や髪の手入れをしてもらいながらお風呂を堪能した。
お風呂から上がり、用意された部屋着に着替えた。
「ありがとうございます。えっと、下がってくださって大丈夫ですよ」
「かしこまりました。お夕食はあと三十分ほどかかるとのことでございます。何か用命の際はそちらの紐を引いて下さい。使用人の控え室につながっておりますので」
「分かりました」
メイドが去って、時間を見る。まだ午後七時を回ったくらいだ。
いつもならまだ家のことをやっている時間帯。それが終わるとサマンサから押しつけられた課題をこなし、寝る頃にはもう真夜中なのはざらだった。
(夕食まで余裕があるし、課題を片付けなきゃ)
叔父一家に搾取されるのはもう終わりだ。
今日からは自分のためだけに時間を使うことができる。
自分のためだけに生きることができるのだ。
アマンダはその喜びを噛みしめた。
作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。




