17 祝賀会2
「あ、ご、ごきげんよう……」
(どなたかしら)
覚えがなかった。
「あ、もしかして分かりませんか?」
女性がそう言った。
「……はい、申し訳ございません。どこかでお会いしましたか?」
「チアタですよ」
「チアタ様!? すごくお綺麗で分かりませんでした。眼鏡は外されているんですね」
「はい。今はコンタクトレンズ……視力矯正の魔導具を使っているんです。それに、綺麗、というのはアマンダ様のほうがしっくりきますよ」
お世辞だと分かりながらも、つい口元が緩んでしまう。
「あ、ありがとうございます」
チアタと話していると、続々と宮廷魔術師たちがやってきた。
彼らとこうして会うのは、タレットの街を救って以来。
宮廷魔術師たちは今回の授章を祝ってくれる。
彼らはいわば戦友ともいうべき人たちで、その人たちにおめでとうと言われるのはとても嬉しかった。
やがて先触れが「国王陛下、王妃殿下、王太子殿下のおなりでございます!」と高らかに宣言すれば、その場にいた全員が、深々と頭を下げて国王一家を出迎えた。
国王が柔らかな眼差しを、アマンダへ向けた。
「皆、今日はよく来てくれた。──アマンダ・シェル。こちらへ」
名前を呼ばれ、アマンダはしずしずと近づく。
「このたびはよくやってくれた。お前がいなければ、多くの人命が失われていたであろう。魔法陣がいかに素晴らしいか、まざまざと思い知らされた。この勲章を与える。これからも魔法陣の研究に努めるように」
「ありがとうございます。引き続き、精進いたしますっ」
盛大な拍手が会場中に響き渡った。
「さあ、皆、宴を楽しんでくれ」
国王の言葉とタイミングを合わせるように、王立楽団の華やかな演奏が始まる。
それまでずっと様子見を決め込んで遠巻きにしていた貴族たちがアマンダに押し寄せ、祝いの言葉を口々に述べる。
「このたびはおめでとうございます。陛下からあのように仰られるとは、さすがは公爵様の許嫁であらせられますわ。そのドレスもとても美しくて、会場にいらっしゃった時から見とれていたのですよ」
「ありがとうございます。これは、ディートハルト様が選んでくださったんです」
アマンダはここぞとばかりに主張する。
「まあ! 公爵様が! 愛されていらっしゃるのですわねえ!」
「羨ましいですわ」
「すまない」
そこへカイニスが現れる。貴族たちが深々と頭を下げて一礼し、道を空けてくれる。
「アマンダ。今回の授章、おめでとう」
カイニスはにこりと微笑みかけてくれる。
「ありがとうございます、殿下」
アマンダはカーテシーをしながら頭を下げた。
「公爵もおめでとう」
「ありがとうございます」
「まさか魔法陣があれほど素晴らしいものだなんて……。これからも魔法陣の研究を頑張ってくれ。応援している。もし私たちにできることがあれば言ってくれ。協力しよう」
「そのように言っていただけて光栄でございます」
「では宴を楽しんで」
カイニスは柔らかく微笑み、立ち去った。
すると、再び人々が集まってこようとするが、ディートハルトがそれを遮った。
「すまないが、婚約者との時間を過ごさせてくれ。──アマンダ、ダンスの相手をしてくれるだろうか」
不意にディートハルトがアマンダの肩に優しく腕を回し、抱き寄せる。
(ディートハルト様!!!????)
「わ、私で、良ければ……」
ディートハルトに促され、アマンダたちはダンスフロアの真ん中へ歩き出す。
「子どもの時に踊って以来なもので、ダンスは不得手なのですが……」
「構わない」
「足も踏みつけてしまうと思います」
「私がそんなことで痛がるとでも? 大丈夫。リードするから、身を任せてくれればそれで良い」
手を優しく取られ、ディートハルトがリードしてくれる。
「謙遜がすぎるな。うまいじゃないか」
「ディートハルト様のリードがうまいからです」
ディートハルトが自分を見つめてくれれば、周囲の視線なんてどうでも良くなる。
(まるで夢を見ているみたい)
やがて音楽が終わった。
自信がなかったダンスであるはずなのにこうして終わってしまうと、いつまでもディートハルトと踊っていたいと思わずにはいられなかった。
「とても楽しかった」
ディートハルトが、アマンダの手の甲にそっと口づけを落とす。
「……私も、です」
耳まで真っ赤にしたアマンダは俯いてしまう。
「──アマンダ様」
顔をあげると、そこには礼装用の騎士服に身を包んだ騎士団長がいた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「……このたびはお願いがありまして」
「何でしょうか」
「あなたがお作りになられた通信用の魔法陣を是非、騎士団で採用させてもらえないかと……」
「虫が良いな」
ディートハルトが無表情で、騎士団長を冷ややかに見つめた。
「お前たちは、コンテストであれだけの圧倒的な結果を出したにもかかわらず、アマンダではなく、サマンサのものを選んだんだぞ。忘れたか?」
騎士団長が表情を強張らせた。
「いいえ、覚えております」
「ではどの口でそんなことを言う? 大人しくサマンサが考えたものを採用すれば良いだろう」
「今さらこんなことを言っても全て言い訳に聞こえてしまうことは承知していますが」
「そうだと思うのなら口を噤め。不快だ」
「ディートハルト様」
アマンダは見かねて、ディートハルトの袖を引く。
「なぜ庇う?」
「庇うわけではありません。でも魔法陣の良さに気付いてくださるのであれば歓迎すべきことではありませんか」
「……それはそうかもしれないが」
ディートハルトはそれでも納得がいかないという顔をする。もちろんアマンダにしても何も思わないわけではないが、それでも良さに気付いてくれるのは嬉しい。
「私はあなた方のものが素晴らしい、ぜひ採用したいと申し上げたのですが、審査員長を務める子爵様に押し切られてしまいまして……。しかしやはりアマンダ様たちが生み出したあの魔法陣は素晴らしい。ほとんど誤差もなく、リアルタイムに離れた場所と会話ができるのは我々にとって決して欠かせないものであると、タレットのことで痛感いたしました。我々騎士団のためではなく、この国の人々のためにも、どうかご協力をお願いいたしますっ」
騎士団長が改めて深々と頭を下げた。
「もちろんです」
「ありがとうございます。では詳しい話はまた後日に」
騎士団長は下がっていく。
「……ディートハルト様、まだ許せませんか?」
ディートハルトは難しい表情のまま、立ち去る騎士団長の背中を睨んでいた。
「それもあるが少し気になるところがあってな」
「何がですか?」
「いや……。これは俺のほうで調べておく。アマンダは通信の魔法陣について考えてくれ」
「? 分かりました」
(何なのかしら)
♦
「ご覧になって。なんて素敵なお二人なのかしら」
「これまでどんな淑女にも興味を見せなかった公爵様が見初めるだけのことはあるわ」
「気品だけでなく、魔術師としての才能にも溢れているなんて羨ましい……」
アマンダとディートハルトが会場中を虜にしていた。
(どうして、あの女が注目を浴びているの!?)
ギリッ、と奥歯を噛みしめたサマンサは祝賀会で一身に注目を浴びる従妹を、恨みがましく睨み付けずにはいられない。
「くそ……調子に乗りおって」
「本当よ。何様なの。あの恩知らず……っ」
両親が怒りで顔を歪めながら囁き合う。
そこへ王太子付きの侍従が現れる。
「サマンサ様。殿下がお呼びでございます」
両親は一転して笑顔を浮かべると、
「王太子殿下にくれぐれも失礼のないようにな」
「あなたは将来の王妃ですもの。あんな生意気な小娘、すぐに捻りつぶしなさい」
「もちろんですわ。お父様、お母様」
サマンサが侍従へついていけば、
「サマンサ嬢、ごきげんよう。今日も素敵ですね」
「相変わらずお美しい」
擦れ違う人々から歯の浮くような誉め言葉。
サマンサは自尊心をくすぐられ、「ありがとうございます」と笑顔をたたえた。
そしてカイニスの元まで向かったサマンサは、カーテシーをする。
「殿下。ごきげんよう」
「会いたかったよ、サマンサ」
「私もです、殿下」
(そうよ。私には殿下がいる。私は将来の王妃。この国の母となるんだもの。アマンダなんかよりもずっと価値があるのよ!)
「サマンサ。あなたの従妹はずいぶんと凄いのね」
王妃のユージニアがにこりと微笑んだ。
「本当に。公爵家は我が国にとってなくはならない大切な存在です」
カイニスも大きく頷く。
二人がにこやかに話しているだけなのに、胸の中にどす黒いものが芽生えてきてしまう。
どうしてわざわざ自分を呼びだしておきながら、アマンダのことを話すのか。わざとそうしているのかと勘繰りたくなってしまう。
「あなたが正式に王太子妃になるためのお披露目の式が間もなくね」
「はい。ドレスや装飾の準備はつつがなく進んでおります」
「それは重畳だわ。魔法の準備はどうなの?」
「……そちらの準備も滞りなく」
「さすがだわ」
「当然ですよ、母上。サマンサなんですよ?」
正式な王太子妃になる式には必ず、それまでになかった新しい魔法を生み出し、披露することで、将来の王妃がどれだけ優れた魔術師であるかを列席者たちに示す儀式があった。
サマンサは頬が引き攣りそうになるのを意識しながら、「それも問題ございません」とどうにか答えると、カイニスとユージニアは満足そうに頷く。
嘘だ。
未だうまくいかず、藻掻いているところだった。
アマンダがいなくても自分は優秀だ、これくらい簡単にできる、と思ったが、全く当てが外れてしまっていた。すでに存在する術式を使いこなすのと、ゼロから生み出すのとでは全く次元が異なる。
試作の術式を作ってはみたものの必ずどこかに穴があり、それを埋めようと改良するとまた別のところに穴ができてしまう。
それを繰り返し、途方に暮れる始末。
「学院の首席である君には大して難しくはないだろうし、あまり構えなくて構わないから。そうですよね、母上」
自分は何もしなくても良いからとカイニスは気楽に言った。
「そうよ。私が王太子妃になる時も、一か月もあれば十分だったから。別に気負う必要はないわ」
まさかアマンダ頼りのツケがこんな形で回ってくるなんて思いもしなかった。
「お任せください。きっと素晴らしい魔法を編み出してみせます」
「うん、期待しているよ」
サマンサは背中にじっとりと嫌な汗をかきながらどうにか告げた。
では失礼します、とサマンサは背中を向け、足早に両親の元に戻る。
心臓がバクバクと嫌な音を立てている。
尋常ではない様子で戻って来た娘に、呑気に歓談していた両親が気付く。
「何かあったのか?」
「殿下とはどんな話をしたの?」
「お父様、お母様、お話がございます。実は……」
サマンサは新しい魔法の開発が難航していることを告白した。
「あなた、どうしたら……」
「大丈夫だ。何も心配する必要はない。──子爵っ」
父はそばを通りかかった初老の男、クベットを呼び止める。それは騎士団の伝令コンテストで審査員長を務めた学者だ。
「これは侯爵様。それからご令嬢様、奥様……」
「話がある」
オーランドは顎をしゃくって歩き出す。サマンサたちもそれに続いて庭へ出た。
「わざわざこのような場所に……一体どうされたのですか?」
「王太子妃の儀式の時に、魔法を披露することは知っているか」
「はい、もちろんでございます。今の王妃様も素晴らしい魔法を披露なさいました。あれで、多くの者たちが王妃様の崇拝者となりました」
「ついてはお前にその術式を作ってもらいたい」
老学者は怪訝な顔をする。
「私が? なぜですか。ご令嬢は学院の首席を務められている御方なのです。ご自分だけで十分生み出せるのでは? 新しい魔法を披露するとはいえ、そこまで高等なものを求められるわけではありませんし」
オーランドはクベットの胸倉を掴んだ。
「こ、侯爵様!?」
「分からんのか? サマンサは完璧な王太子妃でなければならないんだ。あの、アマンダよりもずっと優れた魔法の才能があると世間に知らしめる必要がある! 今や陛下だけでなく、宮廷魔術師どもも、あの古臭い魔法陣の可能性に注目しはじめている。このままではお前の権威もどうなるか……」
「しかし協力したことが明るみに出れば、処罰されて……」
「私からの賄賂を受け取り、コンテストの結果を歪めておきながら今さらだな」
「それは……」
「詠唱魔法の大家として歴史に名を残したいのならば、言う通りにしろ。良いな。これは命令だ!」
オーランドは老学者を突き飛ばす。
「……分かりました。至急、術式を組み上げます」
疲れ切った表情でクベットは言った。
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