16 祝賀会1
登校すると、学校中がアマンダのことを認知していた。
見ず知らずの生徒たちから声をかけられ、さらに誰も彼もが口を揃えて魔法陣のことや、どうやって大勢の人々を救ったのか聞きたがった。
臨時の全校集会が開かれ、院長がアマンダを「開学以来の優等生」だの「学院の誇り」と、これまで散々アマンダのことを罵倒してきたことなど忘れたかのような態度を取ったことにはさすがに閉口してしまった。
大勢の人たちが魔法陣に興味を持ってくれたことは喜ばしかったが、それでもさすがに帰宅する頃にはへとへとになってしまった。
(あそこまで質問攻めにされちゃうと、さすがに大変だわ……)
公爵邸に戻ると、メイドからディートハルトが呼んでいると言われて、書斎へ向かった。
アマンダは扉をノックする。
「アマンダです」
「入ってくれ」
「失礼します」
ディートハルトは書類に走らせていたペンを置いて顔を上げた。
「学校はどうだった?」
「新聞の影響か、たくさんの人から事故のことや魔法陣について聞かれました。それでご用とお聞きしましたが」
「王家から、アマンダ宛の招待状が届いた」
「私宛……?」
「悪いが先に内容を検めさせてもらったが、今回の事故を救った立役者として褒賞するための夜会が開かれるようだ。都合の良い日取りを教えてくれということらしい」
ディートハルトから王家の紋章の捺された招待状を受け取り、文面に目を通す。
ディートハルトの言う通りの内容だった。
王家からの招待状と言えば、一方的な通知が普通だと思っていたから(父は生前、王家主催のパーティーで研究旅行の日程を変更せざるをえないことをたびたび愚痴っていた)、かなり驚きだ。
「日程が決まったら教えてくれ。仕立て屋を呼ばなければならないからな」
「分かりました」
美しく着飾ったディートハルトの姿を想像すると、胸がドキドキする。
「……言っておくが、私ではなく、お前のドレスを作るために呼ぶんだぞ」
「わ、私のドレスですか!?」
「お前は主賓なんだ。招待される誰より着飾る必要があるし、その資格がある」
「私のためにそこまでしていただかなくても……」
「駄目だ」
「あ、そうですよね……。仮初めとはいえ、私はディートハルト様の婚約者。変な格好で出席して恥をかいては公爵家の名前に傷が……」
ディートハルトは思いっきり溜め息をつく。
「そんなことはどうでも良い。ただ私がお前には誰よりも美しく着飾って欲しいと思っているだけだ」
まっすぐ目を見て言われ、頬が熱くなった。
「……ディートハルト様がそう望んでくださるのであれば……」
ごにょごにょと呟く。
「すぐに手配する」
間もなく仕立て屋が到着すると、全身の採寸を行ったのを皮切りに、社交界の流行の色やデザインなどを提示してくれた。
これまでお洒落というものを考えることとは無縁の生活を送り続けてきたアマンダは、仕立て屋の口から飛び出してくるファッション用語の十分の一も理解できず、笑顔を強張らせてしまう。同席してくれていたディートハルトが
「アマンダの黒髪には艶やかな真紅が似合うと思うが」とアドバイスをくれた。
「そ、そうでしょうか?」
「装飾はシンプルなほうがいいだろう。無駄な装飾はかえって、お前の美しさを陰らせてしまうからな」
「私は美しくなんて……」
「自信を持て。お前は美しい」
「っ!」
ディートハルトに指摘され、ドキッとした。
「さすがは公爵様でございます。今の流行も装飾過多は敬遠されております」
「シルエットは細身に、袖口は膨らませてくれ。アマンダ、何か要望は?」
「い、いいえ、特には」
「では、それで頼む。陛下たちの御前に出ていくんだ。素材はもちろん使う職人も含め、完璧に仕上げてくれ」
「もちろんでございます。このドレスが、我が工房の最後の作品という意気込みで臨みたいと思います」
「期待している」
そんなやりとりを経て、ドレスは宴の当日に早馬にて届けられた。
宴の当日は朝から大変だった。
朝早く起きたアマンダは、十名ものメイドに囲まれて指の先から髪の毛の一本にいたるまで念入りに磨きあげられる。
髪もいつも以上に丹念にブラッシングされ、新品のドレスに袖を通した。
(なんて美しいドレスなのかしら)
深い赤は派手というよりも、気品を感じさせる。まるで人の立ち入らぬ深い森の奥に一輪だけ見事に咲き誇る薔薇のように神々しささえ感じてしまう。
こんなドレスは初めて見る。
姿見の前の自分に思わず見とれてしまう。
(これが私……)
まるで物語に出てくる王女様のようだと錯覚しそうになった。
「アクセサリーはどれになさいますか?」
ファッションに関しては知識も経験も極端に少なく人任せのアマンダだったが、これに関しては即答できる。
「そのブローチを」
ディートハルトからプレゼントされた彼の瞳と同じ色を持つ大粒の宝石。
ドレスがシンプルだからこそ、そのブローチが決して埋もれることがない。
その時、扉をノックする音が響く。
「私だ。準備はどうだ?」
アマンダは周りのメイドたちに目配せすると、彼女たちは頷き、壁際に並んだ。
「ちょうど済んだところです。どうぞ、お入りください」
アマンダは大満足ではあるけれど、ディートハルトもそのように思ってくれるだろうか。どぎまぎしながら待っていると、彼が部屋に入ってきた。
「あ……」
ディートハルトの姿に目を奪われる。
彼はシンプルなタキシード姿。細身で筋肉質なディートハルトの見事なスタイルが強調されていた。
そしてそんな彼はアマンダを前にして、目を見開いたまま固まり、一言も言葉を発さない。
妙な緊張感が過ぎった。
(やっぱり私なんかにこのドレスはあまりに高貴すぎたんだわ……)
せっかくディートハルトが色々と気遣ってくれたというのに。
「違う」
ぱっと右手首を掴まれ、はっとした。
「……違う。想像以上に素敵で……どんな言葉も陳腐に思えて……何と言っていいのか分からなかったんだ」
ディートハルトはまるでアマンダの心を読んだかのように言った。
「っ」
彼の言葉に頬や耳、首筋が発火したように熱を帯びた。
アマンダはディートハルトを正面から見られず、爪先に視線を落とす。
「そ、それはいくら何でも褒めすぎ、です……」
「いや、そんなことはない。今の言葉程度ではとても足りないくらいアマンダは素敵だ……くそ」
ディートハルトは彼らしからず小さく毒づく。
「お前をこれから他の者たちの目にさらさなければならないなんて。もし良からぬ者に言い寄られたら、すぐ報告しろ。その者がお前と目を合わせたことを生涯悔やませてやるから」
「そんなことはしては駄目ですし、そんなことにはなりません」
「いいえ、そんなことはございません!」
「そうですとも。誰もがアマンダ様に目を奪われることは間違いございません」
「もし仮に本当に誰も見とれないとしたら、その方々の目が節穴ということになりますっ」
メイドたちがここぞとばかりに力強く告げた。
ディートハルトはその通りとばかりに大きく頷く。
「アマンダ。メイドたちが正しい。だからパーティーの席では私から離れないこと。分かったな?」
「わ、分かりました。肝に銘じます」
幻想的な琥珀色の眼差しで見つめられ、アマンダには頷くことしかできなかった。
ディートハルトは満足そうに頷くと腕を差し出す。
「では、行こう」
「失礼いたします」
恐る恐る彼の腕に手を置き、連れ立って部屋を出た。
玄関広間には使用人一同が揃い、「いってらっしゃいませ」と深々と頭を下げて見送ってくれる。
アマンダたちを乗せた馬車は軽快に夜の都を走っていく。
やがて真昼のように煌々と明かりの灯った王宮が見えてくる。
王宮の門前で馬車の行列がずらずらと並ぶのを尻目に、公爵家の馬車はそれが当たり前のようにノーチェックで通過した。
衛兵からの誘導を受け、パーティー会場である離宮の車寄せで停まった。
最初にディートハルトが降り、「手を」と手を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
差し出された手を取ってアマンダが馬車を降りれば、その場にいた他の招待客の視線が一斉に、アマンダへ向かった。
「!」
アマンダは自分に突き刺さる無数の視線に背中を丸くしてしまう。
「背筋を伸ばして胸を張れ。他の招待客は全員、端役。気にする必要もない。今日という日は、一から十までお前のために用意されたんだから」
耳に顔を寄せ、ディートハルトが優しく囁いてくれる。
「は、はいっ」
(しっかりしなきゃ。ディートハルト様に恥をかかせては駄目。私はディートハルト様の婚約者なんだから!)
ディートハルトは公爵家のことなんてどうでも良いと言ったが、アマンダにとってはそんなことはない。
アマンダは前をまっすぐ見ながら、ディートハルトと共に肩を並べて歩き出す。
誰が何を囁こうが、関係ない。ディートハルトが綺麗だと言ってくれたことが全てだ。それ以上、アマンダが気にかけることはない。
アマンダたちが会場となる大広間に入っていけば、歓談していた招待客たちが気付く。
こんなにもたくさん人がいる中で、なぜ叔父一家に気付いてしまうのだろう。そしてオーランドたちもまたアマンダに気付く。
サマンサが叔父たちといるのは、まだ王太子の婚約者という立場だからだろう。
「連中と話す必要はない。行こう」
ディートハルトがアマンダへの気遣いをみせてくれる。
しかしアマンダは彼の腕においた手に力を込めた。
「大丈夫です」
叔父一家がにこやかな笑みを浮かべながらこちらへやってきた。
「アマンダ、今日はおめでとう。兄上がいたらどれだけ誇りに思っただろう!」
散々、アマンダを虐げてきたというのに、臆面もなく笑顔を向けられるなんて。どうしたらそんなことができるのかと、叔父の神経を疑ってしまう。
それでも今のアマンダは叔父の目をまっすぐ見ることができる。
今の自分はもうあの時のアマンダではないのだ。
「ありがとうございます、叔父様。これも全てはディートハルト様のお陰です」
ひく、と叔父の頬が引き攣った。
叔母のクインがすかさず口を開く。
「アマンダ。あなたという子は。あなたをここまで大切に育ててきた恩を忘れたの?」
「育てた、ですか……? 叔母様。どなたかと勘違いなさっているのではありませんか? されてもいないことは、忘れようがありません」
「まあ……! あ、あなた、調子に乗るんじゃないわよ!」
クインがこめかみに青筋を立て、目を見開く。
「叔母様、そのように大きな声をあげるなんて、周りの方々が不思議そうな顔でこちらを見ていらっしゃいますよ」
クインははっとした顔をし、慌てて歪んだ表情を取り繕う。
「では失礼します。他にもお話しなければならない方々がたくさんいますから。時間は有効に使いたいので」
叔父たちに背中を向けると、歩き出す。
しばらく離れてからアマンダは今さらながら小刻みに震えてしまう。
はじめて叔父たちに言いたいことをはっきり告げられたその反動だ。
ディートハルトが、小刻みに震えるアマンダの手を優しく包み込むように握りしめてくれる。
「あの男たちの顔は見物だった。気分はどうだ?」
「スッキリしました」
「アマンダ様、公爵様。ごきげんよう」
その時、紫のドレス姿の女性がにこやかに微笑みながら近づいてきた。
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