15 ポーション
アマンダは屋敷の部屋のバルコニーから空を見る。
日が沈み、夜の帳が下りる。星や月が雲に隠れて暗い夜だった。
(ディートハルト様はまだお帰りにならないのね……)
と、何人ものメイドが外に出ていくことに気付く。
「あの、どうかしたんですか!」
呼びかけると、メイドが振り返った。
「公爵様の元へお食事を届けに行くんです」
「私に行かせてもらえませんか!」
「ですが」
「お願いします。ディートハルト様のご様子を確認したいんですっ」
「分かりました」
「ありがとうございます!」
アマンダは急いで玄関まで下りると、他のメイドと一緒に馬車で商会へ向かった。
商会は騎士たちによって厳重な警備が敷かれている。
アマンダは名乗り、商会へ立ち入る許可を得た。
「ディートハルト様」
「アマンダ? どうしてお前が……」
「ディートハルト様のご様子を知りたくて、メイドにかわってもらったんです。状況はどうですか?」
「想像以上に重傷者の数が多く、ポーションや他の物資では焼け石に水のような状態だ」
周囲を見回すとその場にいる誰もが沈痛さと疲労が強く滲んだ表情で俯いている。
「でしたら、もっと強力なポーションを用意しましょう」
「強力な……? どこにそんなものが……」
ディートハルトは不可解そうな顔をする。
「魔法陣でポーションを強化するんです。ディートハルト様と初めてお会いした時、私はマナを収束させる魔法陣を完成させ、それでポーションを強化させることに成功しました。そのポーションで馬車に轢かれた子どもを治療したんです」
周囲はざわつき、「そんなことが本当に?」「だが、魔法陣の効果を見ただろう」と宮廷魔術師たちが戸惑いつつ、言葉を交わす。
一人、ディートハルトだけが大きく頷く。
「アマンダがそう言うのならできるのだろう」
アマンダは早速、魔法陣を作図する。
しかしあの時とそっくりそのまま作ったのでは、一つのポーションしか強化できない。
それだけでは重傷者の数に及ばない。
時間が経てば経つほど、生存率は低くなってしまう。
今回は一度に大量のマナを収束させ、一度にたくさんのポーションを強化する必要がある。
それには大量のマナが必要となるだろう。
(より多くのマナを収束させるには……そうだ!)
「ディートハルト様に協力していただきたいことがあるんです。リシューを呼び出してもらえませんか?」
「構わないが……どうするんだ?」
「いつか王家の庭園を復活させるために使ったマナの流れを変える魔法陣を各所に配置し、それで都中のマナを一ヶ所に収束させます。そして一度に大量の強化ポーションを作るんです。そのためには都中のマナの流れを把握するために、都を高所から観察する必要があるんですっ」
「分かった」
ディートハルトと外に出ると、リシューをオニキスの指輪から呼び出した。
「リシュー、疲れてませんか?」
「医療物資を運ぶのにかなり無理をさせたからな」
「リシュー。ごめんね。でも、あと少しだけ頑張って」
グルルルル!
リシューは力強く鳴いて、アマンダの言葉に応えてくれる。
「ありがとう」
アマンダはリシューの首に抱きつくと、ツヤツヤの毛並みを優しく撫でた。
アマンダとディートハルトを乗せたリシューは、力強く羽ばたき、舞い上がる。
「ここで止まって下さい」
都を俯瞰して眺める。ここからならば、手に取るようにマナの流れを確認できた。
手元にある都の地図にどの場所に魔法陣を設置し、どの方向にマナを誘導すれば良いかを正確に書き込んでいく。
地図上に魔法陣の配置図を書き込み終えると商会へ戻り、そこから魔法陣の作製に当たった。今回はかなり大変だ。十数個の魔法陣を作図しなければならない。
ディートハルトと手分けをして、その作業に当たった。
周囲の魔術師たちが興味津々に眺めてくる。
「すみません。魔法陣を、この場所に描いてきてくれますか? 描いたら魔力を与えて起動してください」
見本を描きあげたそばからアマンダは、宮廷魔術師たちに紙を渡す。
一時間、二時間……。
時間はまるで矢のごとく過ぎていく。
手首に痛みが走ったが、手を休めることはできない。
(手首の痛みがなによ。崩落現場では命も危うい人たちが大勢いるのよっ!)
萎えそうになる心を叱咤し、アマンダは描き続ける。
マナの流れを変える魔法陣の作製を終えれば、次はマナを収束させる魔法陣に取り掛かる。
ポーションを一度に強化するともなれば、かなり大きな魔法陣が必要になるだろう。
(収束、収斂……)
古代語を反芻しながら、詩を完成させていく。
アマンダは書き終えると、外に出てマナの流れを読む。
マナが徐々にこの地点に集まっていくのが見えた。
「ディートハルト様、南西からのマナがきていないようなので様子を見に行ってもらえますか?」
「分かった」
ディートハルトはリシューに跨がり飛んでいく。その間に、石畳にチョークで魔法陣を慎重に描いていく。やがて南西部からのマナが流れてきた。
同時に、収束の魔法陣を描き上げる。
「ポーションをあるだけここに置いてくださいっ」
騎士たちが木箱に入ったポーションを次々と魔法陣の中心部へ置いていく。
そこへディートハルトが戻ってきた。
「ディートハルト様、魔法陣の起動を手伝ってください!」
魔法陣に手を置き、魔力を注ぎ込んだ。
魔力が吸い取られるような体感に一瞬、眩暈のようなものを覚えたが、構わず魔力を注ぐ。
魔法陣が紫色の輝きを放てば、マナが急速に魔法陣に吸い寄せられ、ポーションに浸透していく。
ポーションの色がみるみる濃い緑へ変化した。
周囲がその様子にどよめく。
「これを現場へ!」
呆然と眺めていた騎士たちがはっと我に返る。
待機していた宮廷魔術師たちが木箱を召喚獣たちに乗せ、次々と飛び立っていく。
(これで助かるはず……)
立ち上がろうとしたと同時に、周囲の景色がぐるりと一回転する。
(あ、れ……?)
地面が近づく、と思った矢先に、目の前が暗転した。
♦
「……っ」
目蓋に落ちる温もりに薄く目を開けると、カーテンの隙間から柔らかな日が差し込んでいた。
(こ、ここは……?)
最後に記憶しているのは魔法陣を描ききったという達成感。
(無事にポーションの強化を終えて、それから……それから……?)
そこから先の記憶が途切れていた。
「……アマンダ、良かった」
ふと優しい声音が耳に届く。そちらを見れば、ディートハルトだった。彼はアマンダの寝ているベッドのそばに椅子を置いて、腰かけていた。
その顔色は驚くくらい青白く、目に濃いくまがあった。
「ディートハルト様、私は……」
「無理をしすぎたのだろう。倒れたんだ。覚えているか?」
「……朧気ながら、ですが……って、それより、タレットの怪我人はどうなりましたか!?」
「お前のポーションのおかげで、全員無事だ」
「良かったぁ」
「起き上がれるが?」
「はい」
ディートハルトに介助され、体を起こした。
右手首に包帯が巻かれている。
「かなりひどい腱鞘炎だったようだ。しばらくは安静にしろと医師が言っていたぞ」
「……そうですね。少し無理をし過ぎてしまったのかもしれません」
「他人のために身を粉にできるのは才能だが、お前を案じる者のことも少しは考えてくれ。お前に何かあったらと考えたら私は……」
眉間に深い皺を刻んだディートハルトは言葉を切ると、「……とにかく、目覚めて良かった」と言った。
「……すみません」
「今後は謹んでくれればそれで良い」
ぎゅぅ~、と間の抜けた音がお腹からした。
「!」
空気を読まない腹の音に、アマンダは赤面してしまう。
それまで強張っていたディートハルトがフッと口元を緩めた。
「すぐに食事を用意させよう」
♦
アマンダは一週間ほど療養に努めた。
体調や酷使した右手も二、三日のうちに回復していたのだが、ディートハルトから「最低でも一週間は休め」と厳
しく言われたのだ。
(……自分の体調管理も満足にできないって呆れられてしまったのよね……)
ディートハルトを失望させてしまったことに、気持ちが沈んでしまう。
毎日のように様子を見にくるのも、信用されていない証なのかもしれない。
「ご気分が優れませんか?」
呼びかけられてはっと我に返った。
食事を運んできてくれていたメイドが部屋にいることを忘れていたのだ。
「体調はもう十分に回復しています。でも、ディートハルト様に迷惑をかけてしまったことが申しわけなくて」
「迷惑、でございますか?」
「はい。私が自分の体調の管理もできずにディートハルト様のお手を煩わせるような真似をしてしまい、呆れられてしまったんじゃないかと」
メイドは驚いた顔をする。
「呆れるなんてありえません!」
「そ、そうですか……?」
「はい! 公爵様はご自分のことより、アマンダ様をなにより心配されていたんです。アマンダ様が意識を失っている間もずっと付き添われて。我々が代わりますからお休みくださいといくら言っても聞いてくださらなかったほどなんでしたから」
「え……本当ですか?」
「はい」
(そう言えば、目が覚めた時のディートハルト様、目に濃いくまを作られていたわ……)
「日に何度も足を運ばれるのは、私が信用できないからではなく?」
「そんなことはありません。アマンダ様が心配でならないからですよ。間違いございません。アマンダ様が口にされる食事についても公爵様みずから一品一品厳しくご注文をつけていらっしゃるほどなんですよ」
(ディートハルト様が!?)
冷静沈着、感情を表に出さないディートハルトがそこまで自分のためにと考えるだけで、頬が熱くなった。
長らく叔父たちに虐げられてきたせいか、ついつい物事を歪めて捉えてしまっていたことを反省してしまう。
「これをどうぞ」
「?」
メイドが差し出してきたのは新聞の切り抜きだった。
そこにはアマンダの名前をディートハルトが出して、彼女がいたからこそタレットで死者が出なかったこと──そんな記事が大々的に書かれていたのだ。
「これ……」
「アマンダ様のことをそんなにも誇らしげに話している公爵様が呆れるなんてありえません」
そこへ、
「──アマンダ、私だ。起きているか?」
ディートハルトだ。
「起きています。どうぞお入りください」
メイドは一礼すると、ディートハルトと入れ違いに部屋を出ていく。
「食事の最中だったか。また出直す」
「いいえ、大丈夫です」
彼はメイドが座っていた椅子に腰かける。
「何を見ていたんだ?」
「新聞の切り抜きを見せてもらっていたんです」
「ああ、それか」
「これではまるで私ひとりの活躍で問題を解決したように読み取れてしまいます……」
「実際そうだろう? お前の魔法陣がなければ、間違いなく死者がでていたはずだ。功労者の名前はもちろん、魔法陣の力もこれで世間は無視できなくなるはずだ。──それより、体調は?」
「もう十分に回復しました。食欲も出てきましたし。あの、そろそろ学校に通いたいのですが」
「……まだもう少し休んだほうがいいんじゃないか?」
聞き分けのない子どもを相手にしているように言われてしまう。
「本当に大丈夫なんです。ご心配してくださっているのは嬉しいのですが……」
ディートハルトは小さくため息をこぼす。
「……分かった」
「ありがとうございます」
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