12 問題発生
アマンダたちは、御者の案内で近くのアルトーワという町へ向かう。
そこは風光明媚な田舎町。
馬車を降りたアマンダたちが町の通りを歩く。
商店や個人経営の食事処はあるものの、どこも休業の札が下がって、静まり返っている。
「店ならどこも閉まっているよ。なにせ水がないからな」
向かいの店先に置かれていたベンチに腰かけていた老人が言う。
「水が……?」
「半月ほど前にこのあたりが嵐に襲われて以来、水源が汚れてしまってね。領主様がどうにか他の領地から水を融通してもらっているんだが、とても足りなくて……。領主様の命令で店の営業が禁止されたんだよ」
「ディートハルト様。何とかできないでしょうか?」
「……話だけでも聞いてみるか」
「領主様の館はどこにありますか?」
「あの白い鐘楼のある建物だよ」
教えてもらったアマンダは老人に礼を言い、鐘楼を目指して歩き出す。
しばらく進むと領主の館が見えてきた。
玄関前の車寄せには、見覚えのある紋章──最初に魔法を生み出したと伝わる魔術師が手にしていたとされる先端部分が曲がった樫の杖に、創世神話で人に知恵を授けたと言われる蛇が絡みつく──の描かれた馬車が一台、停まっていた。
「この紋章……宮廷魔術師、ですよね?」
「そのようだ」
ちょうど屋敷から魔術塔の所属であることを示す紋章を背中に縫い込んだ黒いローブをまとった三十代ほどの男性と二十代と思しき眼鏡をかけた女性、それから五、六十代くらいの男性が出てくる。
前者の若い男女が宮廷魔術師、後者の男性はその身なりからして領主だと思われた。
「お二人とも、どうかよろしくお願いいたします」
「お任せください」
と、魔術師の男がまずアマンダたちに気付くと、遠目にもはっとした顔をしたのが分かる。それに領主と思しき男も続く。
「これは公爵様、こんなところでどうなさったのですか?」
三人は揃ってディートハルトに駆け寄り、頭を下げた。
領主はエドワード、そして宮廷魔術師の男はテンゼント、女性のほうはチアタとそれぞれ名乗った。
「少し野暮用でな。水源の件を聞き及んで何か出来ることがあるかもしれないと来てみたんだ」
「我々もその件で派遣されてきました」
テンゼントが言った。
「二人も魔術師がいるのであれば心配はないか」
「はい、こちらは我々にお任せ下さい」
エドワードがにこやかな笑みを浮かべた。
「公爵様、ぜひ我が屋敷で休憩してくださいませ。それに、町ではお食事も取れず、お困りではありませんでしたか? 公爵様にわざわざ来ていただいたというのに、何のおもてなしもせずにお帰りいただくようなことになれば領主の名折れでございます! 是非、お立ち寄りくださいっ!」
領主の男は今にも跪かんばかりの勢いで懇願する。
「どうする?」
ディートハルトがアマンダに話を振る。
エドワードは懇願の眼差しをアマンダにも向けてきた。そんな目を向けられたら断るわけにはいかない。
「……せっかくお誘いいただいているので」
「ありがとうございますっ」
エドワードは頭が地面につきそうなくらい頭を下げてくる。
アマンダたちは宮廷魔術師たちと別れ、客室に通された。さすがは領主の館だけあって、内装もかなり立派だ。
「なんだか大変なことになってしまいましたね……」
エドワードが立ち去った後、アマンダは思わず呟いてしまう。
「まあ、こういうこともある。せっかく用意してくれると言うのだから、ありがたくいただこう」
「そうですね」
しばらくして昼食ができたとメイドが報せてきたので食堂へ向かうと、テーブルには二人分とはとても思えないような料理の数々が並べられていた。
「急ぎ作らせたので、このようなものしか用意できませんが……」
エドワードは申しわけなさそうに言った。
「そんなことありません。こんなに豪華な食事をわざわざご用意していただいて、ありがとうございます」
アマンダが言えば、エドワードはほっとした顔をした。
そしてアマンダたちが食事を終え、食後のお茶を飲んでいると、にわかに屋敷が騒がしくなったかと思えば、テンゼントとチアタたちが食堂に飛び込んできた。
二人は肩で息をし、そのローブも土や泥で汚れていた。
「公爵様、どうかご助力をお願いいたします。水源の汚染は嵐のせいではございませんでした。魔物があのあたりに住み着いておりました!」
テンゼントが言った。
彼の話によると水源に浄化魔法をかけた直後こそ水は澄んだものの、すぐにまた淀んでしまったらしい。これはただの嵐による影響ではないと察した直後、魔物に襲撃された、ということだった。
もちろん彼らも魔術師の中の魔術師と称されるくらい腕が立つ。
すぐに応戦したものの、地面から次から次へと現れる魔物を前に、とても対処できないと判断し、撤退してきたらしい。
「見た目は、ムカデの怪物──ヒュポタでした。しかしその大きさは通常の倍近くあり、獰猛さも異常でした……」
テンゼントが言い、
「公爵様、どうかご助力ください。増援を求めても、今日明日すぐに来られる可能性は低いんです」
チアタが頭を下げた。
宮廷魔術師は少数精鋭。
各地に散らばって任務をこなしていることもあって、すぐに人手を回すことは難しいだろう。
「私たちの浄化魔法では力不足でしたが、公爵様であれば……」
「いや、私でも難しい。魔物の影響で汚染された土地ともなると、浄化には十人以上の手練れの魔術師は必要になるのが普通だ」
話を聞いていた領主のエドワードが「そんな!」と悲鳴を上げた。
「公爵様、どうにかできませんか。このままでは領内の者たちばかりか、農作物も枯れてしまいます。周辺地域から融通してもらっている水についても、現状でも十分とは言えないんです……」
「安心しろ。普通であれば、と言っただろう。アマンダ。お前の考えを聞かせてくれるか?」
「魔法陣が最適な場面かと思われます。魔法陣はマナという燃料がある限り動き続けますから、設置できれば土地を浄化してくれるかと」
テンゼントが不可解な顔をする。
「魔法陣……?」
「テンゼント。王宮の呪われた庭園の話を聞いていないか?」
「解決されたと小耳に挟みましたが、まさか……?」
「アマンダと私とで、魔法陣を使って解決したんだ」
「お二人が……。それも魔法陣で……!」
テンゼントとチアタは揃って目を瞠った。
「汚染された土地の状況について詳しく教えていただけますか?」
アマンダの言葉に、魔術師たちは戸惑った顔をしたものの、ディートハルトが促してくれたこともあり、戸惑いながらも教えてくれる。
それをアマンダはメモを取りながら、どんな魔法陣を構築すれば良いかを頭の中でシミュレートしていく。
「お時間をください」
アマンダとディートハルトは客室へ取って返すと、早速、魔法陣作りを始める。
「土地一帯を浄化する。清らか、換気……」
アマンダはイメージを連想させながら、対応しそうな古代語の候補を書きだしていく。
アマンダたちと共に客間にやってきたテンゼントとチアタが興味津々に覗き込んでくる。
「それは古代語……?」
「そうです」
テンゼントが唖然とする。
「宮廷魔術師でも古代語は資料の乏しさから、ほとんど研究が進んでいないというのに……」
「彼女は魔法陣研究の第一人者、エドガー博士の愛娘だ」
「なんと! エドガー博士の……」
それから黙々と魔法陣作りを行った。
三重の円を描き、そこに古代語をびっしりと書いていく。
浄化の魔法陣はもちろん手本になるようなものはなかったが、これまでの魔法陣作りの経験や知識でそれを補い、構築した。
それこそ夜を徹しての作業になり、出来上がったのは夜明け前。
「ひとまず、できました」
「これが魔法陣? なんて美しい形をしているのかしら」
作業をずっと見守り続けていたチアタは、うっとりとしたため息をこぼす。
「ですよね!? 魔法陣はこのシンメトリーさ、古代語の美しさ……どれを取っても、立派な芸術品だと思うんです!」
アマンダも思わず興奮して、力強く言い、それからはっと我に返った。
「す、すみません……」
「いえいえ。あなたの仰る通りだと思います」
「それじゃあ、山へ行きましょう」
アマンダが立ち上がろうとすると、
「駄目だ。まずは体を休ませろ。仮眠一つ取ってないだろう」
ディートハルトが首を横に振った。
「ですが……」
「──深き眠りへ誘え」
ディートハルトが睡眠魔法を唱える。
ふわっと全身を柔らかな感触に包まれたかと思えば、目蓋が重たくなる。
膝から崩れ落ちるアマンダを、ディートハルトが優しく受け止めた。
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