第8話 お泊まり会 <まさるの家>
少年時代と変わらぬ雰囲気の、古びた都営団地。まさるの家。
玄関に、はるみのきれいな革靴と、あいの揃えられたパンプス、まさるの父親のひしゃげたサンダルが並んでいる。
玄関ドアを開けたまま、まさるはじっとそれらの履き物を見つめている。
家の奥から、はるみとあい、まさるの父親の笑い声が聞こえてくる。
「……ただいま。」
くたびれた革靴を脱いで、まさるは家にあがる。
夜。
小さな居間に、カレーの匂いが満ちている。
食卓には、古ぼけた大鍋いっぱいのカレーと、ご飯が盛られたそれぞれの皿。
はるみが意気揚々と、まさるの隣に腰を下ろす。
「俺は、まさるの隣〜。」
あいは小さな笑い声をたて、カレーに顔を輝かせる。
「おいしそうなカレー!まさるのカレー、大好きよ。」
はるみとあいの、楽しげなお喋りが続く。
まさるは、寡黙にカレーを食べている。
はるみとあいが、親しげに「まさる、まさる」と呼びかけるが、まさるは心ここにあらずで食事を続ける。
まさるの反応に二人は顔を見合わせ、戸惑うように徐々に会話量が少なくなる。
まさるは二人の変化に気付かぬまま、黙々とカレーを食べ続ける。
壁の時計が深夜を指した頃。
まさるの家は暗く静まっている。
まさるの父親は、私室で出入り口に背を向けて、古い布団に眠っている。
今夜も亡き妻の服を抱えており、父親の布団からは、優しい色合いの服の端がそっとはみ出している。
小さな居間には、雑魚寝用の簡単な寝床が作られいる。
仰向けになり、天井を見上げているまさるに体を向けて、はるみが並んで横になっている。
「……まさる、寝ないの?」
まさるは一瞬ためらって、天井を睨むように見上げ直す。
「はるみ。」
「なに?」
「恋人欲しい?」
「はあ?」
突然の質問にはるみが目を丸めるが、まさるは天井から目を離さない。
「はるみ。」
「なに。」
「結婚したい?」
「はああ?」
はるみは困ったように、クスクス笑い出す。
「ないない。考えたこともない。──まさるは?」
はるみの目に、用心深くまさるを観察する色が光る。
「ない。」
「考えたことも?」
「うん。」
「これからも?」
まさるは、少し言い淀む。
「……ない。」
はるみは、まさるの答えに安堵し、枕に頭を乗せ直し、満足げに口元を緩める。
まさるは、はるみの表情に気付かないまま、拳を布団に押し付けるようにして、天井を見上げ続ける。
まさるの私室を、あいが一人で使っている。
あいがパジャマにしているのは、まさるのくたびれたTシャツとジャージ。
あいは大の字に仰向けになり、無防備な寝顔で、まさるの布団に挟まれている。
満たされた赤ん坊のようなあいが、見ている夢にちらりと微笑みを浮かべながら、深く眠り続けている。




