第3話 僕では救えない
──まさるの少年時代。
都営住宅の暗い玄関に、少年まさるの泥のついたスニーカーと、父親のひしゃげた黒い靴が並んでいる。
居間の窓からは爽やかな風が吹き込み、カーテンをパタパタとはためかせている。
生活感のある、乱雑な室内。
仏壇周りだけ、スッキリと物が片付いている。
まさるの父親の手が、仏壇前に置かれた鈴を鳴らす──。
合わせられる父親の両手。
細くたなびく、線香の煙。
「──ッ、──ッぅ!」
まさるの父親が、咽び泣き始める。
全身を震わせ、激しい呼吸に肩を大きく上下させる。
父親の隣に正座し、手を合わせていたまさるが、父親を見上げる。
まさるはそっと手を伸ばし、父親に触れようとした。
「……ううぅ!」
まさるの父親は鋭く呻き声をあげて、身悶える。
驚いて、パッと手を引っ込めるまさるに、父親が気づく様子はない。
床に崩れ落ち、くの字に曲げた体で、泣きじゃくるまさるの父親。
まさるの瞳に、怯えの色が満ちる。
まさるは慌てて、泣き続ける父親にもう一度手を伸ばす。
「……なあ、俺には無理だよ。ひとりで生きてなんていけない!……ああ!ああ!」
父親の言葉に驚いて、まさるは再び手を引っ込める。
「お父さん、お父さんはひとりじゃないよ。」
まさるの言葉に、父親は返事をせず、泣き続ける。
明るく、突き抜けるような青空の下。
まさるがベランダに立ち、外に向かって仁王立ちしている。
足を踏ん張り、拳を握り締め、──険しい顔を真っ赤に染めている。
顔を伏せたまさるの頬に、涙の筋がいくつも伝う。時々、鼻をすする。
「ううう……!ああ!」
窓からは、父親の泣き声が漏れ聞こえてくる。
(お父さんが泣いているのは、ひとりになったからだ。)
まさるは顔を上げることなく、じっと仁王立ちを続ける。
(お母さん。お母さんがいないと、お父さんはひとりぼっちなんだよ。──お母さん。お母さん。お母さん!)
顔を崩し、声を殺して泣くまさる。
(……お母さん、どうしよう。僕ひとりでは、お父さんが泣いてしまう。)
何度も鼻をすすり、父親の嘆き声を聞きながら、まさるは仁王立ちし続ける。
──風の音が響く。




